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拾われ令嬢の恩返し  作者: 絵山イオン
第3部 第3章 オリオンの束縛

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言葉を飲み込む

 ブレストの登場に、私は息を呑んだ。

 特別講師に神の手が加わるのは、アンドレウスが学校に働きかけたからに違いない。

 娘が自分の手から離れるだけで怯える人だ、自分の配下を学校に潜入させてもおかしくない。

 

「ブ、ブレスト殿には、じ、実技の指導をしてもらう」


 キリアインの声が震えている。

 本来、自分より上の立場の人が突然部下になれば、緊張もするだろう。

 

「以上で始業式を終了する。次いで、二学年の大まかな流れについて説明する。皆、着席」


 キリアインの言う通り、私たちは席に着いた。


「ぶ、ブレスト殿は――」

「見学します。気にせず話を続けてください」

「わ、分かりました」


 ブレストは近くにある、椅子に座り、キリアインの話を黙って聞いていた。

 そのせいかキリアインの説明もたどたどしい。


「ーーというわけで、不合格になっても音楽科に在籍することはできるが、次の実技試験に進めなくなるので、油断しないように」


 二学年も一学年と同じく実技試験が四回ある。

 一学年と違うところは、先ほどキリアインが言っていたように、不合格になっても音楽科に在籍できることだ。ただし、年内に四回の実技試験を合格しなければ、進級できない。トルメン大学校には留年という制度はないので、退学という形になるだろう。


「では、今日の授業はこれで終わり。各自、寮で荷解きをするように」


 簡易的な授業が終わる。

 席を立ち、マリアンヌと共に寮へ向かおうとしたところで、ブレストに引き留められる。


「ローズマリーさま、お久しぶりでございます」

「ブレスト……、公務以来でしょうか」

「アンドレウスさまから、ローズマリーさまの指導をするよう仰せつかっております。貴方様だからと加点を甘くするつもりはございませんので、一年間よろしくおねがいします」

「ええ。よろしくね」


 ブレストとは、編入試験以外に、フォルテウス城内の公務で一緒になったことがある。

 軽く挨拶を交わすと、ブレストは笑みを浮かべ、柔らかい声で私に話す。

 やはり、ブレストはアンドレウスの命令で、特別講師になったらしい。


「貴方が観るのは、私たちの学年だけ?」

「いいえ。他の学年もみますよ」


 私のおかげで、今年は神の手から講評を訊ける唯一の年になったようだ。

 

「せっかくですから、後進の実力も見ておきたいと思いまして」


 言葉の様子から、アンドレウスの命令を受けて渋々というわけではなさそうだ。


「それでは」

「またね、ブレスト」


 ブレストはキリアインと共に、この場を去って行った。

 ただ、マリアンヌへの視線は冷たいように感じたが、気のせいだろうか。 



 今日は始業式と授業の説明と簡単なものだけ。

 それが終われば、皆、学生寮へ向かい、各々の部屋で荷解きをする。

 

「ふんっ」


 リリアンだけは足早にこの場を去って行った。


「じゃあ、俺もここで。またな」


 男性寮へ向かうグレンもここで別れた。

 残ったのは私とマリアンヌの二人きり。


「一緒の部屋だといいわね」


 願望をマリアンヌが告げる。

 私もそうであって欲しいと思った。

 学生寮は二人部屋で、共有スペースと個室という内装になっている。

 もし、マリアンヌが同室だったら、ロザリーだった時のような共同生活が送れるだろう。

 ルイスとの文通についても、コソコソすることもない。

 共有スペースにて、堂々と恋の話ができる。


「そうですね」


 アンドレウスだって、マリアンヌは私の味方だと認めている。

 ブレストを特別講師に招くほど過保護なアンドレウスのことだ。

 私と近しい人を同室にするに違いない。


「ローズマリー」

「なんでしょう?」


 マリアンヌは周囲をキョロキョロと誰もいないことを確認し、私の両頬に触れじっと、私の顔を見つめる。


「ロザリー、辛いことはない? 今のあなた、とても疲れた顔をしているわ」

「……お姉さま」


 マリアンヌの手に触れる。

 小さな手、細い指。

 私を心配する表情は、昔と何一つ変わっていない。

 周囲を気にしたのは、王女の私に対する配慮だろう。

 

「私――」


 悩んだり、嫌なことがあったときはマリアンヌに相談していた。

 長く姉妹として暮らしていたのだ。

 私がマリアンヌの些細な仕草で感情が読み取れるように、彼女もそれが感じ取れるのだろう。

 事実、私はフォルテウス城での行動を制限されたり、兄に敵意を向けられたり、公務が激務だったり、ルイスがウィクタールに独占されていたりと不満や不安を胸の内に溜めこんでいた。

 誰かに打ち明けたい。

 マリアンヌだったら――。


「その……、生活が急変したので。次第に疲れが取れると思います」


 だめだ。マリアンヌに甘えちゃいけない。

 私はロザリーじゃないのだから。

 出かかった言葉を飲み込んだ。

 

「一緒の学校に通えて嬉しいわ。楽しい一年にしましょうね」

「はいっ」


 両頬に触れていた暖かい手が離れ、私たちはローズマリーとマリアンヌの関係に戻る。

 マリアンヌと一緒に学校に通える。

 それ以上を望んではいけない。

 

「さあ、女子寮へ向かいましょう」


 私とマリアンヌは、共に女子寮へ向かう。


 女子寮では学長の娘であるマリーンが取り仕切っていた。

 そこで、私とマリアンヌが別室であることを知る。

 

「あら、今年もマリーンと一緒かしら?」

「いいえ。私とマリアンヌは別の部屋よ」


 マリアンヌはマリーンに訊ねる。

 去年と同じではないようだ。


「お父さんはどうしてあんな部屋割りにしたんだろうと思ったけどね」


 マリーンは意味深な一言を呟き、私たちから離れる。


「……行ってみましょう」

「そうですね」


 私たちはマリーンが言った部屋番号へ向かう。

 番号が一つしか違わないので、隣の部屋であることは分かっている。

 問題は、同室が誰か。


「じゃあ、またね」


 部屋の前に着き、私とマリアンヌはそれぞれの部屋に入った。


「ごきげんよう、ローズマリー先輩」

「あ、あなたは――」


 同室の相手は、ウィクタール・フユ・ライドエクス。

 私の恋敵だった。

次話は6/24(月)7:00更新です!

お楽しみに!!

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