一緒に学校に通いたい
アンドレウスは私の主張に首を振った。
「君は、あの男に言いくるめているだけだ。騙されているんだよ」
「いいえ、私はクラッセル子爵とマリアンヌに別れを告げたいと思っていました。そう、お父様にもお願いしたはずてす!」
「……それは」
「グレンはクラッセル子爵家に滞在していて、私とクラッセル子爵家との繋がりを知っていました。心残りがあった私にグレンは手を差し伸べてくれたのです」
私の主張を聞き、アンドレウスは言葉に詰まっていた。畳み掛けるようにグレンとクラッセル子爵家の関係を話す。私の都合を理解しての行動だとグレンを庇った。
「クラッセルに会わせず、城へ君を連れて行ったのは僕だ。今回の騒ぎが起きたのは僕のせい……、なんだね?」
私は小さく頷いた。
アンドレウスは私の腕を掴む。
「丁度、グレン君と話していた所だ。君もおいで」
「はい」
私はアンドレウスに手を引かれ、部屋を出る。
今度はアンドレウスと一緒だから、騎士に引き留められることなく通路を進めた。
少し歩き、アンドレウスと私は一室に通される。
「退室して悪かった。急用が入ったものでね」
「いえ、アンドレウス様の用事を優先して構いません。こちらは愚弟の行為を謝罪しに来た身ですので」
アンドレウスが平謝りすると、一人の男性がその場で立ち上がり、笑顔で対応していた。
くすんだ金髪を短く切っている。毛先が内側に丸まっており、癖毛が強そうだ。
赤みがかった茶の瞳、高い鼻筋、ふっくらとした唇が角張った顔にバランスよく並べてあり、容姿が整っていた。
背は平均的で、すらっとした体型。
白いシャツに赤いネクタイ、チェック柄のジャケットとズボンを着こなしている。
雰囲気が誰かと似ている。
一体ーー。
「ロザリー!!」
男性の隣にグレンが座っていた。
高価な洋服を着ており、他国の王族らしい格好になっている。
酷い目に遭っていない。
よかったと、私は胸をなでおろす。
「こらっ!! お前は――」
男はグレンの頭に拳を下ろす。
先ほどこの男はグレンのことを"愚弟"と呼んでいた。
「ローズマリー、この方はカルスーン王国の第二王子ヴィストン・ツヴァイ・カルスーン。カルスーンの親善大使さ」
「はじめまして、ヴィストンさま」
「お目にかかれて光栄です。あなたのことはカルスーン国内でも話題になっています」
雰囲気が誰かに似ていると考えていたが、それはチャールズだ。企みがありそうな話し方が、特に。
「話の続きをしよう」
アンドレウスと私は空いているソファに座った。すぐに私のお茶がテーブルの上に置かれた。
「愚弟の件は謝っても済む話ではありません。こちらで何かしらの弁償をさせてもらいます」
「いや、それは――」
「愚弟は祖国に帰します。ローズマリーさまに二度と近づけません」
「あのっ」
やはり、私が話に加わらなければ、グレンはカルスーン王国へ帰されていた。一緒に学校生活を送れなかった。
話が勝手に進む前に、私がヴィストンの会話に割り込む。
「グレンは悪くありません」
私はその一言を皮切りに、自分の気持ちをヴィストンに語る。
「グレンは私の望みを叶えてくれたのです。方法が強引で、大事件になってしまいましたが、私は用を済ませたらフォルテウス城へ帰るつもりでした」
「ふむ……」
「私はグレンと一緒に学生生活を送りたいです!」
「……分かりました。ローズマリーさまに懇願されたら、そうせざる負えませんね」
私の主張にヴィストンは納得してくれた。
「アンドレウスさまのご意見も伺いたい」
「……ローズマリーと同じだ。是非、グレン君をトルメン大学校の生徒として迎えたい」
「では、グレンは引き続きトルメン大学校の生徒としてメへロディに置きます」
間があったものの、アンドレウスもグレンのメへロディ国内の滞在を許してくれた。
これでグレンは家出ではなく、メへロディ王国へ留学したことになる。
奨学金に頼らずとも学校生活を送れるようになるだろう。
「ロザ……、ローズマリー! 来てくれてありがとう。助かった」
「私こそ、クラッセル子爵とマリアンヌに会わせてくれてありがとう」
「新学期からよろしくな!!」
「うん。よろしくね」
暗い表情を浮かべていたグレンはほっとしていた。
事態が落着したからだろう。
「だが、次はない」
「もちろん。新学期までにきちんとローズマリーさまとの付き合い方を教育しておきますので。弟をよろしくお願いします」
ヴィストンはグレンの腕を強引に引っ張りながら、ソファから立ち上がった。
「では、私たちはこれで」
ヴィストンはそういって深いお辞儀をしたあと、グレンを引っ張りながら部屋を出た。
部屋にはアンドレウスと私、護衛のカズンと給仕のメイド一人。
私は二人が退室したあと、冷めた紅茶を口にする。
乾いていた喉が潤う。
「紅茶を飲む姿も綺麗になったね。クラッセルのしつけは良かったようだ」
「仕草について講師の指導を受けましたが……、ほとんどはマリアンヌの真似をして覚えました」
「クラッセルの娘か……。貴族として教育は受けているようだな」
アンドレウスが紅茶を飲む仕草について褒めてくれた。
けれど、クラッセル子爵とマリアンヌに対する評価にはどこか引っかかる。
アンドレウスにとっては数いる下級貴族なのだろうが、私にとっては第二の家族だ。
大切な人たちを粗末に扱われているようで嫌な気持ちになる。
「さて、グレン君の件は終わった。本当は二人で夕食をとりたいのだけど……」
「公務が残っているのでしょうか」
「いいや」
歯切れが悪い返事。
公務ではないのに、アンドレウスの気分が重いように感じる。
その理由はすぐにわかった。
「君に息子たちを紹介する」
それは私を憎んでいる二人の王子との対面だった。
次話は5/12(日)7:00更新です!
お楽しみに!!




