さよならロザリー
「ローズマリーさま!!」
私は広間にいるカズンの前に姿を現した。
カズンは私の姿を見るなり、すぐに膝をつき、私に頭を下げた。
「騎士さま、お顔をお上げください」
私はカズンに声をかける。
カズンはその場から立ち上がり、私を真っすぐとみていた。
立ち振る舞いと言動、マリアンヌに変装していたときのそれとはまったく違う。
今のカズンが公務のときの姿で、街で会ったカズンは平常の時の彼なのだろう。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
私はカズンに謝った。
一日、行方をくらませ、アンドレウスを乱心させたこと、私の行方を得るために騎士や兵士たちの業務を増やしてしまったこと。
私の都合で、沢山の人を振り回してしまった。そのことについては王女の立場でも謝らないといけないだろう。
「グレンにクラッセル邸に連れて行ってと我儘を言ったのです。その……、クラッセル子爵やマリアンヌにお別れの言葉を直接告げたくて」
「そうですか」
「願いも叶いましたので……、フォルテウス城へ帰ります」
私の言い訳など、カズンは興味が無い。長々と話しても、彼は無表情だった。
カズンの関心は私をフォルテウス城へ連れ帰り、主人の命令を果たすこと。
「では、グレゴリーもご一緒なのですね?」
「はい。扉の奥にいると思います」
カズンが近くにいた部下へ目配せをした。
二人の騎士がそうっと扉を開ける。グレンが悪あがきをするのではないかと警戒しているからだろう。
グレンは両手を挙げた状態で、カズンたちの前に現れた。
抵抗をしない、降参の意を示している。
「貴方の我儘を聞いただけとはいえ、グレゴリーは拘束します。手荒な真似はしないことを約束しましょう」
「お願いします」
グレンは二人の騎士に両腕を縄で拘束される。
カズンは私の耳元でグレンの対応について話してくれた。
「では、アンドレウスさまの元へまいりましょう」
「はい」
私はカズンと並んで、クラッセル邸を出た。
屋敷の外には、王家の文様が描かれた馬車が留まっている。
あれに私は乗るのだ。
「お別れは、言えましたか?」
私の気持ちを和らげる気遣いか、カズンが私に問いを投げかけた。
「はい。十分に」
階段を一段、一段、降りる。
その間に私はカズンに答えた。
「六年間、お世話になりましたと。もう、ここに悔いはありません」
私は馬車に入り、扉が閉まる直前にそうカズンに言った。
少しして、馬車が動き出した。
クラッセル邸から離れてゆく。
「さようなら。ロザリー・クラッセル」
私は六年間使っていた、名前を口にする。
ただのロザリーはもういない。
ロザリー・クラッセルはもういない。
私は、”ローズマリー・メヘロディ”。
メヘロディ王国の王女。
「ローズマリー……、それが私の新しい名前」
名前を口にしてみたものの、それが自分の名前という実感がない。
「だめね。この名前を聞くと、昔のことを思いだしてしまう」
”ローズマリー”と呟いて、一番に思いつくのはアンディおじさん。決まって幼いころの私は『ロザリーだよ』と訂正していた。
これからはそれが逆になる。
”ロザリー”と呼ばれたら”ローズマリー”と訂正しなくてはいけない。
「泣いては駄目。私はこれから取り乱しているお父様を説得して、グレンのこと、許してもらわないといけないんだから」
目元から一粒の涙が流れた。
頬を伝い、ぽたりとドレスに落ちる。
「大丈夫。きっとうまくいく。一年後はルイスと一緒に居る。あの指輪だって堂々と付けられる」
前向きな言葉を呟いたのに、ドレスに涙がぽたぽたと落ちてしまう。
「騎士勲章授与式が終わって、ごたごたが済んだら、ルイスと一緒にトキゴウ村に行って、墓参りをするの。皆にルイスのお嫁さんなるんだって自慢するんだ」
七年目の墓参り。
一緒に行こうとルイスと約束をした。
墓の前で、皆に幸せな報告が出来たらいいなと願望を口にする。
「そのために、頑張ろう。ローズマリー」
私は馬車の中で大泣きした。
ロザリーとしての人生が終わり、ローズマリーの人生が始まるのだと、悲しみと不安を全て吐き出していた。
今回で1章終わりです。
第2章から毎週日・月のそれぞれ7:00更新となります。
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次話は4/28(日)7:00更新です。
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