白熱するチェス
「ルイス、お父様の話は気にしないで」
「……」
「ルイス?」
私とルイスは互いに見つめ合う。
こんな形で再会するとは思っても見なかった。
だけど、ウィクタールとは会ってない、避けていると言っていたのに、どうして、ウィクタールと一緒にここへ来たの?
二人は腕を組んでいるの?
私の頭では、ルイスに対する疑問がぐるぐると回っていた。
「……ロザリー、どうしてお前がここにいるんだ?」
「それはこっちのセリフよ。どうしてあなたがウィクタールさまと一緒にいるの?」
「そ、それは――」
ルイスはぼそぼそと私に話しかける。
ばつが悪い表情を浮かべている。
きっとウィクタールと二人でいる姿を私に見られたくなかったのだろう。
「ローズマリーさまには関係ないことですわ」
ルイスが答える前に、ぴしゃりとウィクタールが私とルイスの会話を遮る。
ウィクタールはルイスの腕を引っ張り、どこかへ消えてしまった。
「あっ」
私はルイスの姿を目で追う。
「えっと、ローズマリーさまはあの男と知り合いだったのでしょうか?」
「……ええ。トキゴウ村の孤児院で一年間、共に生活をしていたんです」
「トキゴウ村の孤児院……、えっ!? あの事件の生き残りはルイス一人だと――」
「私は事件の前、クラッセル子爵家に養女として迎い入れられたので、難を逃れたのです」
ルイスとウィクタールが去ったところで、オリオンが私とルイスの関係を問う。
私は正直に答えた。
父親のカズンは全てを知っているから、息子のオリオンに秘密にする必要がないと思ったからだ。
オリオンはその場で驚いていたが、すぐに平静を取り戻し「ご苦労なされたのですね」と気の利いた一言をかけてくれた。
「その……、先ほどは”平民の男”と言いましたが、ルイスは僕にとって兄のような存在です」
「……ルイスは孤児院でもそのような存在でしたから。想像がつきますわ」
「僕はルイスを尊敬するまでに留まっていますが、姉は……、ルイスに異常なほど執着していまして、その件でよく父と対立するのです。先ほどの怒声も、きっとそれでしょう」
カズンとウィクタールの間で確執があるのは分かった。
「ローズマリーさまが気にすることはありません。さあ、行きましょう」
「はい……」
オリオンの言う通り、この問題に私は関係ない。
ウィクタールがカズンに反抗しているだけなのだから。
だが、ウィクタールが連れて行ったのはルイスだ。
ルイスが女性と二人きりだという事実に胸がざわつく。
「……ローズマリーさま?」
オリオンが心配そうな表情で私を見る。
「なんでもありませんわ」
内心、お披露目会や公務での疲労やルイスがウィクタールと一緒にいる不安で感情がぐちゃぐちゃになっている。
だけど、オリオンに全て吐露するわけにはいかない。
弱音を吐けば、オリオンは甘えてくれていると勘違いをする。私に対する好意が増すだろう。
ここは王女として、夕食会を乗り切るのが先決だ。
私は気分を切り替え、オリオンと共に食事室へ向かう。
☆
食事室。
私とアンドレウス、ウィクタールを除くライドエクス侯爵家が席に着いた。
夕食会に間に合ったものの、ウィクタールは欠席らしい。
乾杯とともに、夕食会が始まった。
前日、王族が集まった夕食会と違って、今日は和やかな空気が流れている。
アンドレウスとカズンは飲食をしつつ、会話を楽しんでいた。
ライドエクス夫人は時折会話に加わり、夫を立てている。
オリオンと私は互いの父親の会話を聞きながら、黙々と食べていた。
「ローズマリー、僕らの会話は気にせず、オリオン君と親睦を深めなさい」
少しして、アンドレウスから軽い注意が飛ぶ。
親が決めた婚約者同士が互いに黙食していたら、そうも言われるか。
「アンドレウスさま。僕のことは気になさらず。ローズマリーさまとは、お披露目会で話しましたから」
オリオンの言う通り、お披露目会で沢山話した。
だから、夕食会で話題を無理に広げる必要はないのだと。
それで納得してくれたのか、アンドレウスはカズンたちとの会話に戻った。
