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拾われ令嬢の恩返し  作者: 絵山イオン
第3部 第4章 リリアンの改心

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父の指導

 制服を脱ぎ、アンドレウスが用意した黒いドレスに着替える。

 今日は休日用ということで、飾りのない膝丈のシンプルなものだった。

 襟袖も広がっていなくて動きやすい。

 髪や化粧も簡単なもので、装飾品もいつもより質素だった。


「では、私たちはこれで」


 身支度を手伝ってくれたメイドたちは、脱いだ制服を持って、私の部屋を出て行った。次の登校日までにきれいにしておくのだろう。

 部屋には私とサーシャの二人だけ。


「リボンのこと……、素敵と褒めてくれてありがとう」


 サーシャは先輩のメイドに怒られ、元気がなかった。

 二人きりになったところで、私はサーシャにお礼を言った。


「ローズマリーさまにそう言われると……!」


 サーシャは真っ赤な表頬を押さえ、その場で震えていた。

 これが彼女の喜びの表現だということは一緒に居て分かっている。

 私はくすっと笑いながら、その様子を見ていた。


「城を出る前にはなかったので……。触ってもよろしいですか?」

「ええ」


 サーシャはリュックを持ち上げ、テーブルの上に置いた。

 持ち手に結ばれた緑色のリボンに触れ、ぱあっと明るい表情を浮かべる。


「飾りや布地からして、髪飾り用ですね!! どなたから頂いたのですか?」

「……マリアンヌから貰ったの。私に似合うと言われて」


 私は嘘をついた。

 本当はルイスから貰ったもの。

 だけど、それをサーシャに伝えたら、異性から贈られたものとして処分されてしまう。

 マリアンヌから贈られたものだと伝えれば、アンドレウスも不審に思わないだろう。

 私とマリアンヌは姉妹のように育ったのだから。


「髪に結わえないのですか?」

「そのつもりだったのだけど……、昨日は夜遅くまで絵を描いていて、結わえる時間がなかったの」

「でしたら、私にお任せください!!」

「サーシャに?」

「通学までにローズマリーさまに似合いそうな髪型を考えてまいります」


 誰かに髪型を考えてもらうのも悪くはない。

 サーシャのことだから、一人でも結わえられるものにしてくれるだろうし。


「あっ」

「もう、時間だったかしら」

「はい。絵はお持ちになられましたか?」

「えっと、リュックの中に入れてきたはず……」


 私は筒状になっている紙を取り出した。


「夕食はアンドレウスさまのお部屋で摂ることになっています。ですので……、自由な時間は湯汲みの時間以降となりますが――」


 サーシャが不安そうな表情を浮かべている。

 いつもは予定を淡々と伝えてくれるはずなのに。


「この前のように、お疲れになっていないかと心配でして」

「この前……、ライドエクス邸へ向かうときのことかしら」

「はい。そちらの絵を夜遅くまで描いていたと聞いたので、十分な睡眠時間を取られていないのではないかと」


 サーシャは私の事を心配してくれていたらしい。

 疲労で足がおぼつかない姿をみていたから、今日もそうなってしまうのではないかと心配してくれていたのだ。

 私はサーシャの心配を微笑みでかき消す。


「安心して。馬車で移動しているときに、仮眠をとったから」


 サーシャは胸に手を当てほっとしている。

 

