取引
「そう……、一人で溜め込んで辛かったわね」
「聞いてくださり、ありがとうございます」
抱擁を解き、私は胸の内をぽつりぽつりとマリアンヌに話す。
マリアンヌは私の話を親身になって聞いてくれた。
やっと誰かに話すことができて気持ちがすっと軽くなった。
「王様やオリオンさま、ウィクタールさまのことはよく知らないから答えられないけど――」
マリアンヌは天井を仰ぎながら、私にかける言葉を探している。
「ルイスはあなたの事を愛しているわ。ウィクタールさまに心移りするはずがない!」
「そう……、でしょうか」
「正直に話してくれたのでしょう? あなたを愛しているからこそ本当のことを教えてくれたのよ」
マリアンヌは半年間、ルイスと共に個室で勉強をしていた。
その時にルイスから私の話をたくさん聞いたらしい。
「元主人のウィクタールさまには逆らえないのかもしれないわ」
「ウィクタールさまは……、ルイスに恋をしてます。あんな綺麗な方に猛アプローチされたら、私なんて――」
「ロザリー!! 弱気にならないの!」
マリアンヌは私の頬をつまみ、軽く引っ張る。
「あなただって、ウィクタールさまに劣らず美人よ。自分に自信を持ちなさい!!」
私が、美人?
あのウィクタールさまに劣らず?
私はマリアンヌの言葉を信じられず、ぱちぱちと瞬きをする。
「お手紙のお返事を書きましょう。ロザリーが訊いたらきっとルイスは答えてくれるわ」
「わかりました」
朝、グレンから貰った手紙はバックの中に入っている。
他に預かっていたものがあったみたいだが、それは明日受け取る約束だ。
チャールズが戻ってきたら、私は女子寮へ帰り、ルイスへの返信を書こう。
「お姉さま、その……、チャールズさまとの仲は――」
「見ての通り、仲良しよ。ロザリーが心配することはないわ」
「結婚のことは――」
「それは先延ばしになっただけ。ついでだから私の卒業まで待ってもらおうかしら」
「チャールズさまと結婚したらお姉さまは……、マジル王国へ行ってしまわれるのですよね」
マリアンヌの表情が陰る。
結婚すれば、マリアンヌは王子妃としてマジル王家へ嫁ぐ。
「今のロザリーを残して嫁ぐのは……、心配だわ」
ぼそぼそとマリアンヌは呟く。
「それを言い訳にしているのかもね。ズルいわね、私」
「お姉さま……」
やはり、チャールズとの結婚について葛藤しているみたいだ。
仲良くなったけれど、今のマリアンヌはチャールズを婚約者としてみていない。
本心で私のことを心配してくれているが、まだマジル王国へ嫁ぐ決心がついてないようだ。
「私のことはいいの! ロザリーの方が大変そうだもの」
マリアンヌの笑顔が戻った。
私もつられて笑みを浮かべてしまう。
「ロザリーだったらきっと乗り越えられるわ。私の力が必要ならいつでも声をかけてね」
マリアンヌは泣き腫れた私の目元に触れる。
「もう、また泣きそうな顔をして。ロザリーは泣き虫ね」
「だって、お姉さまが優しい言葉をかけるから」
「あら、厳しいことを言ったほうがよかったかしら?」
「いいえ。今の私は……、お姉さまに甘えたいです」
私はマリアンヌに抱きしめられる。腕の中にいると不安がまぎれる。
「一緒にトルメン大学校を卒業しましょう」
「はい」
頭を優しく撫でられる。
耳元で約束を告げられ、私ははっきりとした声で返事をした。
コンコン。
ノックの音が聞こえた。
チャールズが戻ってきたようだ。
「もう、いいかな?」
「チャールズさま。マリアンヌと話す時間を作っていただき、ありがとうございます」
「ローズマリーと親交を深めることは、こちらとしても利点になるからな」
「利点……」
「マジル王国はカルスーン王国に敗戦した。このままではメヘロディはカルスーンに付くだろう」
祖国の立場が不安定だから、チャールズは一国の王子として私と親交を深めたいんだ。
アンドレウスは私を溺愛している。
私の機嫌を取れば、二国間の関係を維持できる。
打算的なところは相変わらずのようだ。
「俺は祖国の関係維持、君はマリアンヌと昔の様に話せる。互いに良い条件だろう」
「……そうですね」
マリアンヌはチャールズの婚約者。
もう、気軽に会って話せる間柄じゃない。
辛いことが多い、今の私にはマリアンヌの支えが不可欠。
不本意だがチャールズの条件に乗るしかなかった。
「二人とも、女子寮まで送るよ。それがオリオンとの約束だからな」
「チャールズさま、お茶の時間とても楽しかったです」
「また、茶菓子を食べにおいで」
「はい」
私はチャールズと次のお茶会の約束をし、女子寮へと帰る。
☆
部屋に帰ると、ふてくされた顔のウィクタールが待っていた。
「ローズマリーさま、こちらを」
私の前に一通の手紙が付き出される。
「アンドレウス国王からのお手紙です。明日の朝に届くよう、今夜中に返事を書いてください」
「えっ、お父様から!?」
「その時間に手紙が届いていなければ、アンドレウスさまは直接トルメン大学校に来られるでしょう。最悪、フォルテウス城に連れ戻されるかもしれませんね」
「……分かりました。すぐに書きます」
私はウィクタールから手紙を受け取り、自室に入った。バックを置き、デスク前に座り、ペーパーナイフで封を開ける。
離れて一日も経っていないのに、城へ戻ってきて欲しいという気持ちが延々と綴られていた。
明日の朝までに返信しろだなんて。
寮内でやらなくてはいけないことがまだあるというのに。
「ううん、弱音を吐いては駄目。支えてくれるみんなのために頑張らないと」
私はぶんぶんと首を振ることで気分を変え、荷物に入っていた筆記用具を使ってアンドレウスに返事を書く。
次話は7/22(月)7:00更新です!
お楽しみに!!