「実は……、僕は食事をしながら会話をする器用さが無いのです。料理が目の前にあると、そちらに集中してしまって」
小さな声で私に話しかける。
確かに、オリオンは出される料理を美味しそうな顔で食べていた。
食事が好きな人なのだろうと一目で分かるくらいに。
「その気持ち、よく分かります。ここのお料理、美味しいですものね」
私がそう答えると、オリオンはぱあっと表情が明るくなった。
口を開くも、ブンブンと首を振り、真顔に戻る。
「オリオンさまは、食事の後なにをなされているのですか?」
「えっと……、身体を伸ばしたら、チェスや本を読んでいます」
「私も寝る前に本を読みますわ」
「どの様な本を読まれるのですか?」
「そうですね――」
共通の趣味が見つかり、そこから会話が広がった。
オリオンは歴史書や軍記物を好み、最近はマジル王国の兵器や戦法が書かれている本を読んでいるらしい。
対して私は音楽史や物語の本を読んでいると答えた。
「ローズマリーさまはチェスをおやりになられますか?」
「いいえ。ですが、興味はあります」
「でしたら食後、やりませんか?」
「……」
チェスのルールは知っている。
マリアンヌはとても弱かったし、クラッセル子爵も苦手な方であった。
久しぶりにチェスで遊んでみたい。
オリオンはルイスの話だと、幼少期は訓練よりもボードゲームを好んで遊んでいたと聞く。チェスはとても強かったとか。
すぐに「はい」と誘いを受けたかったが、夕食会の後の予定はどうだったか。
「お父様、夕食会の後、オリオンさまとチェスで遊びたいのですが、お時間はありますか?」
アンドレウスは少し考えたあと、私に答えた。
「カズン、ローズマリーを一泊預けてもいいかな?」
「ええ。大事にお預かりします」
「……ということだから、君はここでゆっくり休みなさい。着替えのドレスはメイドと共に今夜の内に用意する」
「ありがとうございます」
「サーシャ……、といったかな? あのメイドを連れてくるね」
「はい! お願いします」
アンドレウスとカズンの間で話が進み、今夜はライドエクス侯爵邸で一泊することになった。
これなら帰る時間を気にせず、オリオンとじっくりチェスを楽しめる。
「午後の公務に間に合うように帰っておいで」
「ローズマリーさまは私が責任を持ってフォルテウス城までお送りいたします」
「うむ。カズン、頼んだぞ」
この話がまとまった頃、食後の水がグラスに注がれる。
「さて、僕は城に戻る。ローズマリー、また明日」
「お父様、おやすみなさい」
グラスの水の水を飲み干すと、アンドレウスは席を立った。
それに合わせて、カズンと夫人が彼の帰りを見送るため、ついて行く。
残ったのは、私とオリオンの二人だけ。
「では、僕の部屋へまいりましょうか」
「オ、オリオンさまの部屋……、ですか!?」
オリオンの私室。そこに私が入るなんて。
男の人の部屋に入るに慣れていない私は、オリオンの誘いに狼狽えてしまう。
私の反応にオリオンは笑っていた。
「二人きりで緊張するのでしたら、付き人を付けますが」
「お、お願いします」
私とオリオンも食事室を出た。
オリオンの案内の元、彼の部屋に着く。
私たちは向かい合うようにソファに座り、付き人の一人がチェスを持ってきた。
「色はどうしますか?」
「久しぶりですので、後手でお願いします」
私は黒のチェスを並べる。
対するオリオンが白の駒を並べ終えたところで、ゲームが始まった。
「うん、手加減する必要はなさそうですね」
数手打ったところで、オリオンは独り言を呟いた。
その言葉を合図に駒の動かし方が変わる。
「オリオンさまは、どなたとチェスをするのですか?」
「父上とルイスですね。どちらも僕の相手にならなくなってしまって、最近は問題集と睨めっこしています」
「とてもお強いのですね」
「謙遜しなくていいですよ。きっと、接戦になるでしょうから」
互いの実力が分かったところで、私たちはチェスを楽しむ。
次話は6/9(日)7:00更新です!
お楽しみに!!




