実技試験のペア
学校生活が始まり、二か月が経った。
その頃にはトルメン大学校とフォルテウス城を往復する生活にも慣れてきた。
「さて、来月には二学年初めての実技試験がありますね」
ブレストの授業。
そこで、実技試験の話題が出た。
「本日、実技試験の内容を発表いたします。以降はその練習をすることになります」
試験内容を発表する日。
二学年になって初めての試験。
一体、どんなことをするのだろうか。
ブレストがすうっと息を吸い、間を置いて試験内容が私たちに告げられる。
「『二人一組の合奏』です」
「それ、この間もやったんですけど!! また同じことをするの?」
間髪入れずに、リリアンが抗議する。
この場にいる皆の気持ちを代弁してくれた。
二人一組の合奏は、一年生最後の実技試験でやった。
同じことを試験内容にするなんて。
「僕が決めた試験内容に問題でも?」
「大ありです!」
「生徒は四人ですし、割り切れると思いますが」
「あんたのそういうところが、むかつく!!」
「……教師にそのような言葉遣いはよくありませんよ、リリアンさん」
リリアンの文句に、ブレストは毅然とした態度で対応した。
「あなたたちは卒業したら、楽団に所属し、彼らと演奏することになります。指揮者と周りの音に合わせて弾くことになるのです。2学年、最終学年は個々の技術を伸ばしつつ、そういった能力が評価の一部になります」
「ふんっ! 先生のお言葉、胸に留めておきますわ」
ブレストの主張を聞き、リリアンは黙った。
この話を聞き、ブレストが決めた順位の意図が分かった気がする。
ブレストは個々の技術力・表現力よりも、協調性を重視するタイプの指導者。
だから、マリアンヌの成績が悪く、グレンが一番になっているんだ。
「ペアはくじ引きで決めましょう」
四枚のカードが私たちの前に出された。
「リリアンさん、マリアンヌさん、ローズマリーさま、グレン殿の順番で引いてください」
二か月の間、ブレストの評価が少し変わった。
現在、最下位はリリアンだ。
不機嫌なリリアンは、乱暴にカードを一枚引く。その後は名を挙げられた順にカードを引いた。
最後の一枚はグレンに渡される。
「同じマークの方がペアです」
私たちは同時にカードを表にした。
「ローズマリーさま、よろしくお願いしますねっ!」
私のペアはリリアンだった。
リリアンに声を掛けられるも、『私に合わせなさい』という圧を感じた。
この結果に私は内心ほっとしている。
私はアンドレウスに進級を拒まれている。
だから、私とペアになれば足を引っ張ってしまう。それがマリアンヌでもなく、グレンでもなく、リリアンで良かった。
「課題曲は明日、発表いたします」
課題曲はペアの結果をみて判断するようだ。
「ですので、今日の授業はこれで終わりです」
時間よりも早く終わった。
オリオンはまだ授業を受けているだろうから、ここに来ることはない。
「皆様、ごきげんよう!!」
リリアンはすぐにこの場から去った。
少しマリアンヌとグレンとおしゃべりする時間ができた。
何を話そうか。
「ローズマリーさま、少しお話があります」
話題を考えていたとき、ブレストに呼ばれる。
私は二人から少し離れ、会話が聞こえない場所へ移る。
「この前の話、覚えていますか?」
「私を進級させないよう、お父様に命令されている……、ことですね」
ブレストが私を呼びだしたのは、この間の話の続きだ。
「今回の試験で故意に不合格にするつもりはありませんので、ご心配なく」
ブレストの言葉を聞き、私は安堵した。
相手がリリアンでも、私の家庭の事情のせいで実技試験が通らないのはあってはならないことだ。
心配が一つ無くなってよかった。
「故意に落とすとなれば、最終試験でしょう」
「分かりました。それまでにお父様を説得いたします」
「お願いします」
話が終わると、ブレストは私にニコリと微笑み、教室を去った。
ブレストが教室を出た直後、マリアンヌとグレンが私の元に寄る。
「リリアンと試験、頑張れよ!」
「う、うん」
「リリアンさまは気難しいところがあるけど、実力は確かよ! ローズマリーだったら、きっと合格出来るわ」
「そうだったらいいのですが……」
グレンとマリアンヌはそれぞれの言葉で私に声援を送る。
