恋敵の敵意
どうしてトルメン大学校にウィクタールが?
私はウィクタールの登場に驚いたが、すぐに彼女がヴァイオリンの奏者であることを思い出す。
幼少期のコンクールでは上位に上がるほどの腕前だ。
トルメン大学校の音楽科に入学する実力は十分ある。
「ごきげんよう、ウィクタールさま」
平静を取り戻し、私は制服の裾をつまんでお辞儀をする。
同室がマリアンヌでないのが残念だったけど。
「一年間、よろしくおねがいしますね」
ウィクタールは作ったような笑みを浮かべている。
彼女はツヤのある灰色の背まである長い髪をそのままにしている。
真っ白な肌に、目立つ顔立ち、長い手足と容姿、体型ともに完璧だ。
細い体つきなのに、女性らしい丸みのあるライン。
寄ってくる男性が多いのではないかというほどの美女。
劣っていると感じられる部分があったのなら、嫉妬の感情を抱かなかっただろうに。
「私の荷物はどちらに?」
自分の荷物がどこか、ウィクタールに訊ねる。
ウィクタールは「そちらに」と、荷物の山を指す。
予定していない荷物の量に、私は愕然とした。
「手伝いましょうか?」
様子からして、ウィクタールは荷解きが終わっているらしい。
左右に分かれている個室の中、私の荷物は左に集中している。
ウィクタールの個室は右の方にあるのだろう。
「気遣ってくださり、ありがとうございます。ですが、一人でやりますわ」
「あら、そう」
私はウィクタールの助けを断った。
時間はかかるが一人で終えられる作業量だと判断したからだ。
それに、ウィクタールに触れられたくないものが荷物の山の中にまぎれている。
ルイスとお揃いの指輪が入った宝石箱。
特にあれは、触れられたくもない。
「とはいえ……、わたくしは先輩の事を見ていないといけないのだけど」
ウィクタールは食器と茶葉を用意し、紅茶を淹れている。
深いため息をついていて、退屈しているのは明らかだ。
「それは、カズンさまにそう言い付けられたのですか?」
包みを解き、個室のベッドの上にそれを並べてゆく。
退屈しているウィクタールのために話題を振る。
ウィクタールは息を吐きながら「そうよ」と重い返事が返っていた。
「トルメン大学校に入学したのも、先輩が編入するからそのお守りみたいなものだし」
「お守り……」
受験倍率が高いトルメン大学校の音楽科を、私のお守りという理由で入学できるのだから、ウィクタールは天才の域に達している。
私のために”神の手”のブレストを特別講師にするアンドレウスのことだ。
私生活を監視するお守り役を準備しても不思議ではない。
「はあ……、私、士官学校に入りたかったのに」
守る当人がいるにも関わらず、ウィクタールは本音をぼやいた。
士官学校に入学したかった理由は一つ。
ルイスだ。
「わたくしの家で会った男の人……、ご存じですわよね?」
ウィクタールの発言で、私は荷解き作業を止めた。
振り返ると頬杖をつきながら、カップのふちを指でなぞっていた。
「知っています。彼は孤児院で一年間、一緒に暮らしていましたから」
私は隠さず、ウィクタールに真実を告げた。
これは弟のオリオンにも話したこと。ウィクタールだからと黙っている必要はない。
ウィクタールが私を見る。
その視線は険しく、敵意に満ちていた。
「ルイスとはそれ以外、関係ありませんわよね」
「はい」
「ふーん」
本心とは違う言葉をウィクタールに向けた。
表情に出さないように口元を引き締めて。
対するウィクタールは私を疑っている。
互いに沈黙が流れた。
「ルイスはわたくしのもの。弟の婚約者でなければ、あなたを許しませんでした」
「あの……、あなたを怒らせることをしたのですか?」
「私がいるのに、他の女性に目を向けたのです。許せませんわ」
「それは――」
「ローズマリーさまと離れた後、ルイスは動揺していたんです。私とのお話も上の空。いつもは私のことだけを見てくれるのに」
ルイスが動揺していたのは、嘘が私にバレたからだ。
ウィクタールとは会っていない。屋敷にも行っていない。
ルイスは真実を知った私に嫌われるのではないかと怯えていたかもしれない。
でも、私が抱いた感情は”嫉妬”だった。
私もウィクタールと同じ感情を抱いている。
「士官学校に入学していたら、毎日会えたのに。残念ですわ」
「ウィクタールさまは、ルイスが好きなのですね」
「ええ! 愛しているわ」
ウィクタールは私の問いに即答した。
頬が赤くなっていて、本当にルイスを愛しているのだということが感じ取れた。
「そうですか。では、部屋に入れた荷物を整理いたしますので」
「わかりましたわ」
すべての荷物を部屋に入れた。
このまま作業をしてよかったのだけど、乙女の顔になっているウィクタールを見たくなくて、後のことは部屋の中ですることにした。
ドアを閉じ、私は深いため息をついた。
ベッドの上に置いた宝石箱を開け、指輪を右手の薬指に付ける。
ルイスは私のことが好き。
でも、その気持ちは本当なの?
「ルイス、あなたを信じても……、いいのよね?」
私は不安を小さな声で呟いた。
次話は6/30(日)7:00更新です!
お楽しみに!!




