救いの手
「ローズマリー! 素敵だね」
「お父様も……、私のドレスに合わせてくれたのですね」
「もう少し若かったら、シャツを赤にするのだけどね。差し色にしたよ」
身支度を終えた私は、アンドレウスにドレス姿をみせる。
アンドレウスは大袈裟に褒めてくれてた。彼は茶の落ち着いたスーツに、白いシャツ、赤いベストを身に着けていた。前髪を整えていており、昨日より様になっている。
「さあ、みんなに会いに行こうか」
「はい」
私とアンドレウスは並んで歩く。
この道は歩いたことがある。王宮と広間を繋ぐ長い廊下だ。
「僕が離れている間はオリオン君の傍にいてね」
「……わかりました」
「広間にはイスカとトテレスも参加しているけど、無視していいから。ダンスに誘われても断ること」
「はい」
廊下を歩きながら、私に立ちふるまいを教えてくれる。
(オリオン様もいるんだ)
私の心がチクリと痛む。
オリオンを私の傍に置くのは、護衛のためだろう。彼なら私に近づこうとする貴族たちが敵か味方か判別してくれるはずだ。
それは心強い。心強いが、ルイスを裏切っているようで複雑な気持ちになる。
「ローズマリー、行こう」
「はい」
オリオンについて考えているうちに、扉の前に着いた。
扉を開ける前にアンドレウスが私に声をかける。
声をかけるのは、王女として公務を勤めろという激励に近い。
アンドレウスは私に甘いけれど、表の舞台ではメヘロディ王国の国王なのだ。
扉が開かれ、私は再び社交界の舞台に踏み入れる。
☆
隣にいるアンドレウスが目の前にいる上級貴族たちに挨拶をする。
私のお披露目会が再び始まり、皆の視線が再び私に集まる。
この中に私の命を狙っている人がいる。
怖い。身体が震える。
「ローズマリーさま。ご無事でよかったです」
「オリオンさま……」
私の前にオリオンが現れた。
前とは違う、高価なスーツを着て。
オリオンは私に深く頭を下げたのち、笑顔で声をかけられる。
私はドレスの裾を掴み、いつものように頭を下げた。
「ごきげんよう。ご心配をおかけしました」
顔をあげると、オリオンが慌てた表情を浮かべていた。
男性から挨拶をされたら、返すものだと教わっていたのに。
何か悪いことでもしてしまったのだろうか。
「ローズマリー、君は王女なんだ。頭を下げなくていいんだよ」
オリオンが狼狽えている理由をアンドレウスが教えてくれた。
子爵令嬢だった頃の礼儀作法をしてしまったからのようだ。
「僕と一緒においで。君に会わせたい人が沢山いるんだ」
前回はオリオンとグレンと共にダンスを踊っただけで、他の貴族と挨拶が出来なかった。今回はそれの埋め合わせの会。参加している貴族に私を紹介するのが筋だろう。
「オリオンさま、後でお会いしましょう」
「はい。お待ちしております」
私はオリオンと別れ、アンドレウスの隣につく。
アンドレウスの周りには沢山人がいる。
皆、張り付いた笑みを浮かべ、気持ちの良い言葉を私たちにかける。
私の容姿を褒めたりすると、アンドレウスの機嫌が良くなる。
それが分かると、声をかけてくる貴族たちは私の話を中心にした。
「ご息女は国王によく似ている」
「十六年間、存在を隠されていたのはお辛かっただろう」
「ローズマリーさまのお力になります」
上級貴族たちにかけられる言葉は大体この三つだった。
本心で告げている人、アンドレウスの機嫌を取りたいがための方便で言っている者。
社交界に慣れていない私がそう感じるのだ。
この世界に浸かっているアンドレウスにはお見通しだろう。
「参加している貴族全員と顔を合わせたね」
「はい」
「名前は覚えられたかい?」
「……お父様を慕っている貴族の名前は憶えられたと思います」
「それでいい。君と年が近い子息や令嬢はお茶会で親しくなるといい」
「わかりました」
沢山の貴族と顔を合わせた。
養女だった頃に顔を合わせた人は一人もいない。
初対面だが、一目見たらその人物を忘れることはない。
ただ、記憶は薄れてゆくので、自室のノートブックに特徴を書き込むことになるだろう。
「後は僕だけでいいから。オリオン君と踊っておいで」
自由に行動していいと言われ、私はオリオンを探した。
「父上との挨拶回りは終わったんだな」
「……イスカお兄様」
オリオンに会う前に、イスカに声をかけられてしまった。
私が一人になる機会を見計らっていたんだ。
イスカの周りには、若い貴族が三人おり、彼の友人のようだ。
私は彼らと関わりたくないと後ずさるも、周囲を囲まれてしまった。
「こいつが俺の腹違いの妹」
「……」
「なにか言えよ」
イスカは雑に私を友人たちに紹介する。
彼らはニヤついた顔で私を見ていた。品定めされているようで気味が悪い。
関わりたくない。
黙っていると、イスカに肩を強く掴まれた。
「やめっ!!」
「騒ぐな。父上に気づかれるだろ」
「んんっ」
助けを呼ぼうと大声をあげるも、イスカに口を塞がれる。
イスカの友人たちに囲まれているせいで、周りの貴族たちは私が助けを求めていることに気づかない。
「友達が、お前と踊りたいんだってよ。もちろん、相手をしてくれるよな?」
嫌な予感がする。
踊りたくない。
アンドレウスは『無視してもいい。ダンスに誘われても断ること』と事前に注意されていたが、その通りだった。
「相手してくれるってさ。丁度、曲が終わったし、行って来いよ」
「やめてください!」
一人の貴族に手を引っ張られる。
やめて欲しいと懇願しても、その願いを彼らが聞き入れることはなかった。
(誰か……、助けて!!)
イスカの友人の一人にダンスホールへ引っ張られ、輪の中に入る直前。
「ローズマリー、ここにいたのか」
「トテレス……、お兄様」
もう一人の兄、トテレスが私の前に現れた。
次話は5/16(日)7:00更新です!
お楽しみに!!




