自由になりたい
「おはよ」
「おはよう、グレン」
翌朝、教室までオリオンに送られてきた。
私はグレンの傍に寄る。
「ねえ! ルイスから何を預かったの!?」
「近い、近いって!!」
すぐに昨日、先延ばしにされたプレゼントについて問う。
無意識にグレンに詰め寄っていたようで、彼は少し離れるよう私に告げる。
「はい、これ」
小さな包み紙を受け取った。
私はすぐにそれを開けた。
「あっ……」
その中に入っていたのは刺繍糸で装飾された深緑色のリボンだった。
同色のものが二本入っており、私はそれを愛おしく見つめる。
「一緒にトキゴウ村を訪ねた時、ルイスがね、リボンのこと気にかけてたの。だから、これを贈ってくれたんだわ」
「雑貨屋で真剣に選んでたな。特に色とか」
「バックの持ち手に結び付けたいけど……、ここで付けるとオリオンさまがグレンのこと更に警戒してしまうから」
「俺が贈ったって勘違いされると厄介だしな。明日、付けてこいよ」
「うん」
私はルイスからの贈り物をバックの中に仕舞った。
本当はすぐにバックに結び付けたかったが、オリオンに勘づかれてしまう。リボンに結ぶのは部屋に戻ってからにしよう。
「もう一つはどうするんだ?」
「髪に結わえようと思って……」
もう一本は髪を結わえるのに使おうと思う。
どんな髪型にしたら似合うのか、考えるのが楽しみだ。
「その……、手紙の返事を書いてきたわ」
私はグレンにルイス宛の手紙を渡す。
昨日はアンドレウスの手紙とルイスの手紙、二通書いた。
アンドレウスの手紙をウィクタールに渡してから、ルイスへの返事を書いたので、取り違えることもない。
ただ、今後も二通書くことになるだろうから、細心の注意を払わないと。
「受け取ったぜ。今日、渡してくるな」
「今日……、ルイスに会うの!?」
「ああ。放課後にちょっと用事があってな、そのついで」
ルイスに会えるなんて羨ましい。
私はそっちに気を取られて、グレンの外出の理由を気にも留めていなかった。
「それにしても……、お前の親父さん、すぐに手紙を送ってくるなんて過保護すぎじゃね?」
「お父様は――、そうね。とても過保護なの。きっと、毎日、返事を送ることになるかも」
「大変だな。俺の方なんて、家出してもなんにも心配してくれなかったぞ」
アンドレウスに進級を妨害されている。
グレンに真実を告げようとするも、私は直前で飲み込んだ。
これはグレンに話しても解決することではない。
昨日、マリアンヌにさえこの話はしなかった。
「あっ……」
「どうした?」
「週末って明後日よね! ああ、どうしよう……」
アンドレウスとは、毎週何かしらの絵を描くと約束した。
週末まで残り二日。
明後日は授業が終わってすぐに迎えが来るだろうから、実質今日までだ。
荷物に入っていた画材は手つかずで、用紙は真っ白だ。
「何も描いてないわ。今日中になにか書かないと」
「絵……、アンドレウス王は絵画界で有名だよな」
「グレンの国でも、お父様の絵は知られているの?」
「そりゃもちろん。売りに出したら結構な額になるぜ」
「へえ……」
「俺の国は魔法、チャールズの国は魔道具が交渉材料にあがるが、メヘロディは芸術や工芸品だな」
それは授業で習った。
メヘロディ王国は音楽はもちろん、楽器の質がいいとか、絵画や彫刻技術が他の国よりも優れていると。
「それが一般常識。だけど、俺とチャールズの国がこぞってメヘロディ王国と関係を持ちたいのか――」
「あらやだ! 今日も私への嫌がらせをするなんて!!」
「そんなつもりはないのですが……」
「お前が早く来るか遅く来るかすればいい話だろ、他人のせいにするな」
今日もリリアンとマリアンヌが同時に教室へ入ってきたところで話題が途切れた。
続きはまた明日。
それにしても、グレンは先が気になる話をする。
「おはようグレン、ローズマリー」
マリアンヌとリリアンがそれぞれの席に着く。
私もグレンとの会話を終え、バックに仕舞ったルイスへの贈り物をもう一度眺め、自分の席についた。
☆
「ローズマリーさま、迎えにまいりました」
放課後、オリオンは教室の前で待っていた。
