忙しい朝食
目を覚ましてからの活動は忙しかった。
サーシャに手伝ってもらい、寝間着から普段着に着替え、身支度を整える。
自室を出て、食事室へ向かうのかと思いきや、サーシャはアンドレウスの部屋の前で立ち止まった。
「朝食は王様の私室でとることになっております」
私が訝しげな表情を浮かべていると、サーシャが淡々と私の疑問に答えてくれた。
サーシャはエプロンのポケットからマジル王国産の懐中時計を取り出し、現在の時刻を確認する。直後、彼女が安堵の表情を浮かべていることから、定刻より早かったようだ。
「サーシャ」
「な、なんでしょう!?」
私が声をかけると、サーシャは過剰に反応する。手に持っていた懐中電灯を落としてしまうのではないかというほどに。
サーシャは私の方に向き、用件を待つ。その姿は忠犬のようだ。
「昨日は洋灯と書き物を用意してくれてありがとう」
「とんでもありません!! 王女様に感謝の言葉を頂くなんて……」
昨日の礼を言うと、サーシャは感激していた。ぐすっと涙を流しそうになっている。
「な、泣かないで!! 他にお願いしたいことがあるの」
「なんでも申してください!」
サーシャの涙を止めるために、次のお願いをする。
サーシャはビシッと直立立ちになり、私のお願いを待っている。
「その……、抱き枕が欲しくて」
「抱き枕ですね!! 分かりました。すぐにご用意いたします」
「少し硬い感触のものがいいの。お願いね」
「はい!!」
はきはきとした返事が返ってきた。
サーシャであれば要望通りの抱き枕を用意してくれるだろう。
「そろそろ時間ですので、お入りください。食事はすぐに用意されますので」
そういうと、サーシャは部屋のドアを開け、私をその中へ導く。
「おはよう! ローズマリー」
「おはようございます。お父様」
アンドレウスの歓迎を受ける。
私はアンドレウスに一礼をする。
部屋には移動式のテーブルと椅子が置かれており、私たちはそこで朝食をとるみたいだ。
席に座ると、すぐに食事が用意される。
サラダ、スープ、果実のジャム、クリームにパンとクラッセル子爵家と変わりない朝食だ。
「お父様はいつもお一人で朝食をとられているのですか?」
「これからは君と一緒だ」
質問をしたものの、答えとなっていない回答が返ってきた。
昨夜のイスカの発言から、アンドレウスは二人の王子と共に食事をしていない。一人で食事をとっていることが分かった。
「昼食や夕食を二人でとるには小さいね。明日までに改善するよ」
「そう、ですか……」
今日は昼食、夕食ともに上級貴族と食事をとることになっている。
昼食は中断されてしまった私のお披露目会の続き、夕食は婚約者候補であるライドエクス侯爵一家と。
「黙っていたみたいだけど、昨日、僕が眠っている間、イスカと会っていたらしいね」
「……はい」
「どうして隠していたんだい? あいつは君に酷いことを言ったらしいじゃないか」
今日になってアンドレウスがこの話題に出すのは、きっと夜に騎士の報告書を読んで、私とイスカの出来事を知ったのだろう。
私とイスカのやり取りは見張りをしていた騎士が知っている。それが報告書に出ているとしたら嘘は付けない。
「お父様にさらにご迷惑をかけたくなかったのです」
私はアンドレウスに黙っていた理由を告げた。
あの時のアンドレウスは私がフォルテウス城に戻ってきて安堵していた。それ以上の心労をかけたくないと心理的に思い込んでいたのだと思う。
「イスカお兄様は王妃様と違って、私にきつい言葉を浴びせるだけですので……、お父様の助けを求めるほどではないと感じてしまったのです」
「そうか」
その一言だけでアンドレウスに理解してもらえないと思ったので、自分の意見を重ねた。
実際、イスカは私に暴言を吐くだけで暴力はない。
「君は僕が見ぬ間に賢い子に育ったんだね」
「……ありがとうございます」
「できたなら、僕がそう育てたかった」
アンドレウスは本音を呟き、食器に布を置いた。食べ終えたのだ。
「ご飯を食べたら、ドレスを着ておいで。ローズマリーが何色のドレスを選ぶか僕は楽しみだよ」
「お父様は何色のウェストコートを着るか決めたのですか?」
朝食を食べ終えたアンドレウスの服装は私と同じで軽装だ。
これから正装に着替え、私を連れて公務に出る。
であるならば、私はアンドレウスが着る服に合わせてドレスを選んだ方がいいと思い、彼に訊ねた。
「僕は君のドレスの色に合わせようと思ってた。それでもすぐに支度が終わるからね」
「……分かりました。すぐに支度してきます」
話題が途切れると共に私も食事を終える。
昨日聞いた予定では、朝食から公務の時間は短い。
私はすぐにアンドレウスと別れ、自室に戻った。
☆
私はクローゼットを開け、数あるドレスの中から選ぶ。
今日は人と会うことが多い。それも政治ではなく私の顔合わせだ。
公務の主役は私。
「これにするわ」
私は明るく華やかなものを選んだ。
赤色のドレスでレースやリボンを花に模した飾りをふんだんに使っていて、可愛らしい。
胸元の色が濃く、足元になるにつれて薄くなってゆくのが素敵だ。
「はい! すぐに着付けいたします」
「あの……、装飾品は自分で選びたいの」
「分かりました」
サーシャがクローゼットの中に入りそうになるのを止める。
そこには私が隠した宝石箱がある。
サーシャは素直でいい子だが、彼女はアンドレウスの配下。宝石箱の事を秘密にして欲しいと私がお願いしても、アンドレウスに報告するだろう。
私はドレスに合いそうな装飾品を選び、それをサーシャに渡す。
「アクセサリーはいかがいたしますか?」
「……サーシャにおまかせしてもいいかしら」
「お任せください!!」
宝飾品はサーシャに任せることにした。
自分だと選ぶのに時間がかかると思ったからだ。
私は選んだドレスをメイドに渡し、寝間着を脱いだ。
同性とはいえ、コルセットを着けるために裸になるのは恥ずかしい。メイドは手際よくコルセットを締め、私の身体にドレスを合わせてゆく。
「ローズマリーさま、着心地はいかがですか?」
「丁度いいわ」
「ドレスの裾が長いので、選ばれたのではなく、踵の高いものに変えますね」
「あっ」
メイドの一人がクローゼットの中に入る。
私は声を漏らしたものの、髪を結わえるため、メイドの行動を遮ることができなかった。
(靴だったら……、見つからないはず)
宝石箱は靴の近くにはない。
見つかることはないと胸に留めつつ、どくどく高鳴っている鼓動を静める。
「こちらの靴にいたしますね」
「ありがとう」
髪を結わえている間、靴を選んでいたメイドが戻ってきた。私は彼女に礼を言う。
「公務の時間は!?」
「一時間後です!」
「ローズマリーさまの身支度は……、あと三十分で終わるとして、アンドレウスさまの用意でギリギリかしら」
「ローズマリーさまのドレスのお色は決まったのだから、アンドレウスさまの身支度も始められるのではないかしら」
「そうね。誰か、伝えてきて!!」
朝の身支度はとても慌ただしかった。
メイドたちの緊迫した会話から、私の気持ちも引き締まる。
王族とはいえ、遅刻は許されない。
アンドレウスたちはこの緊張感を常に肌で感じてきているのだ。
(王女として、お父様に付いてゆけるかしら)
私は身支度の間、王女としてこれからやってゆけるのか不安に思っていた。
次話は5/20(月)7:00更新です!
お楽しみに!!




