もう一人の兄
トテレス・アリス・メヘロディ。
昨日の夕食会で初めて会った、私のもう一人の兄。
イスカと共に突っかかってこなかったので、長兄よりは慎重派なのだろう。
「兄さんと一緒に居たんだね」
「トテレス……、何の用だ」
「えっと、オリオン殿がローズマリーを探していたから、声をかけただけだよ」
トテレスはおどおどしながら、イスカに用を告げた。
「ローズマリーはその人と踊るのかい?」
違う。
私は小さく首を振った。
目で助けて欲しいとトテレスに訴えた。
けれど、トテレスはイスカの弟。
私を憎むあの王妃の息子だ。兄弟で共謀するかもしれない。
「どうやら違うみたいだね」
トテレスは私とイスカの友人の間に割って入り、彼の手を払った。
引っ張られていた私は、反動で体勢がよろけた。
履き慣れている靴であれば、その場で踏ん張れたかもしれないが、いつもより踵が高い靴を履いていたため、身体が後ろへと倒れる。
「なら、僕と踊ろう」
転びそうになる私の身体をトテレスが支えてくれた。
起き上がる反動で、私はトテレスと共にダンスホールの中に入ってしまった。
「トテレスお兄様、その……」
兄たちから踊りの誘いを受けても断るようにと、アンドレウスに言われていると伝えようと口を開けるも、タイミング悪く音楽が始まってしまう。
イスカの友人と踊るという最悪の結末は避けられたものの、トテレスも長兄と似たようなことを企んでいるかもしれない。
私はダンスをしながら、トテレスの様子を伺っていた。
「オリオン殿がいたよ」
ダンスの途中、トテレスが私に話しかける。
彼の視線の先には、オリオンがいた。
彼は令嬢と踊っているが、私たちの方を気にしているように見える。
「ダンスが終わったら、声をかけて」
「は、はい」
トテレスは私に助言をくれた。
曲が終われば、オリオンが令嬢と別れて私の方へ来るはずだ。
「あの……」
「ん?」
「トテレスお兄様は私をイスカお兄様から助けて下さったのでしょうか?」
私はトテレスに訊ねる。
貴方は私の味方なのかと。
トテレスは私の直球の問いに苦笑いをしていた。
「どっちも、かな」
トテレスの答えは私とイスカどちらも助けたという、あやふやな答えだった。私にはその答えの意図が分からなかった。
「僕は君の敵でも味方でもない」
「中立……、ということでしょうか」
「うん」
トテレスは自分がどの立ち位置にいるか、私に教えてくれた。
中立。
敵対するイスカ、溺愛するアンドレウスの中間だろうか。
「僕が片方についてしまったら、もう片方は孤独になってしまう。メヘロディ王家はちょっとしたことで家庭崩壊を起こしそうな、不安定な状態なんだ」
「……」
「ローズマリー、君は父上を支えておくれ」
これはトテレスの本音だ。
父親のアンドレスでもなく、長兄のイスカでもなく、会ったばかりの私に打ち明けてくれたのは、昨夜の夕食会で私がメヘロディ王家の状況を理解したと思っているからだろう。
きっとトテレスは、ずっと私の代わりを演じてきたのだろう。
アンドレウスの関心を惹くために絵画の腕を磨くと同時に、王妃と兄の顔色をうかがいながら生活してきた。
「トテレスお兄様。あなたは――」
「可愛い僕の妹。ようやく逢えたね」
この人はいい人だ。
マリアンヌの様に私を優しさで包み込んでくれる人だ。
私に向ける微笑みは、私を安堵させてくれる。
「私も……、トテレスお兄様に会えて、嬉しいです」
「えっ、な、泣かないで! 酷いことを言ってしまったかな。ご、ごめんね」
「いいえ、違うんです」
私の頬に涙が流れる。
トテレスは私が泣き出したことに、慌てていた。
何か酷いことを言ってしまったのではないかと、謝っている。
私は首を横に振る。
「その……、トテレスお兄様が優しい方だと思ってたらつい涙が出てしまって」
「イスカ兄さんは君に厳しい言葉を浴びせていたからね。僕も同じなんじゃないかと怯えていたのかな?」
「ええ」
「僕はローズマリーの力にはなれない、僕は……、臆病なんだ。表立って止めることはもう、ない」
「わかりました」
トテレスは自分を頼るなと遠まわしに言う。
今回は特別。次はしないと私に告げた。
私はトテレスの勇気に感謝しつつ、危険な目に遭わぬよう、細心の注意を払おうと心に誓った。
☆
「ローズマリーさまっ!!」
曲が終わり、トテレスとダンスホールを出ると、オリオンが駆けつけてきた。
オリオンは私をぐいっと引き寄せ、トテレスを睨む。
トテレスはすぐに私たちの元から去ってゆく。
「ご無事でよかったです」
「お父様と別れてから、オリオンさまを探していたのですが、トテレスお兄様に誘われまして」
「ええ。見ていました。誘われた相手がトテレスさまでほっとしました」
オリオンは胸に手を当て、安堵していた。
言葉にはしなかったが、『もし、イスカや彼の友人であったら――』と言いたげな表情を浮かべている。
「先ほどのご令嬢は?」
「ああ、あれは姉のウィクタールです」
「そうなのですか!?」
私は話を広げるために、オリオンと踊っていた令嬢の名を訊く。
相手は自身の姉だと答えた。
彼女がウィクタール・フユ・ライドエクス。
コンクールで姿を見かけたことはあったが、その時よりも成長していたから全然分からなかった。
「まあ、事情があって……、僕と踊っていたんです」
「そうなのですか」
「もう帰ると思います。ローズマリーさまに挨拶もしない、無礼な姉で申し訳ございません」
「いえ、構いませんわ」
ウィクタールはオリオンと違って、社交的な性格ではないようだ。弟と一曲踊って帰ったのも、最低限のことをしたのだからよいでしょう?という印象を抱く。
「ローズマリーさまがそのようなことを訊くなんて……、僕が別の女性と踊っていたのを嫉妬なされたのですか?」
「えっ!?」
私は話題の振り方を間違えてしまったことに、今気づいた。
次話は5/27(月)7:00更新です!
お楽しみに!!




