メヘロディ王国の価値
「おはよう」
「よっ、週末は何処に行ってたんだ?」
「……言わなくても分かるでしょう」
週末が終わり、フォルテウス城を出て、トルメン大学校に朝早く登校した。
教室にはすでにグレンがいて、なかなか一番乗りにはなれない。
「フォルテウス城でお父様とずーっと絵を描いていたわ」
「ずーっと、か」
「ええ。座っていたお尻が痛くなるくらい」
週末はアンドレウスと共に日夜、絵を描いていた。二日間庭園に出向き、日が暮れるまで目に写った花を書き写していた。
私はずっと座った体勢が苦になり、サーシャと共に散歩をしたりと小休憩を挟んでいたが、アンドレウスは食事や家臣に声をかけられたとき以外は、ずっと手を動かしていた。
夜になり、私が描いた花の絵をみて、指導してもらう。
二日間はその繰り返しだった。
「それで、上手くなったか?」
「これ……」
「まあまあだな」
私は描いた絵の一部をグレンに見せる。
グレンは、すぐに感想を述べた。
「アンドレウス王の絵、凄かっただろ?」
「うん……。私とお父様が額縁に入ったかのような絵だった」
布に隠されていた絵、絵の具で着色したものを見せてもらった。
下書きでも細かい描写で目を奪われる程に美しいものだったのに、着色したら、まるで自分とアンドレウスが絵の中に入ったかのような、現実味のあるものに仕上がっていた。
「お父様の絵を欲しがる人が多いのも、分かった気がする」
グレンにアンドレウスの絵の価値を教わっていたが、完成品を目の当たりにして、何故、外国の人々が欲しがるのか理解した。
絵、全体が現実味を帯びながらも透明感があるのだ。
現実にありそうで無い色味で、限られた人間にしか表現できない技術。そこに他国の王族・貴族が魅了されるのだろうと私は思った。
「まあ、あそこまでの腕になるのは相当な年数がかかるだろうから、ゆっくり教わればいいさ」
「……そうね。今はこの学校を卒業することが一番だもの」
「あ、それでさ……」
グレンが自身のバックの中に手を突っ込みなにかを探している。
私は期待して待っていた。
「ほら、手紙の返事。週末、ヒマだったから貰ってきた」
「ありがとうっ!!」
私はルイスからの手紙を受け取り、それをリュックの中に入れた。
「読まないのか?」
「その前に、この間途切れちゃった話を聞こうと思って」
「ああ。なんだっけ?」
「マジル王国やカルスーン王国がメへロディ王国と仲良くなりたい理由」
いいところで話が途切れてしまったので気になったのだ。
私は時間と背後を気にする。
今日はいつもより早く登校しているから、聞き逃すことはないだろう。
「あの二人が来るかもしれないから、端的に話すな」
グレンはすうっと息を吸い、答えた。
「メへロディ人は字の読み書きができるし、手先が器用だから、チャールズの国では魔道具の部品製作、俺の国では魔石の彫刻とか需要があるんだ」
「……労働力を求めているってことかしら?」
「ああ。実際、貧しい生活をしているメへロディ国民をカルスーン王国で働かせたら、大金稼げたってさ」
「その人はどんな仕事をしたの?」
「魔石の刻印。元は売れない彫刻家だったとか」
「へえ……」
メへロディ王国では、芸術に力を入れているが、すべての国民がその恩恵を受けられるわけではない。
精巧な作品が仕上がったとしても、そこに独自性がなければ価値はつかない。
成果を出せずに苦しんでいる国民が一部いるのは事実だ。
そんな人たちが、外国で輝くことができる。
メへロディ王国にとっても、美味い話ではないだろうか。
「熟練の刻印職人も腰を抜かす出来で、そんな才能がメヘロディ国内にゴロゴロいるんだよ。俺たちはそういう人たちを多く確保したいんだ」
「なるほど……」
グレンの話はここで終わる。
理由を話してくれただけで、カルスーン王国の第五王子としてどうなってほしいか、主張しなかった。
チャールズはマリアンヌとの時間を引き換えに、マジル王国との友好関係を築かせようとしているのに。
「グレンは――」
「その、俺には決定権がないから」
「じゃあ、あなたのお兄さんは?」
尋ねると、グレンは先回りして答えてきた。
私はグレンの兄、外交官をしているヴィストンはどうなのか尋ねた。
グレンの表情が固まる。
まだヴィストンに叱られたことを引きずっているのだろうか。
