特別講師の授業
オリオンとの食事も終わり、午後の授業にはいる。
午後はブレストによる演奏指導だった。
私たちは学校にある小さな演奏室に集まり、ブレストの言葉を待っている。
”神の手”から直々に指導を貰えるということもあって、私たちは緊張していた。
いつもは誰に対しても堂々とした態度をとっているリリアンでさえ、今だけは大人しかった。
「さて、まずは好きな曲を弾いてください」
私たちの力量が分からないブレストは、それぞれの演奏を聴くことにしたようだ。
「まずはグレゴリーどの」
「は、はいっ」
名を呼ばれ、グレンは緊張のあまり、声が裏返る。
両手と両脚が同時に出た、ぎこちない歩き方でピアノの前に立つ。
椅子に座り、両手を白鍵の上に置いたところで、調子が変わる。
グレンの好きな曲。
それはクラッセル邸で弾いてくれた『可憐な少女』だ。
グレンの演奏は譜面に正確で、作曲家が表現したいものをそのまま弾いているように感じる。どんな状況でも、自身の実力を出せる。それがグレンの強みだ。
「なるほど……、次、リリアンさん」
グレンの演奏が終わり、次はリリアンが呼ばれた。
リリアンは相手が”神の手”だからと、大人しくしていたものの、壇上に立ったら強気な彼女へ元に戻っていた。
彼女は堂々とした態度でヴァイオリンを奏でる。
演奏している曲名は分からない。ただ、リリアンの激しい性格を表現したような旋律だった。
「次、マリアンヌさん」
マリアンヌは『トゥーンの街並み』を弾き切った。
私がクラッセル邸で何度も耳にしていた音色。
「最後に、ローズマリーさま」
「はっ、はい!!」
マリアンヌの演奏に聞き入っていると、ブレストに名前を呼ばれる。
私は勢いよく席から立ち上がる。
順番的に私が最後だ。
マリアンヌの演奏が終われば当然、私が呼ばれる。
それなのに、マリアンヌの演奏に聞きほれてぼーっとしていた。
(私が好きな曲……)
壇上に上がるまでの間、私は考えていた。
今まで、私はクラッセル子爵やマリアンヌに言われるがまま演奏していた。
その中で私が好きだと思った曲――。
演奏曲を決めた私は最初の一音を奏でる。
『小鳥のさえずり』。クラッセル子爵に指導してもらった思い入れのある曲だ。
☆
「なるほど……、皆さん、素晴らしい演奏でした」
私たちの演奏を聴き、ブレストは手を叩いて賞賛していた。
「それぞれ個性があって、これからの実技試験が楽しみですね」
どうやら私たちの技量をみていたらしい。
言い方からして、ブレストの認める力量まで達しているようだ。
「ただ、今の調子だと、二学年の実技試験を突破できるのは……、グレン殿だけでしょうね」
褒められたと思いきや、次の言葉で突き落とす。
突破できるのはグレンだけ。
この一年で何かを掴まないと進級できない。
そう告げられて、きゅと気持ちが引き締まる。
「そうならないように指導してゆきますので、宜しくお願いします」
私はこの学校を卒業したい。
マリアンヌと一緒に。
ブレストの指導を受け、彼の理想に近づくヴァイオリンの音色にしなきゃ。
「では、先ほどの演奏について一人ずつ評価してゆきます。えっと、マリアンヌさん、リリアンさん、ローズマリーさま、グレン殿の順番でお願いします」
「私から……」
「はい。マリアンヌさん、舞台袖に行きましょうか」
ブレストとマリアンヌは舞台袖に消えてゆく。
演奏は全員の前で、評価は個々でというのがブレストの方針のようだ。
「演奏の順番と評価の順番が違うのって――」
「悪い順でしょう? この中であんたが一番評価されてたわけだし」
グレンは私に話しかけたはずなのに、リリアンが会話に割り込んできた。
「私もリリアンさんと同じ考えです」
「……だよなあ」
「一番の人が分かり切った話題を出すなんて……、嫌味かしら!!」
「ご、ごめん」
面談の順番は、リリアンの言う通り成績順だと思う。
一学年では上位だったマリアンヌが、最下位というのが驚きだ。
リリアンとしては、一位のグレンがその話題を出してきたのが不服だったようだが。
「マリアンヌが最下位なのは……、意外でした」
「ローズマリーさま、マリアンヌとお知り合いで?」
「その……」
「グレンとも仲がいいみたいですし、私だけ除け者のようで気分が悪いですわ」
「お前、去年のこと棚にあげてよく言えるな」
リリアンは自分が除け者にされていることが気に食わないらしい。
去年のマリアンヌ、リリアンから形見のピアスを取り返したのは私だ。
だけど、リリアンはそれを知らない。
リリアンのことだ。私がクラッセル家の養女だったことも知らないのだろう。
グレンはリリアンとマリアンヌのやり取りを一年間見てきた。
マリアンヌを虐めておいて、よく言う。
「あいつは、私からチャールズさまを――」
「次、リリアンさん」
「ちっ」
リリアンがグレンに反論する直前、ブレストに名を呼ばれる。
舌打ちをして、ブレストの元へ向かう。
リリアンとすれ違う形でマリアンヌが戻ってきた。
「マリアンヌ、ブレスト先生に何を指摘されたんだ?」
グレンはマリアンヌに問う。
マリアンヌは眉をひそめ、首を横に振る。
「人に話してはいけないと言われたの。だから話せないわ」
「そうなのですか……」
席に着いたマリアンヌの表情は沈んでいた。
ブレストによくないことを言われたのだろう。
「これなら話せるのだけど……、先生にお父様のことを訊かれたわ」
「クラッセル子爵のことを?」
「ブレスト先生は……、お母様の元婚約者だから」
「あっ……」
クラッセル邸で過ごした最期の日。
クラッセル子爵は自身の過去を私に話してくれた。
最終学年の長期休暇明け、夫人の婚約者が決まったと。
その婚約者があのブレストなのか。
事実を知った私は、次の言葉を紡げなかった。
「それと評価は関係ないわ。先生に指摘されたところを直して、進級頑張るわ」
前向きな言葉が聞けて、嬉しい。
私はマリアンヌの発言に「頑張りましょう」と告げ、応援する。
「次、ローズマリーさま」
「……私ですね」
「いってらっしゃい」
マリアンヌに背を押され、私は壇上へ上る。
舞台袖へ入るところで、リリアンとすれ違った。
「なによあいつ、むかつく!!」
素直なマリアンヌと対照的に、リリアンは激怒していた。
一体、ブレストは二人にどんなことを告げたのだろうか。
「ローズマリーさま、そこにお座りください」
舞台袖には簡易的なイスとテーブルが用意されていた。
あらかじめブレストが用意したものだろう。
「さて、所感を話す前に、ローズマリーさまにお伝えしたいことがあります」
「……なんでしょう」
私はブレストの言葉に身構える。
演奏の評価以外に話すことなどあるのだろうか。
「僕は国王から、ローズマリーさまを進級させないよう命じられています」
「っ!?」
ブレストが特別講師になった理由。
それは、私を進級させないためアンドレウスが送った刺客だったのだ。
次話は7/14(日)7:00更新です!
お楽しみに!!




