作り方を教えます
「私は何をやってもだめ……」
「リリアンさま、その……、先ほどの言葉は言い過ぎました。申しわけ――」
「違うわ」
私の言葉が強かったからだろうか。
すぐにリリアンに謝罪の言葉を告げるも、彼女は違うと即答した。
涙を流しているのは私が放った言葉が原因ではない。
なら、どうしてリリアンは泣いているのだろうか。
私はリリアンの独り言に耳を傾ける。
「薄々気づいてはいたの。私はタッカード公爵家の出来損ないだって」
ぽつりぽつりとリリアンは語る。
「お兄様は勉強ができて、お父様のお話についてゆける。お姉さまは綺麗で優しくて、素敵な相手と結婚した。でも、私は何もできなかった! 出来損ないだからチャールズさまに捨てられるのよ!!」
「リリアンさま……」
これがリリアンの本音。
私の一言が引き出したリリアンの奥底にある苦悩。
リリアンは常に兄姉と比べられていたのだ。
賢い兄と器量がよい姉と。
彼らに比べて、自分は劣っている。
だから二人よりも優れた成果を出さないと。
それがマジル王国第二王子のチャールズとの婚約。
やっと兄や姉のようにタッカード家の役に立てると思った矢先、婚約が破棄された。
実家に戻ったリリアンは相当居心地が悪かっただろう。
リリアンの苦しみを理解したものの、これに同情するだけでは彼女の信頼を勝ち取れない。
事情を知った私がとる方法は――。
「お家事情は私に全く関係ありません」
「そりゃそうよ! あんたには分からないでしょうよ!!」
「ですが、特別試験で与えられたお菓子作りはできるようにします」
出来損ない。
リリアンが自身に付けた重りを少しずつ取ってゆくこと。
その第一歩がお菓子作りになればいい。
「マフィンが焼けたら、クッキーが作れるようになります。クッキーが作れたら、次はケーキ……。色々なお菓子を作れるようになった自分を想像してみてください」
「色々なお菓子……、タルトも作れるようになる?」
「もちろん」
「お菓子が作れるようになったら……、他のこともできるようになるかしら?」
「はい」
徐々にリリアンが私に関心を示してくれるようになった。
リリアンが家族のことを話してくれたのだ。私も少し話そう。
「今、私は絵の勉強をしています。お父様のような素敵な絵を描くことが私の目標です」
「……」
「その目標はすぐに達成できませんが、何年も勉強すればいずれお父様の理想に近づくことができると私は信じて勉強しています」
「そう……。お菓子作りやさいほうも少しずつ続ければよかったのね」
「今からでも遅くありません。明日、私がマフィンの作り方をお教えします」
私が諭しているときには、リリアンは泣き止んでいた。
リリアンは私が作ったマフィンに手を伸ばす。
「……美味しいわ」
口にし、もぐもぐと味わったのち、ぼそりと感想を述べた。
「お願い、ローズマリー。私にマフィンの焼き方を教えて……、ください」
リリアンが私に頭をさげる。
彼女が自分から頼みごとをするなんて、今までなかったのではないだろうか。
公爵令嬢だからと傍若無人に振舞っていた姿しか見たことがない。
(リリアンは、強がっていただけなの……?)
今までの行動は、リリアンなりの公爵令嬢としての振る舞い。
下の立場の人間に弱みを見せまいという意思の表れ。
だが、誰かを頼らねば解決できない問題が現れ、素直になることができたのだ。
それがマフィン作りだっただけ。
些細なきっかけだが、リリアンは私を頼ってくれた。
これを無下にしたら、リリアンは再び自身の殻に閉じこもってしまうだろう。
「もちろん。明日こそはブレストから合格を貰いましょう」
私はリリアンの願いを受け入れた。
翌日、私とリリアンは調理室で再びマフィンを作った。
ほとんど私が作り方を教えたのだが、二人協力して美味しいものを完成させることができた。
結果はもちろん合格である。
☆
特別試験後、私とリリアンの関係は大きく二つ変わった。
一つは私がリリアンに指摘するようになったこと。
そしてリリアンがそれを受け入れ、改善してくれること。
私たちの欠点が次第に無くなってゆき、課題曲の完成度も高くなっていた。
はじめは”悪口”と感じていたリリアンの音色も”噂話”になり、私も彼女の演奏に合せられるようになる。
「二人とも、良い音色になってきましたね」
「「ありがとうございます!」」
ブレストへの返事も重なるほどに、息が合う。
私たちが心配で常時張り付いていたブレストも、段々とグレンとマリアンヌの様子を見るようになった。
「明日は実技試験です。緊張せず、練習した成果を出し切りなさい」
「はい!」
「今日の授業はこれで終わりです」
実技の授業が終わる。
ブレストはマリアンヌとグレンに同様のことを告げた後、部屋から出て行った。
次話は8/26(月)に投稿します!楽しみに!!




