望まぬ再会
私のお披露目会は何事もなく終わった。
その間、オリオンが私を護ってくれた。
「ローズマリー、おつかれさま」
広間を出て、王居へ戻る廊下を歩きながら、アンドレウスが語り掛けてくる。
私とアンドレウスの後ろにはトテレスがいて、イスカの姿はない。
「午後の予定は――」
「大臣や役人に私をお披露目するんですよね」
「僕の服はともかく、ローズマリーはドレスを着替えようか」
「わかりました」
「クローゼットの中に白と金のドレスがあるから、それを着て欲しいな」
今日の大きな予定は、午前中のお披露目会、午後の公務、夕方の夕食会だ。
このドレスで全てをこなすのかと思いきや、別のドレスに着替えなくてはいけないとは。
話の流れだと、もしかして――。
「……ライドエクス侯爵邸での夕食会も着替えたほうがいいでしょうか」
「もちろん」
確認を取ると、アンドレウスは即答した。
「お披露目会は派手に、公務は清楚に、夕食会は可憐に。王女としての当然の立ち振る舞いさ」
場面に合わせた服装にするため、私は三回も着替えをしないといけないのか。
心の中でうんざりしていると、私の部屋に近づく。
「トテレスお兄様」
私は後ろを振り返り、トテレスに小さく手を振った。
別れ際、トテレスはにこりと微笑み、別れた。
「ローズマリー」
アンドレウスが厳しい声で私を呼ぶ。
私は肩を震わせながら、恐る恐るアンドレウスの顔を見上げる。
「トテレスと親しくしないでほしい」
「お父様、トテレスお兄様は――」
「あの子は温厚で大人しい性格だ。だが、油断させて君を陥れるかもしれないだろ」
私がトテレスに手を振ったことが気に食わなかったようだ。
トテレスは私を助けてくれた。
そのことを話そうとするも、アンドレウスに遮られる。
「……ごめんなさい」
「僕も強く言い過ぎたね。僕は君を心配して言ってるんだ。許しておくれ」
アンドレウスの手が私の頬に触れる。
私が怯えた表情を浮かべたのかもしれない。
「公務まで時間がない。着替えておいで」
私はメイドと共に部屋に入る。
公務の時間ギリギリで、着替えが終わった。
休む時間は化粧や髪結いで化粧台に座っていたときのみ。
その間で軽食と給水をし、アンドレウスの元へ戻った。
☆
公務はお披露目会と違って、とてもきつかった。
玉座の間でアンドレウスの隣に座り、彼らの話を聞いているだけだが、常時笑みを浮かべていたためか、口元が引きつっている。
「次は夕食会だね。移動中休めるから、頑張って」
自室に戻ると、私の体調を心配したアンドレウスが語り掛ける。
「着るドレスは僕が決める。君はされるがままでいいからね」
「……」
疲労のあまり、声が出なかった。
私はコクリと頷き、とぼとぼとした足取りで自室に戻る。
(辛い……、こんな生活が毎日続くの!?)
私は三着目のドレスに袖を通しながらそう思った。
気力も体力もヘトヘトで、出来るのならベッドへ横になりたい。
「ローズマリーさま……?」
「は、はいっ!!」
化粧台に座っていると急に眠気が襲ってきた。
うとうとしていたところで、メイドの一人に声をかけられた。
背筋をシャキッと伸ばし、眠気を吹き飛ばす。
私の身体が急に動いたせいで、結わえていた髪が乱れた。
「ごめんなさい。とても眠いの……」
「気になさらないでください。すぐに整えますから」
私のせいで作業が増えたのに、メイドは笑顔で私の髪結いをやり直してくれる。
「あともう少しですからね」
メイドたちが励ましの声をかけてくれる。
私はその声を支えに、眠気に耐えた。
「ローズマリーさま、身支度が整いましたわ」
「みんな……、あり……、がとう」
椅子から立ち、用意してくれた靴を履く。
「ローズマリーさま、大変お疲れのようなので、馬車の前まで私が支えます」
「サーシャ、お願いね」
「はい!!」
サーシャが私の傍に立ち、私の身体を支えてくれた。彼女に寄り添うだけで歩きやすくなった。
自室を出ると、アンドレウスが私が身に着けた新しいドレスを褒めてくれるも、全く聞き取れなかった。
「王様……、ローズマリーさまは疲労困憊です。夕食会に参加するのは――」
「メイドの分際で……、口を慎め」
「も、申し訳ございません!!」
「お父様、馬車の中で休めば大丈夫ですので……、サーシャを責めないでください」
聞き取れたのは、サーシャとアンドレウスが口論になってから。
私が仲裁すると、場が落ち着いた。
「……時間が無い。ローズマリー、行くよ」
「はい」
私はサーシャに支えられながら、王宮を出た。
外には私たちが乗る馬車と護衛の騎士たちがいる。
その中に、カズンはいない。きっと彼は屋敷で私たちの訪問を待っているのだろう。
「ローズマリーさま、お気をつけて」
馬車に乗る寸前、サーシャが私から離れるときに私だけに聞こえる小さな声で告げる。
私はサーシャの言葉に、コクリと頷く。
馬車に乗った私は、窓からサーシャに小さく手を振る。
アンドレウスは私の隣に座る。彼は私をぎゅっと抱きしめる。
馬車が動き出し、ライドエクス侯爵邸へ向かう。
「あのメイドと仲良くなったんだね」
「サーシャは優しくて気が利く子です……」
「僕と話すよりも、仮眠をとったほうがいいね。着いたら教えるから、少し、お休み」
アンドレウスは私の頭を撫でながら、優しい声で語り掛ける。
私はアンドレウスに身体を預け、目を閉じる。
☆
「ローズマリー、着いたよ」
アンドレウスの声が聞こえる。
トントンと優しく肩を叩かれ、私は目覚めた。
窓の外を見ると、正装したカズン、ライドエクス侯爵夫人とオリオン見えた。ウィクタールの姿はない。
(夕食会なのに、ウィクタールは不参加なのね)
この夕食会はオリオンの婚約者候補である私と、彼の家の顔合わせである。
家族全員で参加するのが当然だと思っていたので、ウィクタールが不在なのは不思議だと感じた。
「ローズマリーさま!!」
馬車から降りると、オリオンが私をエスコートしてくれた。
オリオンは私の姿が見えるなり、笑顔で出迎えてくれた。
「会場まで案内します。こちらへどうぞ」
私はオリオンについてゆく。
横目でアンドレウスの様子をみたが、彼はカズンと談笑していた。きっと、後からやってくるだろう。
「あの……、ウィクタールさまは?」
屋敷の中に入り、オリオンと二人きりになったところで、彼にウィクタールの行方を訊く。
「えっと、姉は――」
「何時だと思ってる!! 今日は大事な食事会だと言っただろ!!」
「っ!?」
オリオンが答える前に、カズンの怒声が聞こえた。
屋敷の中で聞こえるのだから、相当大声なのが分かる。
怒鳴られたのは、あの場に居なかったウィクタールだろう。
「恥ずかしい話ですが、姉はお披露目会の後、平民の男に会いに行ったのです」
「平民の男……」
胸がざわつく。私はその人をよく知っている。
ウィクタールが入れ込んでいる平民の男。
「おい、話は終わってないぞ!!」
カズンの言葉の直後、屋敷の扉が開かれる。
そこには、派手なドレスを身にまとった美女と――。
「ルイス……」
一年会わないだろうと思っていた、最愛の人が腕を組んで私の前に現れた。
次話は6/3(月)7:00更新です!
お楽しみに!!




