新学期
始業式当日。
私は寝間着を脱ぎ、用意された制服に袖を通す。化粧台に座り、襟を整え、リボンの位置を正す。
コームで寝癖をすき、慣れた手でお下げを作る。解けないように髪留めをきつく縛った。
「……ふう」
一人で服を着て、髪を結わえる。
当たり前のことだったのに、私の人生は三週間前に一変した。
子爵令嬢から一国の王女に。
「おは――っ!? ローズマリーさま、お一人で身支度を整えるなんて……」
「サーシャ、明日から寮生活なのよ。これくらいは一人でやれないと」
「お世話役としてご一緒したかったのですが、トルメン大学校側に断られてしまって」
部屋に訪れてきたサーシャは、私の姿を見て驚いていた。彼女が部屋を訪れる前に一人で身支度を済ませていたからだろう。
明日から寮生活で、着替えも一人で済まさないといけないのだと告げると、サーシャの気持ちが沈んでいた。
トルメン大学校側が許してくれれば、サーシャは私に付いて行く予定だったらしい。
ただ、学校側はそれを許さなかった。
公爵令嬢であるリリアンでさえ、従者がいないのだ。
王女である私が特例とはいかないだろう。
「いつでも帰って来られるように、お部屋をピカピカにお掃除してお待ちしています!!」
「ありがとう」
今日もサーシャは元気だ。
サーシャは素直で可愛い子だ。少しの時間話したが、彼女は十五歳で末っ子なのだと教えてくれた。父親は男爵貴族で士官学校にて教鞭を振るっているとか。
「トランクに詰めた荷物は――」
「はい! 全てトルメン大学校の方に送りました。足りないものがありましたら、アンドレウスさまにご連絡ください」
前日に詰めたトランクはトルメン大学校に送ってくれたようだ。
そこには二学年の教本、アンドレウスから貰った画材の他、クローゼットに隠していた宝石箱が入っている。
「もう少し、時間があるわよね」
「はい。私はローズマリーさまの身支度をするために来ましたので」
身支度は終わった。
部屋の外に出て馬車に乗るだけだ。
そこにはアンドレウスが待っている。トルメン大学校に向かう前に彼と少し話さないといけないだろう。
アンドレウスは決まって、私の体調と絵の進捗を訊いてくる。
短い休憩の間、私はその答えを考える。
「……時間です。行きましょう」
懐中時計をパチンと閉じる。
私とサーシャは部屋を出た。
「ローズマリー、制服姿、似合っているよ」
「お父様」
部屋を出ると、アンドレウスが待っていた。
「今日は始業式だね。馬車まで一緒に歩こう」
私はサーシャと別れ、アンドレウスと二人王宮の外へ向かって歩く。
いつもは饒舌なアンドレウスも、今日は黙っている。
「お父様……?」
「ローズマリー、絶対に帰って来てくれ」
アンドレウスは私をぎゅっと強く抱きしめた。
震えている。
私はアンドレウスを安心させるために、腕を背中にまわし、ポンポンと軽く叩いた。
「お父様、大げさですわ。私はただ、全寮制の学校に通うだけですのに」
「僕の知らないところで、君が事件に巻き込まれるかもしれないと思ったら――」
「……」
幼い頃、私はアンドレウスの庇護下で育った。
七年前、おかあさんの死によって離れる。
アンドレウスは私の無事を知っていたものの、自分の手で育てられなかったことを悔いている。
トルメン大学校へゆくことによって、七年前と同じことが起こるのではないかと不安になっているのだ。
「週末、帰ってきますわ。その間に絵を描いてきますから、みてくれませんか?」
「うん。君の絵、楽しみに待っているよ」
私が期待させる声をかけると、アンドレウスの身体の震えが止まった。
週末、帰ってきた私が、描いた絵を見せてくれるという約束ができたからだ。
「笑顔でお見送り、していただけませんか?」
「……そうしよう」
抱擁が解かれ、私たちは再び歩き出した。
王宮を出ると、騎士装束に身を包んだカズンと数人の騎士が私たちを出迎えてくれる。
「お父様、行ってまいります」
私はアンドレウスの傍を離れ、彼の前に立つ。
制服の裾を摘み、深々と頭を下げる。
アンドレウスは私に笑みを浮かべ、小さく手を振る。
私はアンドレウスに背を向け、一人馬車へ向かった。
「ローズマリーさま、こちらへ」
馬車に乗る。
扉が閉まったところで、私は安堵のため息をついた。
フォルテウス城に入ってから、常にアンドレウスと共に行動していた。
アンドレウスから離れて一人で行動するのは久しぶりだ。
(七年分の空白を埋めたいのだろうけど……、過保護すぎるわ)
フォルテウス城の生活は、ほぼ監禁に近かった。
王宮内の行動は制限され、公務とヴァイオリンの練習以外、部屋から出ることを許されなかった。
食事はアンドレウスの部屋で共に摂り、イスカやトテレスに会わなかった。
二人もそれぞれ公務をしているらしいが、それをアンドレウスに訊ねると「君が知らなくていいことだよ」などと止められてしまう。
もし、トルメン大学校で私に関わる大事件が発生したら、通学も許してくれないだろう。
卒業するには、事件を起こさないこと。
厄介ごとに首を突っ込まないこと。
「浮かれないようにしないと」
馬車の中、私は気持ちを引き締める。
☆
トルメン大学校。
私は騎士たちに囲まれる形で、校門を通り、庭園を歩く。
皆、やんごとなき人が来たと、息をのんでいる。
「ローズマリー王女だ」
誰かが私の存在に気づく。
それを皮切りに、皆が歩を止めて私に注目した。
メヘロディ王国の王女がトルメン大学校の音楽科に編入することは、紙面などで平民にも広まっただろう。
「音楽科の二学年だっけ?」
「うわー、音楽科の奴うらやまし!!」
「王女様と一緒に生活出来るとか、女子寮のやつ、うらやましい」
周りの声に耳を澄ますと、大体そんな話だ。
「ローズマリー!!」
そんな中、私に声をかける人物が。
私は護衛の間をすりぬけ、その人物に駆け寄った。
「マリアンヌ! 会えて嬉しいわ」
私はマリアンヌに抱き着き、再会を喜んだ。
次話は6/17(月)7:00更新です!
お楽しみに!!




