恋人の誘惑
ルイスに手伝って貰いながら、トランクに荷物を詰めた。
マリアンヌと同じピアスに緑のペンダント。
ルイスから貰った童話の本。
クラッセル子爵から貰ったヴァイオリン教本。
洋服は詰めず、家族や大切な人から貰ったものを入れた。
「もう、いいのか?」
「うん。お城に持ってゆけるのはこれだけだから」
この中にお気に入りの洋服を詰めたとしても、着る機会はない。
洋服、宝飾品は全てアンドレウスが用意するからだ。
このトランクの中には”ロザリーだった思い出”があればいい。
一人になったとき、トランクを開けて懐かしむようなものが入っていればいい。
「最後に……」
私は薬指に嵌められた指輪に触れる。
本当はずっと付けていたいけど、ドレスに着替える前に外さないと。
「俺は、ずっと付けているからな」
「うん」
私の隣でルイスがなぐさめてくれた。彼が見守る中、私は指輪を外し、アクセサリーの箱に入れた。
トランクを閉め、それを部屋の入口に置いた。
部屋を出たら、メイドに預けるつもりだ。
「ロザリー、やっぱ寂しいよ」
荷造りを終えた私はソファに座る。
着替えの時間まで少しある。時間になったらメイドに来てもらうようお願いしてあるのだ。
ルイスは私の隣に座り、傍に寄り添う。
私はルイスに身を預け、されるがままになっていた。
刻一刻とフォルテウス城へ帰る時間が迫る中、ルイスがぼそっと呟いた。
「今から二人でこの屋敷を出ないか?」
「えっ」
「二人分の食料品を詰めて、馬を借りて、トキゴウ村まで逃げよう」
「……」
突然、ルイスが駆け落ちを提案してきた。
私とルイスは二人で話し合い、一年待って、ルイスが騎士となり、騎士勲章授与式後の夜会にて交際を発表するまで、会わないことにした。
それなのに、ルイスは別れる寸前で私に誘惑をしてくる。
私を捜索しているカズンと対面したからかもしれない。
「村の人たちなら、私とルイスを匿ってくれるかもしれない」
「ああ。あの家を借りて二人でひっそりと暮らそう」
「とっても素敵な提案だけど……、それはだめ」
私はルイスの誘惑を振り切った。
今ならトキゴウ村まで逃げることは出来ると思う。
食料を詰め、屋敷で飼っている馬を盗んで。
村の人たちは事情を話せば、私とルイスを匿ってくれると思う。私はともかく、ルイスは村の人たちの子供だから。
あの空き家を借りて、アンドレウスの目をかいくぐって、細々と農業と畜産をする生活もいいと思う。
夫婦になって、私たちの子供が生まれて、子供たちがトキゴウ村でのびのびと過ごす妄想が浮かんだ。
妄想の中の私たちは笑い合っている。
身分の差など忘れて幸せそうに。
「お父様は私に執着してる。もし、ここで駆け落ちをしてトキゴウ村に身を隠しても、いつかバレるわ。そうなったら――」
アンドレウスは私に執着している。
何年かけても私の行方を捜す。
きっと、隠せても数年。
見つかったら私をさらったルイスは極刑、匿ったトキゴウ村の人々も全員殺される。
「ルイスも村の人たちもお父様に殺される」
トキゴウ村は私とルイスが出会い、すれ違い、想いが通じ合った場所。大切な場所だ。
大切な人と共に、思い出の場所を失うのは辛い。
「私は……、ルイスを失いたくない、ひとりぼっちになりたくない」
「悪かった。今の話は忘れてくれ」
私はルイスにぎゅっと抱き着く。
ルイスは、私の頭を優しく撫でてくれた。
私の説得でルイスは考えを改めてくれた。
「だけど、一つだけ言っとくな」
「うん」
ルイスは私に向き合い、真っすぐな瞳で言った。
「辛くなったら、思い詰めずに俺を頼って欲しい」
「……」
「ロザリーは強いから、辛くなるのは俺が先かもしれないけどな」
最後におどけるのもルイスらしい。
私は最後までやり遂げる気でいる。
その間に、気持ちが折れてしまうかもしれない。
もし、そうなってしまったら、今のルイスの言葉を思い出したい。
「……そろそろ時間ね」
「ロザリー、またな」
ドレスに着替える時間が迫っている。
私はルイスとの会話切り上げ、彼を部屋から出す。
ルイスは部屋から出る直前に、私にちゅっと軽いキスをした。
突然、キスをされても私は驚かない。
ルイスを恋人なのだと認めているからだろう。
次話は4/15更新です。
お楽しみに!!




