徹夜で仕上げる
「ローズマリーさま」
翌日の放課後。
やっと授業が終わったと、私は大きな欠伸をしながら思った。
昨日、オリオンに送られ女子寮に戻ったが、アンドレウスの手紙を持っているウィクタールは帰っていなかった。
夕食や入浴を済ませても戻って来ず、私は自室で白い用紙に無心で絵を描いていた。
考えた末、私はウィクタール用の夜食で貰った、一口大に切られた果実に決めた。
ささっと、筆記用具で下書きを済ませ、筆と絵の具を使って色を塗る。
アンドレウスの絵が完成したころには、もう就寝時間が過ぎていた。
女子寮の門限もすでに過ぎている。
(今日は手紙を書かなくてもいい――)
果実を共有スペースのテーブルに置き、ベッドに横になろうとドアノブに手をかけたところで、ウィクタールが戻ってきた。
「ウィクタールさま……」
「ローズマリーさま、こちら」
ウィクタールは謝りもせず、私にアンドレウスの手紙を差し出す。
「お返事、お願いします」
「あの……、もう朝には間に合わないと思いますが」
「お願いします」
戸惑いつつ私は手紙を受け取る。
手紙を読み、返事を書いたとしても日付が変わってしまう。
トルメン大学校からフォルテウス城までは三時間かかる。
アンドレウスが起床するまでに間に合うか分からないと告げても、ウィクタールは”返事を書け”の一点張り。遅れたのは自分のせいだという反省が全くない。
私はため息をつき、部屋にこもる。
「なによ、あの子!! 自分勝手すぎる!!」
部屋の壁は薄い。
私はピローに顔を強く押しつけ、怒りを叫んだ。
それだけでは収まらず、ぽかぽかとピローを殴る。
私が怒っているのは、手紙を受け取るのが遅くなったからもあるが、ウィクタールがルイスと夜遅くまで会っていたことに腹が立った。
まだ私がロザリーだったら、ルイスと会っているのは私だったのに。
「ずるい、ずるい、ずるい!!」
私は沢山のことを我慢して、学園生活を送っているのに。
沸き上がった怒りが収まったところで、私は手紙の封を切る。
アンドレウスが書く手紙は、昨日とあまり変わっていない。
ただ、文面の最後に『帰りを待っているよ』とあった。
やはり、明日は授業が終わったらすぐにフォルテウス城へ帰らないといけないようだ。
「……この内容だったら、簡単な文章で済ませていいかしら」
私の手紙を届けるため、外では騎士が待機しているだろう。
共有部屋ではウィクタールも待っているはず。
簡潔に済ませてもいいのではないか。
そのような考えが浮かんだが、私は首をぶんぶんと横に振る。
「そっけない返事をしたら、お父様の機嫌を損ねてしまうかもしれない」
アンドレウスの機嫌は損ねてはいけない。
手紙は日付が変わり、就寝時間があと二時間というところで書きあがった。
☆
「人前で欠伸するなんて……、だらしないわよ」
「ご、ごめんなさい」
「オリオンさま、ローズマリーをお願いしますね」
「ええ。フォルテウス城までお守りします」
「二人とも、週明けに会いましょう」
欠伸をしていたところをマリアンヌに見られ、注意される。
短い就寝時間だったため、眠気は放課後も続いた。
教室の扉を開けると、決まってオリオンが待っていた。
マリアンヌはオリオンに一言告げ、女子寮ではない方向へ歩いて行った。
きっと、週末はチャールズと一緒に過ごすのだろう。
「僕たちもまいりましょうか」
「はい」
私とオリオンは並んで歩く。
生徒たちは私たちに気づくと、道を開けヒソヒソと囁く。
「ローズマリーさまって、オリオンさまと一緒にいることが多いよな」
「もしかして、ローズマリーさまの婚約者って――」
耳を澄ませば、そんな話題が飛び交う。
心なしか、オリオンの口元が緩んでおり、機嫌がよさそうだ。
学校の外へ出ると、取り巻きの人数も少なくなる。
「昨夜は姉が迷惑をおかけしました」
ウィクタールに代わり、弟のオリオンが謝罪する。
「その、絵は描けましたか?」
「はい。リュックの中に入れました」
乾かした絵を丸め、リュックの中に入れている。
ルイスから貰った緑色のリボンは持ち手に結んだ。
もう一つは部屋に置いてきた。
「オリオンさまは週末、どう過ごされるのですか?」
「僕も一度、屋敷へ帰ります。父に稽古をつけてもらう予定です」
週末はライドエクス邸にいるらしい。
オリオンは私がトルメン大学校に編入しなければ、士官学校へ通う予定だったはず。
稽古をつけてもらっているということは、復学する可能性が高いということ。
「オリオンさまは――」
「なんでしょう?」
「いえ、なんでもありません」
ブレストのように、私が進級できないことを知っているのだろうか。
それを聞こうとするも、直前で言葉を飲み込んだ。
まだ、私はオリオンのことを知らない。
私がブレストに聞いたことを口にして、秘密にしてくれるのかどうか。
最悪、アンドレウスに報告するかもしれないし。
「話している間に着きましたね」
庭園を少し歩くと、三人の護衛の騎士と私が乗る馬車があった。
馬車の扉は開かれていて、簡易的な階段が置かれていた。
「さあ、こちらへ」
オリオンが先に乗り、私に手を差し伸べる。
彼の手を取り、私は馬車に乗った。
馬車の扉が閉められ、私とオリオンは向き合う形で座った。
「オリオンさま、私……」
リュックを脇に置き、息をついたところで眠気が襲ってきた。
「おやすみなさい。ローズマリーさま」
私が眠ることを、オリオンは許してくれた。
それを聞き、私は目を閉じ、すうっと眠った。
次話は7/29(月)に投稿します!楽しみに!!