自分の授業も終わったばかりだろうに。
「……今日もマリアンヌさまとお話されますか?」
「いいえ」
毎日でもマリアンヌとおしゃべりしたい。
けれど、それは叶わない。
今日は絵を描かないといけない。それに手紙の返信も書かなきゃ。
私の返答にオリオンの表情がぱあっと明るくなった。
「チェスの続きをしましょう」
「はいっ! では、遊技場にいきましょう」
「ローズマリー、また明日」
「はいっ!」
マリアンヌと挨拶をし、私はオリオンと共に遊技場へ向かう。
遊技場は学生がカードゲームやボードゲームをしながら友好を深める場だ。
マリアンヌに変装していた頃は、縁もなく、ここを訪れることはなかった。
私たちは空いている席に座り、チェスをする。
オリオンが記録していた通りに駒を並べた。
「では、ローズマリーさまからどうぞ」
盤面を見て、戦略を思い出す。
少し考え、過去の私がなにをしたかったのか。
駒を動かし、オリオンの手を待つ。
それを数回繰り返したところで、私は行き詰まった。
「……降参です」
打つ手が無くなった私は降参した。
チェスを長く遊び、負けたのはオリオンが初めてだ。
「油断していたら僕が負けてしまうところでした。対戦ありがとうございました」
壁時計をみると、遊技場に入ってから二時間は経過している。
王女である私とライドエクス侯爵の息子であるオリオンが対戦していたということで、生徒たちが周囲に集まっていた。
決着がついたということで、皆に拍手を送られる。
「続きをしますか?」
「いいえ、今日はここで終わります」
「では、女子寮までお送りいたします」
オリオンがケースにチェスの駒をしまい、ボードを折りたたんで元の場所へ戻した。
私はオリオンの手を取り、共に遊技場を出る。
「あの……、今日、お父様の手紙は――」
「ありますね。姉に預けています」
「ウィクタールさまはどちらに?」
「姉は女子寮にいると思います。ただ……」
「ただ?」
「外出していたので、時間通りに帰宅しているかどうか」
今日もアンドレウスの手紙を預かっているらしい。
女子寮に戻ったら返信を書かなくては。
その手紙はウィクタールが持っているようだが、オリオンから歯切れの悪い言葉が返ってきた。
ウィクタールの外出。時間通りに帰宅しているか。
その二つの言葉で、ルイスの元へ会いに行っているのだと察する。
「今日は手紙の返事の他に、お父様に見てもらう絵を描かなきゃいけないのに……」
「絵……、ですか?」
「はい。お父様に見てもらう約束をしているんです」
「なるほど。描くものは決めたのですか?」
「……全然」
授業中も考えていたが、何も浮かばなかった。
アンドレウスが満足するもの、彼なら私が絵を描いただけで喜んでくれそうだが、適当なものを選ぶのは良くないと思う。
「ローズマリー様が弾いているヴァイオリン……、は難しいですよね」
「ええ、もっと簡単なものにしようかと」
オリオンが提案したヴァイオリンも頭には浮かんだ。
ただ、それを自分が描写できるとは思えない。
「話している間に、女子寮に着きましたね」
オリオンはここで立ち止まる。
「また、明日」
ここでオリオンと別れる。
明日、彼は私よりも早くここで待っているのだろう。
「朝、昼、放課後……、ずっと私の傍にはオリオンさまがいる」
オリオンは私の護衛。
私が学園生活を安全に過ごすためにアンドレウスが手を回した。
何もしなければ、私は進級も出来ず、フォルテウス城の軟禁生活に戻ってしまう。
その内にオリオンが婚約者だと世間に明かされ、彼と結婚させられるのだろう。
「なんとかしなきゃ……」
現状、チャールズの前では大きく出られないことは分かっている。
自由にお喋りできるのは、今のところ、彼が招いてくれるお茶会だけ。
もっと、マリアンヌとグレンと話したい。
街に遊びに行きたい。
ロザリーだった頃のように自由になりたい。
「でも……、どうやって?」
私の理想はどうやったら叶えられるのだろう。
考えても考えても、なにも出なかった。
次話は7/28(日)7:00更新です!
お楽しみに!!




