マフィン一つも焼けない
「レシピはこちらです」
ブレストからマフィンのレシピを貰う。
一瞬で工程を記憶した私は、同じものを受け取ったリリアンの様子を見る。
「マフィンなんて、適当に材料混ぜればできるでしょ!!」
リリアンは貰ったレシピを見ずに、器に材料たちを放り込んでかき混ぜ始めた。
その様子は合奏初日のようだった。
マフィンの出来はもう判ってしまった。
今日中に特別試験を突破するのは無理そうだ。
(なら、私は私で作ろう)
空の器に適量の材料を用意する。
レシピに書かれた順番に材料を混ぜてゆく。
生地が粉っぽくなくなったところで、型に注ぐ。
全て注ぎ終えたら、空気を抜くためにトントンと鉄製のトレーを少し持ち上げ、軽い力で台に落とす。
「焼き窯の温度は――」
窯には火が入っており、いつでも菓子が焼ける状態にしてあった。
私はマフィンの適温になる場所にトレーを置き、砂時計をひっくり返した。
「ふう」
あとは焼きあがるのを待つだけ。
工程を終え、私は再びリリアンの様子をみる。
生地を型にいれる工程に入ったみたいだが、着用しているエプロンや調理している台はコムギの粉まみれになっていた。
「リリアンさま――」
「なにっ!?」
「……いえ、なんでもありません」
不器用でみていられない。
私はつい癖で名前を呼んでしまったが、目の前にいるのはマリアンヌではなくリリアンだということに気づき、言いたいことを飲み込んでしまった。
消極的、これがブレストに見抜かれた私の欠点なのだろう。
(本当なら、生地を焼く前に声をかけなきゃいけないんだろうけど……、無理)
私はリリアンを怖いと思っている。
一学年、私はリリアンに首を絞められた。
マリーンに助けられたものの、その恐怖は私の中に残っている。
リリアンの機嫌を損ねてしまったら、という懸念が付きまとっているのだ。
「ふんっ、こんなもんでしょ!」
遅れて、リリアンが生地を石窯の中にいれた。
適温ではない火の近くに置いており、選んだ砂時計も焼き時間より短いものを選んでいる。
これで美味しいマフィンが完成しないことが確定した。
☆
「さて、今回の特別試験の結果は――」
リリアンのマフィンが焼き上がり、粗熱がとれたところで、ブレストが特別試験の合否を出す。
ブレストは私とリリアンそれぞれが焼き上げたマフィンを見て、ため息をついた。
それもそのはず。
レシピ通り作った私のマフィンは美味しくでき、適当に作ったリリアンのマフィンは真っ黒に焦げているからだ。
それに試験内容は協力してマフィンを焼き上げること。
二種類のマフィンが焼きあがっているところからしておかしいのだ。
「不合格です。明日もここでマフィンを焼いてもらいます」
当然、不合格だ。
「片方は上手くできて、片方は失敗している。二人でそれを食べながら、どうしてそうなったのか話し合いなさい」
「……わかりました」
「合格になるまで、何度も焼かせますからね」
そう言って、ブレストは調理室を出て行った。
残された私とリリアンは互いの顔を見合い、椅子に座った。
話し合い。
逃げ場のない状態に追い込まれた。
「あんたっ!?」
ここでリリアンと向き合わないといけない。
私は意を決してリリアンが作った焦げたマフィンを口にした。
リリアンは私の口を塞ぎ、二口目を入れないよう阻止する。
「こんなの、食べられないに決まってるじゃない!! あんたはロクな食べ物も与えられなかったわけ!?」
リリアンに嫌味を言われる。
かじったマフィンを味わい、飲み込む。
焦げた味に、ドロッとした生焼けの生地。
幼少期、貧しい生活をしていたが、こんなにも不味い菓子を口にしたことがない。
孤児院でも、クラッセル子爵家でもフォルテウス城でも出されたことはない。
かじったマフィンをテーブルに置き、手から離れると、リリアンの拘束が解かれた。
「……お言葉ですが、公爵令嬢はマフィン一つも焼けないのですか?」
私はリリアンに皮肉を言う。
淑女のたしなみとして簡単な菓子作りをしたことがあるはず。
不器用なマリアンヌでも、マフィンは焼けた。不格好だけど。
「そうよ! 私はヴァイオリンしか弾けないの!! さいほうもお菓子作りもダンスも全然だったわ……!」
私の皮肉が効いたのか、リリアンは胸の内を叫んだ。
暴れ出すのではないかと私は身構えたが、リリアンはその場に座っていて、大人しい。
(えっ!?)
私はリリアンの顔を見て驚いた。
激昂していたリリアンが突然、すすり泣きをしていたからだ。
次話は8/25(日)に投稿します!楽しみに!!




