ちぐはぐな二人
私とリリアンの課題曲が決まった。
『噂話』。
語り姫の戯曲に入っている一曲で、王子と語り姫との仲が良くないのではないかと侍女たちが噂する場面を表現している。ヒソヒソと小さな声で交互に話したり、侍女たちの間であれやこれやと話題がコロコロと変わってゆく音色が特徴的だ。
「この楽曲は『会話』を表現しています。奏者同士の連携が重視される、今回の試験に丁度良い曲でしょう」
「ちょっと!!」
「なんでしょうか、リリアンさん」
譜面を貰い、この課題曲に決めた意図を聞く。
一学年、最後の実技試験は演奏曲を自由に決められた。
私は一人で弾くつもりだったから、インパクトがある曲を選んだ。
リリアンの場合は、自分が目立てる曲だろうか。
(あっ)
今回の課題曲はブレストが選曲する。
私は貰った譜面を見て、リリアンがブレストに抗議した理由がわかった。
二人用に編曲されており、上と下どちらかを弾く。
それは私たちで決めると思ったのだが、譜面とは別の用紙に、上は私、下はリリアンと指示が書かれてあった。
どちらも主旋律はあるが、多いのは上のほう。
「なんで私が上じゃないの!?」
目立ちたがり屋のリリアンが抗議するのは当然である。
ブレストにつかみかかる勢いだったので、私はリリアンを後ろから抱きしめ、身動きを止める。
「リリアンさま、講師のブレストさまが決めた事ですよ」
「講師が何よ! 認められないわ!!」
私がなだめても、リリアンの怒りは収まらない。
「神の手だから大人しく授業を受けていたけど、もう限界よ!! お父様に言い付けてやる!」
「ほう、タッカード公爵に告げ口をするのですか」
「この私が最下位なんて不当よ!」
「僕がリリアンさんの主張を受け入れたら、良いのですか?」
「ええ!」
もし、これがキリアイン先生だったら、リリアンの主張をそのまま通しただろう。
タッカード公爵に言い付ける。
この脅しでほとんどの奏者が震えあがる。
タッカード公爵は美術館や会場など文化施設を管理している大貴族。彼の機嫌を損ねれば、舞台に上がれなくなってしまうからだ。
ブレストは表情一つ崩さず、リリアンを見下ろしている。
「貴方の主張は、受け入れられません」
ほとんどの奏者にブレストは該当しない。
なぜなら、彼はメヘロディ王国が認めた優秀なピアノ奏者、”神の手”だから。
堂々とした態度でリリアンの要求を否定する。
「ローズマリーさまの言う通り、僕は貴方の講師です。僕の試験内容に不満があるのでしたら、トルメン大学校ではなく他の音楽学校に編入されてはどうですか?」
「はあ!?」
「僕は貴方たちの音色を聞いて評価しています。ローズマリーさまやグレン殿が王族だからと贔屓していると思われているのは心外です」
「だって、そうでしょ!! グレンがカルスーン王国の王子だから――」
「僕の心を揺り動かせたら、貴方でも一番になりますよ」
「私が……、一番?」
ブレストはリリアンが欲しい言葉を理解している。
一番。
リリアンはトルメン大学校に入学してから、一番の成績を取ったことがない。
上位にはいつもグレンとマリアンヌがいた。
二学年でも成績は下位。
そんなリリアンが一番を取れる可能性がある。
ブレストの言葉にリリアンが耳を傾け始めた。
ピタッとリリアンの動きが止まったので、私は抱擁を解き、彼女の隣に立つ。
「欠点が直れば、グレン殿と同等の実力があると僕は思っています」
「それ……、本当?」
「ええ。それを直すために貴方を下にしたのです」
「そう……」
徐々にリリアンの怒りがおさまってゆく。
「……今回はあんたの言うこと聞いてみるわ」
「一番になれるよう、ローズマリーさまと練習してください」
すごい。
自分の言う通りにならないと癇癪を起し暴れ出すリリアンをこうも簡単に説得するとは。
私はブレストの話術に感動していた。
「ローズマリーさま! 一番目指して練習しますわよ!!」
リリアンは機嫌をなおし、練習をするため私の腕を引っ張る。
「まずは譜面を確認しましょう」
「そんなの弾きながら確認すればいいでしょ?」
「ええ……」
私は譜面を確認するよう促すが、リリアンはそれを拒否する。
リリアンがどのように練習しているか分からないが、私とは違う方法だというのだけはわかった。
どうやら実技試験を突破するまで、私はリリアンに振り回されるようだ。
☆
課題曲が決まり、私とリリアンは実技試験合格に向けて練習に励んだ。
共に練習して分かったが、リリアンは譜面の指示記号などをみて、感覚で弾く。
技術も表現も高い方だと思うが、勝気で目立ちたがり屋の性格が邪魔をしているのか、音色がどれも強く感じてしまう。
(ブレストが私たちの課題曲を『噂話』にしたのは……、リリアンの強みを殺すため?)
ブレストの狙いが少し、わかった気がする。
この楽曲で表現しなくてはいけないのは、侍女の噂話。
リリアンの弾き方では、堂々と語り姫に悪口を言っているようなもの。
譜面通りに弾いているのに、私の音色がリリアンにかき消されてしまう。
「思ったより、大変そうですね」
私たちの合奏を聞いていたブレストが項垂れている。
このままでは期日の試験には合格できない。
突破するまで試験は続けられるだろうが、最初の試験で躓くとは思わなかった。
「これは……、荒療法をするしかなさそうですね」
リリアンを挑発するのだろうか。
再びリリアンを抑えつける役目がくるのは止めてほしい。
「二人とも、一度、楽器から離れましょう」
「はあ!?」
「楽器から……、離れる!?」
パンッと手を打ちと同時に、ブレストは私たちに一つ提案をした。
その言葉に私とリリアンはそれぞれ驚いた。
「二人には、特別試験を受けてもらいます」
特別試験。
一体、ブレストは私たちに何をさせるのだろうか。
次話は8/18(日)に投稿します!楽しみに!!




