恋文
「では、僕はこちらで」
音楽科二学年の教室前、そこで私とオリオンは別れた。
真面目な彼のことだ、毎朝私のもとを訪れるだろう。
朝早く女子寮を出たつもりなのに、それよりも先にオリオンがいるとは。
私はため息をつき、気持ちを切り替えたところで教室のドアを開けた。
「よっ」
そこにはグレンがいた。
私が一番乗りだと思っていたので、グレンがいたのには驚いた。
「俺も、ローズマリーと同じだよ」
「私と……、同じ?」
驚いた表情を浮かべていたからだろう。
グレンが私より早く教室に来ていた理由を告げる。
理由を告げられてもピンと来なかった私に、グレンは詳しい話をしてくれた。
「カルスーン王国の第五王子ってことで、昨日、男子寮で色んな奴に話しかけられたんだよ」
「あっ」
「俺が王子だってこと、忘れてただろ」
「うん」
グレンは二学年に進学してから、自身の立場が大きく変わった。
正体を隠して学園生活を送っていたグレンが、進級したと同時に他国の王子であることが判明したのだ。一学年で共にしていた普通科のクラスメイトたちも彼との接し方を改めているだろう。
身近に私と同じ境遇に置かれている人がいると、当人に言われて気が付いた。
「俺はチャールズと違って婚約者もいないからな。女子生徒も厄介だ」
異国の王子と接点を持つ機会などそうそうない。
グレンに見初められたいと、猛アプローチをかける女生徒が多数現れてもおかしくはない。
疲れた表情を浮かべていることから、それも昨日体験したのだろう。
色々なことが積み重なって、朝早く男子寮を出たのだ。
「そしたらさ、オリオンがいてよ!」
「私もその話をしようと思っていたの」
男子寮にいたグレンはオリオンとすれ違ったらしい。
私も丁度、グレンにオリオンの話をしようと思っていたので都合がよかった。
「女子寮から出たら、オリオンさまと会って――」
私はグレンにオリオンとのやり取りを話した。
その次に、彼の姉であるウィクタールが同室であることも。
私の話を聞き終えたグレンは真っ青な顔をしていた。
ライドエクス姉弟がトルメン大学校に入学し、私の身辺の護衛をするとは想像もつかなかったからだ。
「飛び級でオリオンが入学できたのは……、メヘロディ国王の配慮、だろ?」
「そうだと思う」
「……厄介だなあ」
グレンが本音をぼやく。
きっと、私はあの姉弟に行動を制限される。
グレンと話が出来るのも、教室内だけだろう。
「二人きりになれるのが今なら、渡しておくよ」
「ありがとう」
私はグレンから一通の手紙を受け取る。
封を切り、便箋を見ると、『ロザリーへ』と書いてあった。
ルイスが私に宛てて書いたもの。
普通に送ってはアンドレウスに処分されてしまうので、私とルイスの関係を知っているグレンを仲介して文通をすることにしたのだ。
「俺、自分の身の回りのことが済んだ後、ルイスとトゥーンの街で会ったんだ」
「うん。そう書いてある」
「あいつ、すごく悲しんでた」
「それも書いてある」
「ロザリーからの返信、楽しみにしてるってさ」
「今日中に書いて、明日のこの時間に持ってくるわ」
グレンが言ってたことは全てルイスの手紙に書いてあった。
便箋ぎっしりに文字が綴られていて、私に伝えたいことが沢山あるんだろうなと一目で分かる内容だった。
私がメヘロディ王女であると公表された日は、トゥーンの街がお祭り騒ぎだったこと。
士官学校の寮内でも私の事で話題が持ち切りだったこと。
グレンに会い、食事をしたり街歩きをしたこと。
私の返信を楽しみに待っていること。
すべてを読み終え、私はそれをリュックの奥の方に大事にしまった。
「あっ、忘れるとこだった」
グレンはバックの中から、ごそごそと何かを探している。
「あった」と呟き、取り出すところで教室のドアが開いた。
「私への当てつけですの!? ほんと嫌な奴!!」
「リリアンさま、そんなつもりは――」
「じゃあ、チャールズさまがどうして女子寮の前で待っているわけ? 私の時はそんなことしてくれなかったのに!!」
激怒しているのがリリアン、弱々しい声でリリアンを諫めているのがマリアンヌだ。
二人はとても仲が悪い。
一学年の時、マリアンヌに変装した私と数々の衝突を起こしていたから。
その結果、リリアンはチャールズから婚約破棄を告げられ、実家での立場は相当狭かっただろう。
その後、チャールズの新しい婚約者がマリアンヌと決まる。
自分の時と待遇が違うと文句を言うのはリリアンらしい文句である。
「わりっ、これは明日渡すわ」
グレンはリリアンとマリアンヌが入室してきたことに気づき、取り出そうとしていたものを再びバックに押し込んだ。
マリアンヌだけであれば貰えたかもしれないが、リリアンがいてはどうにもならない。
「あら、お二人ともごきげんよう」
「ごきげんよう、リリアンさま」
「よう」
教室に入ってきたリリアンは私とグレンに声をかける。
「グレン、あなた……、カルスーン王国の王子様だったなんてね」
リリアンが猫なで声でグレンに接してくる。
グレンに接する時の態度が、一学年の時とガラッと態度が変わっている。
きっと、グレンに見初められたい女生徒たちもリリアンのように接近してきたに違いない。
「まあ、な」
グレンはあっさりとした返事をした。
リリアンはグレンと近づこうと彼の傍に寄ろうとしたところで、キリアインが入ってきた。
「席に着け。授業を始めるぞ」
始業を知らせる鐘が鳴り、授業は昼休みまで続いた。
次話は7/7(日)7:00更新です!
お楽しみに!!




