慣れていないこと
私は両頬を抑え、激しく首を横に振った。
踊っていた女性のことを訊くなんて、私がオリオンに嫉妬しているみたいじゃないか。
「話題を広げるために訊いただけです! オリオンさまも侯爵子息でありますし、ダンスに誘われたら踊るでしょう」
「今は、そういうことにしておきます」
オリオンの顔が私の方へ近づく。
「僕はローズマリーさまが他の男性と踊っていたら、嫉妬しますけど」
「っ!?」
私の耳元で囁く。
甘い声音に、私の心臓は跳ね上がった。
「もう一曲、踊りましょうか?」
「……いいえ、足を休める場所に行きたいわ」
「分かりました。少し、この場から離れましょうか」
オリオンに誘われるも、私はそれを断った。
トテレスに助けてもらったとはいえ、イスカたちに絡まれて精神的に疲れている。
座って、ざわつく気持ちを落ち着けたい。
私たちは、ダンスホールから離れ、座って談笑ができる場所へ移動した。
そこでは、壮年の貴族たちが談笑していた。
家督を息子に譲り、余生を楽しんでいる者たちの憩いの場なのだろう。
彼らは私の存在に気づくと、会話に加わらないかと声をかけてくる。私とオリオンはそれらを断っていった。
空いている席に座り、私は大きなため息をつき、疲労を吐き出した。
「顔色が悪いようですが……」
オリオンが心配そうな顔で私を見つめている。
「実は――」
私はアンドレウスと別れた後のことをオリオンに話した。
イスカと三人の上級貴族に囲まれ、無理矢理ダンスをさせられそうになったことを話した。
話を聞いたオリオンは、口をぽかんと開き、絶句していた。
「僕が姉の我儘に付き合っていたばかりに……、申し訳ございません」
我に返ったオリオンは私に謝罪した。
「トテレスお兄様に助けて頂いたので。私も不注意でした」
油断していたのは事実だ。
トテレスに助けてもらわなかったら、ダンスホールで恥をかいていただろう。
足を引っ掛けられ、転んでいたかもしれない。
その姿を周囲に見られたら、満足にダンスもできない王女として嘲笑われただろう。
「イスカお兄様は、なんとしても私を陥れたいのですね」
オリオンはこくりと頷いた。
「イスカ王子の傍にいた三人の貴族はペットボーン侯爵家と親しい者たちです」
「キャロライン王子妃と……」
「今回のお披露目会で、国王がローズマリーさまをどう思っているのか、大抵の貴族は学ぶでしょう。しかし、ペットボーン侯爵家などの少数派はイスカ王子側に付くと思われます。接触は控えたほうがいいかと」
オリオンは私が警戒すべき貴族の名をあげる。
キャロライン王子妃の実家、ペットボーン侯爵家。そこは特に気を付けろと。
「その……、タッカード公爵家はどちら側についているのでしょうか」
にこやかだったオリオンの表情が歪む。
「ご安心ください。あの家は難がありますが、国王側です」
「そうですか。教えてくださり、ありがとうございます」
やはり、タッカード公爵家は敵ではない。
ただ、オリオンが嫌な顔をするほど、ライドエクス侯爵家とタッカード公爵家の仲は悪いようだ。
「私……、今まで貴族間の力関係を気にしたことが無くて」
「大丈夫です。すぐに慣れます」
私はオリオンに不安を口にした。
ロザリーだった頃は、貴族間の仲など気にしたこともなかった。
クラッセル子爵が社交界での人脈作りに力を入れなかったからだろう。彼は貴族との繋がりより、商人との繋がりを大事にしていた。
クラッセル領が保っていられるのは、裕福な商人たちのおかげだ。
それがクラッセル子爵の生存戦略。
オリオンたちとは違う戦略で生き残ってきた。
「国王が少しずつ教えてくださると思います」
「……」
「僕も一つ……、お聞きしてもいいですか?」
「はい。どうぞ」
オリオンが話題を変えてきた。
どんな話を始めるのだろうか。
これから、口説かれるのかしら。
ドキドキした気持ちで、オリオンの話を待つ。
「ローズマリーさまは、グレゴリー王子とどちらにいらしたのですか?」
オリオンの問いに言葉が詰まる。
オリオンの笑みは消えており、グレンに対して敵視しているのが伝わってくる。
前回のお披露目会で、グレンは私をオリオンから奪う形でダンスに誘った。
その直後に魔法で姿を消したのだから、気になって仕方がないだろう。
周りの貴族たちもスンと急に静かになり、私とオリオンの会話に聞き耳を立てている。
ここで話したら、周りに広まるのは間違いない。
「……義父の所へ帰っていました」
言葉を選びながら私はオリオンの問いに答えた。
「前のご実家に帰っていらしたんですね」
「はい。お別れの言葉を自分の口で伝えたくて……」
「そうですか」
オリオンが納得してくれたみたいだ。
「父上も話してくれないので、気になっていたのです」
「そう、ですよね……」
オリオンは私の婚約者。
婚約者がほかの男と共に消えたなら、気が気でないはずだ。私だって、ルイスが他の女の人と行方が分からなくなったら、平常心を保てない。
「グレゴリーさまは当然、カルスーン王国へ帰られるのですよね?」
「……いいえ」
私はオリオンの問いを否定した。
「グレンはメへロディ王国に残ります。トルメン大学校の留学生として、私の同級生になります」 「っ!?」
グレンの処置にオリオンは目を見開き、驚いていた。
私が説得していなければ、オリオンの言う通りになっていただろう。
オリオンは深呼吸をし、落ち着きを保とうとしていた。その表情からは『信じられない』と言いたげだった。
「ローズマリーさまは、グレゴリーさまのこと……、どう思っていらっしゃるのですか?」
「グレンは、友人です」
「僕には友人以上の感情があるのではないかと思うのですが」
「……」
オリオンがグレンに嫉妬している。
グレンはカルスーン王国の第五王子。オリオンよりも立場は上だ。
婚約者の立場が揺らいでしまうと慌てているのだろうか。
カズンの期待に応えられなくなると焦っているのだろうか。
ここで『私の婚約者はオリオンさまです』と言ってこの場を納めること、それがオリオンが望む展開。
二人きりで話していたなら、その手を使った。
しかし、ここは人目がある。
絶対にその言葉は言えない。
「私の言葉を信じてくれないのですか?」
私は、オリオンの内にある、私の好意を利用することにした。
効果はてきめんのようで、オリオンの表情が崩れた。
「も、申し訳ございませんっ! 深入りし過ぎました」
「いえ……」
これ以上、話を続けたら失言をしてしまうかもしれない。
私は胸に手を当てる。
ソワソワした気持ちは消えている。
これなら、ダンスホールに戻っても良さそうだ。
「あの……、オリオンさまとお話して、気持ちが落ち着いたので……、一曲、踊りませんか?」
「はい。喜んで」
私は席を立ち、オリオンをダンスに誘った。
オリオンは私の手をとり、了承する。
「……ダンスは男性が誘うものです。今後、お気をつけ下さい」
「は、はい」
ダンスホールに向かうさい、オリオンが苦言を囁やかれる。
社交界のマナーはまだまだだ。
次話は6/2(日)7:00更新です!
お楽しみに!!




