今からでも間に合う
仮眠をとっている間に、馬車はトルメン大学校からフォルテウス城まで移動していた。
私はオリオンに肩を揺すられ、目覚める。
「アンドレウスさまがお待ちです」
寝起きでぼんやりとしている私に、オリオンが耳元で囁く。
外にはもうアンドレウスがいるらしい。
背伸びをし、ぱちぱちと何度か瞬きをした。
「降りられそうですか?」
私はコクリと頷く。
オリオンは馬車の扉を開き、先に降りた。
私は傍に置いていたリュックを背負い、オリオンの手を借りて馬車から降りる。
「ローズマリー!」
「お父様、戻りました」
私は服の裾を掴み、アンドレウスに一礼する。
彼は私をぎゅっと抱きしめる。
私は両腕をアンドレウスの背にまわし、彼に密着する。
「さあ、城へ帰ろう。ドレスに着替えよう」
抱擁が解かれると、私の背にアンドレウスの手が添えられ、共に城内へ進んでゆく。オリオンは私たちに深々と頭を下げていた。彼とはここで別れるようだ。
「お父様、今日の予定は――」
「なにもないよ」
多忙なアンドレウスの予定がないのは珍しい。
「今晩から明日の一日はローズマリーのために空けたんだ」
「私のため……」
「君と一緒に絵を描きたいからね」
この話を聞いて、私の今夜と明日の予定が定まった。
今夜は学校内で描いた絵の評価を聞き、明日はアンドレウスと共に絵を描く。
「途中だった絵も完成したんだよ。一番に見てほしくて、部屋に飾ったきりなんだ」
「あとで観に行きますね」
完成した絵というのは、着色がされていなかったあの絵だろうか。
アンドレスが作業できるのは、朝と就寝前だけ。
睡眠時間を削らなければ完成しないだろうと、素人の私でも分かる。
そこまでして、私にあの絵を見せたいのだろう。
私は口角をあげ、無理に笑みをつくり、アンドレウスの要求を受け入れる。
「そういえば、あの学校から大量の荷物が送り返されたのだけど……」
ようやく、トルメン大学校の話題をしてくれた。
”あの学校”と発言していることから、アンドレウスの関心はないようだが。
「寮の部屋に入りきらなかったので、私が送り返したのです」
「部屋に入らないだって!? 君の部屋は一体――」
「一般的な女生徒の部屋です。私室の空間は――、私が子供の頃住んでいた個室くらいでしょうか」
「なんだって!? あの学校はローズマリーを普通の女生徒として扱っているのか!!」
言葉を濁すことなく、私は正直に伝えた。
部屋の大きさに見合わない荷物量だったから、不要なものを送り返したと。
アンドレウスはトルメン大学校の待遇に憤慨している。きっと、彼の中では私は王女として特別待遇を受けていると思っていただろうから。
「僕の娘だぞ!! そんな待遇をするとわかっていたら、君をそんな学校へ通わせなかったのに」
アンドレウスは私の腕を強く掴む。
「ローズマリー、今からでも間に合う。その学校を辞めよう」
「っ!?」
突然、私に危機が訪れる。
アンドレウスの発言に驚き、私は声も出せなかった。
「貴族学校はどうだい? いや、家庭教師もいいね。それなら僕と一緒に公務に出れるし、絵を描けるよ」
「お父様っ!!」
アンドレウスが自身の理想を話したところで、ようやく彼の話に割り込めた。
「貴族も平民も関係なく平等に学校生活を送ることが私の通っているトルメン大学校の理念なのです!!」
「だが、ローズマリーは――」
「タッカード公爵令嬢もその理念に従っています。留学生のチャールズ王子やグレゴリー王子はともかく、私が一国の王女だからと破るわけにはいかないのです」
「……」
アンドレウスが反論する間も与えず、私は自身の意見を主張する。
リリアンの名前を出すのは癪だったが、私と位が変わらない彼女も他の女生徒と同じ生活を送っていることを伝えれば、アンドレウスも納得してくれるだろうと思ったからだ。
腕を組み、不満そうな表情を浮かべるアンドレウス。
私の主張に納得したわけではなく、これ以上何かを言うと、私を怒らせてしまうから口を閉じたのだ。
「お目付け役としてライドエクス姉弟、特別講師としてブレストがいるのですから、学園内でお父様が心配されることは起きません」
「ああ。ごめん、少し感情的になりすぎたよ」
現状、ライドエクス姉弟に私の私生活を監視させ、ブレストには実技試験の講師をやらせることにより、進級を出来なくさせている。
一年我慢すれば、私がトルメン大学校を退学し、自分の元へ戻ってくる。
それで満足しなければ、自分の息のかかった貴族学校へ通わせるか、家庭教師が付くだろう。
アンドレウスの手にかかれば、音楽科の卒業資格だって手に入れられそうだ。
それで音楽への関心が薄れればいい。
娘の私が絵の道へ進めば、他のことはどうでもいいのだから。
「では、お父様。ドレスに着替えたらお部屋に伺います」
口論をしながらも、自室に着いた。
部屋の扉の前では、サーシャが待っていた。
「おかえりなさいませ、ローズマリーさま。お部屋へどうぞ」
「待っているからね」
サーシャは私の部屋のドアを開け、中へ招き入れる。
中には私の身支度を手伝ってくれる三人のメイドがいた。
アンドレウスはニコリと微笑むと、隣の自室へ入った。
画材を広げ、私を待っているはずだ。
「荷物をお預かり――、まあ、素敵なリボンですね」
「サーシャ!! 私語は慎みなさい!!」
「ご、ごめんなさい」
フォルテウス城で緊張が解れたのは、緑色のリボンを褒めてくれたサーシャの一言だけだった。
次話は8/4(日)に投稿します!楽しみに!!