「この話はやめよう」
グレンから話題を断ち切った。
嫌な気持ちにさせてしまったのかもしれない。
「ねえ……、ルイスの様子はどうだった?」
私は話題を変える。
返信の手紙を受け取ったということは、ルイスに会ったということだ。
グレンとルイスの仲もそれなりに良い。
このまま付き合いが続けば、私とマリアンヌのように、打ち解けた関係になるだろう。
そうなったらいいなと私は思う。
顔をしかめていたグレンも、徐々に柔らかい表情になる。
「元気だったぜ。士官学校の授業が始まって、実技の授業がきついとか抜き打ちテストの成績が帰ってきたとか」
きっと、グレンが言ったことも手紙に書いてある。
私の学校生活はどうだ?とかも。
返信を書く手は止まらないし、便箋の枚数も多くなるだろう。
ちゃんとルイスと連絡は取れている。
だけど、グレンの話を聞くとぎゅっと胸が苦しくなる。
「ローズマリー?」
私の様子の変化に気づいたのか、グレンが私の名を呼ぶ。
胸が苦しくなる理由は分かってる。
それをグレンに打ち明けても、解決にはならない。
「ううん。なんでもないわ」
ルイスと会いたい。
会って話がしたい。
私は自分の願望を殺し、心配してくれるグレンに微笑んだ。
☆
放課後。私は寄り道をせずに女子寮へ帰ってきた。
部屋に戻ると、共有部屋にウィクタールがいた。
「戻りました」
私は一言告げる。
いつもなら、そっけない返事が帰ってきて、自分の部屋に戻れる。
だけど、今日はそうじゃなかった。
「ローズマリー!!」
「っ!?」
声音からして、ウィクタールは怒っている。
腕を組み、無言で私の方へ歩み寄る。
その剣幕はすさまじく、怖気づいた私は後ろへ後ずさった。
壁に追いやられてしまった。
逃げ場が無くなったところで、ウィクタールは口を開いた。
「あんた、アンドレウスに何か言ったわね!!」
「……」
「おかげで、お父様にこっぴどく叱られたわ! どうしてくれるの!?」
どうやらウィクタールはカズンに叱られたらしい。
心当たりは一つ。
私が手紙をウィクタールではなく女子寮へ送って欲しいとアンドレウスにお願いしたからだ。
当時は、翌日の朝までにフォルテウス城へ手紙の返事が確実に届く改善案として、提示しただけ。
だが、ウィクタールに怒鳴られて気づいた。
私がそうお願いしたということは、アンドレウスと私の手紙の仲介をしているウィクタールに落ち度があると、遠まわしに指摘したことになると。
方針が変わったことにより、一番に気づいたのはカズンだ。怒られただろう。
「この間、手紙を渡すのが遅くなったから?」
ウィクタールの問いに、私は頷いた。
「仕方ないじゃない! ルイスが友達と日が暮れるまで遊んでたから、私に会ってくれなかったんだもん!!」
「えっ」
あの日、ルイスに会わなかった?
友達というのは、きっとグレンだ。
だが、ウィクタールが帰ってきたのは夜遅く。日はとうに沈んでいた。
それなのに、士官学校に帰るルイスと会ってない?
理解が追い付かず、驚嘆の声が漏れてしまった。
「ずっと、士官学校で待ってたのに!!」
私に対する怒りは沈んだようで、怒りの矛先はこの場にいないルイスに向けられる。
「ルイスが友達と街で遊ぶなんてなかったの! 士官学校に行けば、いつでもルイスに会えたのに!!」
ルイスとウィクタールとの関係も変わってしまった。
それはグレンという友人ができたからではない。
きっと――。
「ルイスの事なんて知りません! 私に訊かないでください!!」
私はウィクタールを押しのけ、個室に入った。
パタンとドアを閉め、一人になったところで背負っていたリュックを降ろし、持ち手に結わえてある緑色のリボンに触れた。
「えへへ、嬉しいなあ」
口元が緩み、笑みがこぼれた。
ルイスがウィクタールに会わなくなった理由。
それは、私のことを想っているから。愛してくれているから。
『私だけのルイスでいて欲しい』というお願いを守っているんだ。
「手紙、早く読まなきゃ」
リュックの中からルイスの手紙を抜き出し、机に置いた。
そして宝石箱から指輪を取り出し、右の薬指にはめる。
「今はこれでいい。ルイスと約束したんだから」
独り言を呟き、私は手紙の封を切った。
次話は8/11(日)に投稿します!楽しみに!!




