ローズマリーの部屋
翌日の夕方、私はフォルテウス城に着いた。
クラッセル邸を出た後、私は街の高級な宿屋で一泊した。
部屋に通されても一人にはなれず、常に女性の付き人が私の身の回りの世話をしてくれた。ベッドに眠るときも私を常に監視しており、自由はなかった。
翌日になって、再び馬車に揺られ、フォルテウス城まで帰ってきた。
城内に入り、馬車を降りてすぐ、私は誰かに抱きしめられる。
「ローズマリー!! ああ、無事でよかった!!」
私の耳元で聞こえたのは、アンドレウスの声だった。
国王の彼が、王座の間ではなくここで待っていたのは、いち早く娘に会いたいという親心だったのだろう。それほど私はアンドレウスにとって大切な存在なのだ。
「怪我は……、ないね」
「お父様、心配かけてごめんなさい」
「グレゴリーに何もされていないよね?」
「はい。グレンは私の我儘を聞いてくれただけです。お父様が心配するようなことはありません」
アンドレウスは私の両頬に触れ、私の顔の状態を見た後、首筋、胸元を凝視する。素肌をじっと見ていたのは、グレンに襲われなかったかと確認していたから。
私はアンドレウスから顔を逸らし、グレンは何もしていないことを話した。
愛し合ったのはグレンではなく、ルイスだというのは口が裂けても言えない。
「お父様、中に入りましょう」
「そ、そうだね。長く馬車の中にいて疲れているのはローズマリーだというのに……。気を遣わせてしまったね」
「もう、勝手にいなくなることはありませんから」
私はアンドレウスの歩に合わせる。彼の眼の下には深い隈が出来ていて、心労の跡がみえる。多分、私がいなくなっている間、一睡もしていないのだろう。
「また、僕の手から離れてしまうのかと心配で、心配で……」
王宮へ戻る間、アンドレアスが何度も私に話しかけた。
この状態が続けば、政治に大きく影響をうける。
常に私の行方を知ってないと、予定通り戻ってこないと、アンドレウスはまたカズンを使って大捜索をするだろう。
「ローズマリー、ここが君の部屋だよ」
王宮に入り、私が連れて来られたのは自分の部屋だった。
扉を開けると、クラッセル子爵邸よりも高級な家具が目にうつった。
中に入り、窓の外の景色を見ると、庭園、城門、城下町が広がっている。
「クローゼットを開けてごらん」
私はアンドレウスの言う通り、クローゼットを開けた。
その中には、身に着けているドレスと同等のものが目に見えるだけで十着並んでいた。奥の列にもドレスが見えるので、沢山あるのだろう。
「好きなものを着てもいいからね」
「ありがとうございます」
「奥には帽子と靴とバック、キャビネットには宝飾品とリボンが入っているよ。僕がローズマリーに似合うと思ったものを集めたんだ。気に入って貰えるといいな」
クローゼットの奥には小物がずらりと並んでいる。クローゼット横に置かれているキャビネットには、ネックレス、ブレスレット、ピアス、髪飾りなど高級宝飾店なみのものが並んでいた。
「僕の部屋は隣だからね。何かあったら呼ぶんだよ」
「わかりました」
ひとしきり私の部屋を説明し、アンドレウスは出て行った。
ここで私は一人の時間を得る。
この部屋は安全。命の危険もないとアンドレウスが判断しているのだろう。
クラッセル子爵家から持ってきたトランクも、部屋の隅に置いてある。
私はトランクを開いた。
ルイスから貰った本はデスクの上に飾り、ヴァイオリンの教本は空の本棚の中に仕舞った。
最後に宝石箱を取り出す。
「どこに仕舞おう……」
この中には、ペンダントとピアスと指輪が入っている。
どれも、キャビネットにある宝石より価値はないが、思い出が詰まっている。
下手な場所に置くと、アンドレウスに処分されるかもしれない。
「始めは奥にしまって、様子を見てみよう」
私はクローゼットの中に入り、帽子やバックが並んでいる場所に置いた。
荷解きが終わり、私はベッドに座って、ぼーっとしていた。
「グレンはどうしてるんだろう……」
グレンはクラッセル子爵邸で騎士に拘束されたきり会っていない。行方不明事件の主犯である彼は、私より早くフォルテウス城に連れていかれたようで、待遇も他国の王族であるのに、良くはなかった。
心労の元凶をアンドレウスは許すはずがない。
これでカルスーン王国との亀裂が入ったらどうしよう。
グレンが国外追放になったら、トルメン学校に進級出来なくなる。
私が抵抗せず、素直にフォルテウス城へ帰ってきたのは、グレンの罪を軽くするため。彼と一緒に学校生活を送るためだ。
「お父様に聞いてみよう……」
行動を決めた私は、隣であるアンドレウスの私室を訪ねる。
アンドレウスは私の行方が分からなくなったことで、心労が溜まっていた。安眠しているかもしれない。
部屋を訪ねても大丈夫だろうか。
「貴様がローズマリーか」
「っ!?」
アンドレウスの私室の前でためらっていると、男の人の声がした。声がする方へ顔を向けると、豪華な衣装に身を包んだ若い男性がいた。
「父上が心酔している女。お前がいたから、母上は――!!」
その男性は私を睨んでいた。
その瞳には憎しみがこもっており、私を嫌悪している。
アンドレウスを父上と呼んでおり、私を恨んでいる人物。彼の何者かゆうに想像できる。
「……お兄様」
私の目の前にいるのは、腹違いの兄。
メヘロディ王国の第一王子、イスカ・ダル・メヘロディだった。
次話は4/29(月)7:00更新です!
お楽しみに!!




