忠実な後輩
トルメン大学校の寮生活はマリアンヌに変装した時に体験しているので慣れている。
私は食事、入浴時間を守れていたが、同室のウィクタールは時間にルーズで、私が声をかけて連れてゆく始末。
寮でやることが終わっても、アンドレウスから送られてきた荷物の整理が残っている。
すべての荷物を開けて見たものの、入っていたのは数え切れないほどのドレスや宝飾品など学生生活には無縁のものが多かった。不必要なものは、来週までに集めてフォルテウス城まで送り返さないといけない。
一段落したところで、私は眠った。
翌朝になり、私は早めに部屋を出た。
「お父様……、寮の部屋がどれくらいの広さか分かってない」
女子寮内を歩いている途中、私はため息をついた。
手触りだけで一級品の皮のリュックを背負い、もう片方の手にはヴァイオリンケースを持っている。
荷物は今手に持っているものと少しの日用品、私物で十分なのに。
「早めに寮を出たから、人は少ないわね……」
私は登校時間より早く寮を出た。
昨日、貴族の女生徒に囲まれ、彼女たちの相手をして疲れたからだ。
「マリアンヌとグレンと一緒に授業が受けられる」
私の足取りは弾んでいた。
マリアンヌとグレン、二人と授業が受けられるからだ。
サーシャとのお話も楽しかったが、彼女は私専属のメイドであることを忘れず、友人として付き合ってくれなかった。
公務の一環で、同年代の子息や息女たちとお茶会を何度か開いてもらったが、打ち解けられる人はいなかった。
やはり、私はあの二人と一緒の時が素の自分でいられる気がする。
女子寮を出て、学校へ向かう廊下へ出た時だった。
「おはようございます! ローズマリーさま!!」
私の歩が止まった。
見間違いかと思った。
ぱちぱちと何度か瞬きをして、ようやく目の前の人物が現実に存在しているのだと認識した。
オリオン・アキ・ライドエクス。
彼がトルメン大学校の制服を着て、私の目の前に立っている。
「オリオンさま!?」
間を置いて、私はトルメン大学校にオリオンがいることに驚いた。
「ど、どうやってトルメン大学校に……」
オリオンとウィクタールは二歳、年が離れている。
トルメン大学校には中等部がない。
入学資格がないはずなのに、どうしてオリオンがここに――。
疑問がぐるぐると頭の中で回っていると、オリオンが答えてくれた。
「飛び級です。勉強は得意ですので」
オリオンがトルメン大学校に飛び級で入学した。
本来なら許されないだろうが、これもアンドレウスが多額の寄付金を送って融通したに違いない。
学校側も反抗して、入学テストを行っただろうが、賢いオリオンのことだ、それも実力ですんなり通っただろう。
「オリオンさまも……、ウィクタールさまと同じ目的でトルメン大学校に入学したのですか?」
「はい。姉だけでは不安だと父上が申したので」
共に寮生活を送り、私もそう思った。
私のお守り役だということをウィクタールは意識していないし、重要だと感じていない。
ウィクタールはずっと士官学校にいるルイスへ想いを馳せている。
真面目なカズンが心配し、無理を通してオリオンを入学させるのも頷ける。
「ただ、僕には楽器を嗜むことがなかったので、普通科になりますが……」
オリオンは剣術・体術などの戦闘訓練を積んでいるため、楽器を扱う余裕などなかったはずだ。
「休み時間や放課後の護衛をアンドレウスさまから頼まれております」
「そ、そうなのですね……」
これはまずい。
マリアンヌやグレンと過ごす時間が無くなった。
以前、ライドエクス邸で『すぐに会えます』と言っていたのは、このことだったのか。
「僕はローズマリーさまと共に学園生活が送れて嬉しいです」
「私も、オリオンさまとチェスの続きができるのだと思うと、楽しみですわ」
私は作り笑いをし、オリオンが嬉しがるだろう言葉を送った。
チェスの続きは期待しているが、オリオンに自由を奪われるのは正直、嫌だ。
「そうですね。放課後、あのチェスの続きをしましょう」
「ええ」
「では、教室までお送りいたします」
「……お願いします」
やはりこうなるか。
私は心の中で嘆息した。
オリオンと並んで教室まで歩く。
「僕はあなたの未来の夫として、全力であなたをお守りします」
二人きりだということを確認し、オリオンは私の耳元で囁く。
私にとって、これからの学園生活に対する宣戦布告のように聞こえた。
次話は7/1(月)7:00更新です!
お楽しみに!!