「それなら大丈夫ですね」

「心配してくれてありがとう」

「もちろんです! 私はローズマリーさまの専属メイドですから!!」


 サーシャの笑顔が戻ってきた。

 胸を張って堂々としているのがサーシャらしい。


「サーシャ、またね」


 サーシャとのお喋りもこれまで。

 私は部屋を出て、アンドレウスの部屋へ向かう。



「お父様、失礼します」


 アンドレウスの部屋に入ると、布に掛けられ隠された絵があった。

 大きさからして、この間未完成だった絵だろう。

 額縁があるところは、沢山の画材がテーブルや床に乱雑に置かれていてごちゃごちゃしているが、他は整頓されていた。

 アンドレウスは上着を脱ぎ、軽装姿だった。

 上下、黒いズボンとシャツを着ていた。

 絵を描くためか袖をまくっている。


「さあ、ローズマリーが描いた絵を見せておくれ」


 私は筒状になっている紙をアンドレウスに渡した。

 彼はそれを開き、一口サイズに切った果実の絵を真剣に見つめる。


「絵を描いたのはいつぶりだい?」

「えっと……、美術の授業ぶり、です」

「美術の授業……、二年前ぐらいか」


 視線を絵から離さず、アンドレウスは私に質問をする。

 十歳から十五歳まで、私はマリアンヌと共に家庭教師から勉強を教わっていた。

 メヘロディ王国は貧富の差関係なく、十五歳まで義務教育を受ける。

 その中に美術や彫刻、建築、音楽史などの科目があり、さわりは受けている。

 関心があり、授業の成績が良かったり、家庭が裕福であれば専門性の高い学校へ通う。

 美術の履修は十四歳で終わるため、アンドレウスの指摘通り、絵を描いたのは二年ぶりである。


「オランジか……。形、色、正確に描けているね」

「ありがとうございます」


 良い評価を受け、私は素直に喜んだ。

 絵に関しては、娘だからというひいきはなく、真剣に向き合ってくれている気がした。


「美術の成績はどうだった?」

「美術史は満点でしたが、実技は”良”でした」

「ふむ……」


 アンドレウスは画材置き場の方へ向かい、絵を立てる台を持ってきた。後から教えてもらったが、これはイーゼルという。

 そこに朝食を食べるときに使っていた椅子を二脚並べ、隣に座るよう促した。


「じゃあ、僕が君の絵を参考にオランジを描いてみるね」


 イーゼルに縦長の木の板を立てかけ、上に私が描いたオランジの絵を木製の留め具で挟む。

 下に真っ白な紙を置き、動かぬよう、左右を同じもので挟む。

 ペンを持ったアンドレウスの手が動いた。

 力の入れ方で線の太さや細さ、濃淡が出ている。

 横でじっと見ているだけだったが、アンドレウスの手が動くたびに、オランジの外の皮、薄皮、果肉が描かれてゆき、胸が躍った。短時間で、オランジの一切れが完成した。


「わあっ」


 まるで実物があるのではないかというくらい、精巧だった。

 思わず感嘆の声が漏れてしまうくらいに、私はアンドレウスの絵に心を動かされた。


「ローズマリーの絵はオランジの外の皮と果肉は分かるけど、薄皮が付いているかは分からないよね」

「お父様の絵は薄皮に包まれているのがよくわかります」

「ローズマリーの絵だと、色を付けないと美味しそうに見えないと思うんだ」


 アンドレウスの評価は正しい。

 私は絵の具に頼ったけれど、アンドレウスはペンの濃淡だけで、オランジを表現した。

 もし、どちらが美味しそうに見えるかと訊ねられれば、皆、アンドレウスの絵を指すだろう。


「それをこれから僕がゆっくり教えてゆくからね。五年もすれば、美術館に飾れる絵ができるよ」

「五年……」

「さあ、今日は線の書き方から勉強しよう」

「……はい」


 私がアンドレウスに認められるまでには五年もかかるのか。

 その間、隣で絵を描き続けないといけないのか。

 それはヴァイオリンやピアノを学んだ年月と同じだが、はるか遠くのものに感じられた。

 

 それから私はアンドレウスからペンの使い方を教わった。

 外側は濃く、内側は薄く。

 それだけでも、アンドレウスが書いた手本に似てきた気がした。

 

「そういえば、昨日、手紙が届くのが遅かったね。何かあったのかい?」

「昨日はこの絵を描いていたので、返事を書くのが遅れてしまいました」

「そうか……」


 少し経ち、アンドレウスは手紙の話題を出してきた。

 昨日は届けるのが遅く、彼の起床時間に間に合わなかったようだ。

 事実はウィクタールが悪いだが、アンドレウスの前ではただの言い訳。

 私は自分に非があったことを認め、素直に謝った。


「君の返事からして、学校生活を楽しんでいるようだね」


 ぼそぼそと私が書いた手紙の内容について語る。

 声音からして、私が学校生活を楽しんでいるのが嫌みたいだ。

 楽しいと思える理由をしっかりアンドレウスに話しておこう。


「マリアンヌやグレンと一緒に勉強できること、オリオンさまとチェスの続きが出来たこと、あとチャールズさまが用意してくださるマジル王国のお菓子が――」


 私は学園内で楽しかったことをアンドレウスに語る。

 手紙で書いていたことだが、アンドレウスはうんうんと話を聞いてくれた。

 笑みを浮かべているが、アンドレウスは私を進級させてはくれない。

 喜んでいるのは、私と会話ができる。ただ、それだけ。

 内容などアンドレウスにとってどうでもいいことなのだ。


「お父様、一つお願いがあるのですが――」

「なんだい?」

「手紙はウィクタールさまに預けるのではなく、女子寮宛に送って欲しいのです」

「わかった。カズンにそう伝えておく」


 一通り話したところで、私は一つお願いをした。

 手紙の送り先を変えて欲しいと。

 それに対して、アンドレウスは『何故』と尋ねることなく、あっさり了承した。

 次からはウィクタールに影響されず、手紙を受け取ることができる。


 「ありがとうございます」


 私を進級させてほしい。

 マリアンヌとグレンと共にトルメン大学校を卒業したい。

 そしてルイスと――。

 これらのお願いはすぐに受け入れてくれないだろう。

 だから、絵の上達と同じく、一年という年月をかけてじっくりお願いするのだ。

 そうすればきっと、アンドレウスは許してくれる。

 私はそう信じて、再びペンを紙へ滑らせた。

次話は8/5(月)に投稿します!楽しみに!!

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