家族との食事会
「イスカ兄さまとトテレスお兄さまに……?」
「そう」
先ほどイスカには対面したが、敵意をぶつけられた。
血の繋がった家族とはいえ、会いたくない相手だ。
アンドレウスも二人の息子が私を敵意していることを知っている。存在を否定するような言葉を浴び、私の心が傷つくことを心配しているだろう。
「家族として一度は君を紹介しなくてはいけなくてね」
言い方からして、渋々のようだ。
王子側が『私に会わせろ』とアンドレウスに要望したに違いない。
私を溺愛しているとはいえ、アンドレウスは二人の父親だ。息子の要望は応えないといけないのだろう。
「今日は家族皆で夕食をとる」
「私はそれで構いません」
食事は家族皆でとるもの。
それは幼少期、孤児院、クラッセル子爵家で過ごしても変わらないこと。
「……その、息子たちはあいつの思想を濃く受けている。君を容赦ない言葉で攻撃すると思うけど、明日から会うことはないから――」
「お気遣いありがとうございます。お父様」
「では、会いに行こうか」
「はい」
私はアンドレウスの後ろを歩き、大きな扉の前に着いた。
どうやらここが食事室のようだ。
「開けるよ」
食事室の扉を開ける前に、アンドレウスが心配そうな声で私に話しかけてきた。
私はこくりと頷き、罵られる覚悟はできているとアンドレウスに示す。
少しして、食事室の扉が開かれ、白い布製のテーブルマットが敷かれた縦長のテーブルに三人の若い男女が座っていた。
その内の二人は私の兄たち、イスカとトテレス。
残り一人の女性はイスカの妻、キャロライン王子妃だ。
確か、キャロラインの家名は金管楽器の名家、ペットボーン侯爵家だったか。
「お父様とお食事を共にできるなんて……、何年ぶりでしょうか」
「さあね。僕は君たちに興味はない。でも、一度は家族全員集まらねばね」
「……」
イスカの話しぶりから、一家で集まって食事をするのはしばらくぶりらしい。
イスカは実の父親と共に食事ができることを喜んでいたようだが、返ってきたのはアンドレウスの冷たい視線と、威厳のある重い声。
私と話しているときの優しい声とは全く違う。
「なぜ、その女と食事を共にとらねばならないのですか?」
イスカは、実の父親に冷たい言葉を投げられたいらだちを私にぶつけてきた。
遠慮ない、否定する言葉を浴びせられ、覚悟はしていたものの、私の胸は苦しくなった。
「その女? イスカ、彼女はお前の妹だ。僕にとって大切な娘だ。口の利き方には気を付けろ」
「母上はこいつに殺されたんだ!! その妾の娘に!」
イスカは私を指し、妾の娘と罵倒した。彼の妻であるキャロラインは私を睨んでいた。
私の存在が王妃を苦しめていたとは思うが、殺してはいない。
むしろ――。
「……違います! 殺されかけたのは私のほうです!!」
黙っていれば、イスカの暴論を受け止めていればことはすぐに収まったかもしれない。でも、私はかっとなり、彼に言い返してしまった。
「ただ普通の暮らしをしていただけなのに、お母さんを、孤児院の皆を……、家族を奪ったのは王妃様の方でしょう!?」
私はずっと王妃に対して怒りを抱え込んでいた。
あの人は二度、暗殺者を差し向け、家族の命を奪っていった。
悪いのは全て王妃なのに、どうして罵られないといけないのか。それに耐えないといけないのか。
胸の中に抱え込んでいたものをイスカにぶつける。
自身の中にあったモヤモヤがすうっと消えた気がする。
「イスカ、これ以上ローズマリーを侮辱するのであれば、僕は君との縁を切る」
「父上、俺は――」
「黙れ。お前の声を聞いていると気分が悪くなる」
「……」
イスカは反論しようと口を開いたものの、アンドレウスに脅しをかけられてしまう。
強制的に発言を封じられ、イスカは自身の唇を強く噛んだ。
「ローズマリー、君には僕がいるからね」
アンドレウスは優しい声で、怖気づいていた私の心を安堵させる。彼は私の背に手を添え、席の方へ案内してくれた。
私の席は三人の家族とは離れた場所。アンドレウスと向き合う形で座った。
「さあ、食べよう」
目の前に食べきれない量の食事が置かれる。
全てが揃い、グラスに水が注がれたところでアンドレウスが私に声をかけた。
私はグラスを持ち、ワインが注がれたアンドレウスのそれにカンと軽くぶつける。
カンと乾いた音がした。
(家族全員いるのに、別々で食事しているかのよう)
私とアンドレウスの乾杯の音と合図に夕食をとる。
会話も何もなく、フォークとナイフが食器に当たる音しか聞こえない。貴族の食事となるとその音も小さく、沈黙に近い。
空気がとても重い。
そのせいで、料理を口にしても味を全く感じない。
「ローズマリー、ウシ肉が入ったシチューの味はどうだい?」
アンドレウスは味の感想をとう。
葉物のサラダを食べていた私は、フォークとナイフを置き、スプーンに持ち替え、湯気が立っているウシ肉のシチューをすくって食べた。
「……っ!?」
ウシ肉が口の中でほどけ、肉と野菜とソースの旨味が口の中に広がる。
この味、私は覚えている。
母が特別な日に作ってくれたシチューの味だ。
私は食べ物を飲み込み、口の中に広がる懐かしい味を感じたあと、アンドレウスに話す。
「とても、美味しい……、です」
母のことを思い出し、感想を述べると同時に涙があふれてきた。
この味は二度と食べられないと思っていたのに。
共に食事をしていたアンドレウスが専属シェフに味を再現させたのだろう。
「貧しいながらも、あの人は食材や調理法を工夫した料理を君に食べさせていたね。僕が覚えている味は、いくつか再現してある」
「……ありがとうございます」
私は給仕から貰った布で流れる涙をふき、嗚咽が混じった声でアンドレウスに感謝の言葉を述べる。
「あの……、もう食事は結構です」
「そうか。じゃあ部屋に戻ろう」
今のままで食事は出来ないと判断した私はスプーンを置いた。
口元を拭き、葉物のサラダがあった空の皿に、布を置いた。
アンドレウスは私に合わせて食事を終わらせ、席を立ち、私の傍に寄る。
「あの、騎士様と部屋に戻りますのでお父様は、お兄様たちと――」
「いいんだ。一緒に戻ろう」
「……分かりました」
夕食は始まったばかり。
アンドレウスも前菜を食べ終え、スープやパンを食べていた。まだ、メインも出ていないのだ。
私は護衛している騎士と共に自室へ戻るから、家族で食事を続けてほしいと言うも、アンドレウスは私の背を押し、共に食事室を出た。
次話は5/13(月)7:00更新です!
お楽しみに!!