とはいえ、リリアンとこれから出される課題曲を共に練習できるのか不安だ。
リリアンの性格上、主旋律が多いパートを弾くだろうから、私はそれを補助する側にまわるだろう。ぐいぐいリリアンに引っ張られる私の姿がゆうに想像できる。
「ねえ、ルイスとは文通、続いているの?」
マリアンヌは目を輝かせながら、ルイスのことを聞く。
私はうつむき、コクリと頷いた。
ルイスとの文通は続いている。
手紙とグレンの話によると、士官学校の授業や訓練をそつなくこなしているらしい。今は、実地試験の領地をどこにするか決めているとか。
最終試験ということで、伯爵から侯爵ほどの上級貴族の領地に配属される。
ルイスはどの領地を選ぶのだろうか。やはり、ライドエクス侯爵領なのだろうか。
(ルイスが実地試験を行う時期って……、学校が二学期に入るときだ)
ライドエクス侯爵領はトゥーンからそう遠くない。
休暇を狙ってウィクタールがルイスに会いにゆくのではないだろうか。
いつもは避けてくれているけど、実地試験となるとそうはいかない。
領主の娘という立場を利用して、ルイスに接触してくるはず。
別の領地を選んで欲しい。私は切に願った。
「顔が真っ赤になったと思いきや、浮かない顔をして……。ローズマリーは忙しいわね」
「その……、ルイスとの文通はとても楽しいのですが」
「やっぱ、会いたくなるか?」
「うん」
会いたい。
私は本心をグレンとマリアンヌに示した。
だが、それは叶わないことだと分かっている。
フォルテウス城へ帰る以外の外出は、認められていないからだ。
「不安になるんです。ウィクタールに心変わりしてしまうんじゃないかって」
同室のウィクタールは、ルイスのことを諦めていない。
あの手この手で会おうとしている。
「はあ……」
「ふ、二人とも!? どうしてため息をつくの?」
マリアンヌとグレンが同時にため息をついた。
「んなわけねえ!! ルイスはお前しか見てない」
「そうよ。グレンの言う通り」
グレンとマリアンヌの意見は一致していた。
ルイスが美人なウィクタールに心移りすることは決してない。
「ルイスがライドエクス侯爵領を選択して、ウィクタールさまに誘惑されても?」
「あなたね、もっとルイスを信じなさい」
マリアンヌに頬をつままれる。
「私たちの言葉を聞いても心配するんだったら、次の手紙で自分の気持ちをそのまま書きなさい」
「わかり……、ました」
マリアンヌが頬をつまむときは、真剣に話を聞いて欲しいときだ。
私はマリアンヌの言葉に頷いた。
誰かに話したことで、気持ちが少し晴れた気がする。
「おっと、授業が終わるな」
終業の鐘が鳴った。
時期に、オリオンが教室を訊ねてくるだろう。
「じゃ、また明日」
グレンは鐘が鳴るなり、すぐに教室を出た。
今朝、聞くに用事があるらしい。
その用事のついでに私の手紙をルイスに渡したり、受け取ったりしてくれるので、翌日が楽しみだったりする。
頻度でいうと、平日から週末までに二度くらいだろうか。
「ローズマリーはこのままオリオンさまと一緒に帰るの?」
「いえ。チェスをする約束をしています。あと、読みたい本があるので図書館に寄る予定です」
「たまには私とお話する時間を作って欲しいわ」
マリアンヌと話す機会は二か月の間で数えるほどしかなかった。
アンドレウスへの手紙の返信、週末に見せる絵の練習が忙しかったから。
毎日こなしてゆくごとに、自由な時間も増えてきた。
「今日、オリオンさまに話してみます」
束縛が多かったオリオンだが、お願いをすると少しだけ許してくれるようになった。
特にマリアンヌとのお茶会は、日程を伝えるだけで許可してくれる。
オリオンの中で、マリアンヌは”安全な存在”だと認識したからだろう。
「チャールズさまがね、ロザリーのためにマジル王国のお茶菓子を取り寄せてくれたみたいなの!」
とても苦い緑のお茶の味はまだ慣れないが、マジル王国のお茶菓子はどれも美味しい。
明日はどんなお茶菓子があるのだろう。
「それは楽しみです」
トルメン大学校での生活が上手く回っている。
だからリリアンとの実技試験もどうにかなる。
そう楽観的な私だったが、実際はそうもいかなかった。
次話は7/12(月)に投稿します!楽しみに!!




