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拾われ令嬢の恩返し  作者: 絵山イオン
第1部 第2章 引きこもるマリアンヌ

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使われないピアノ

 マリアンヌがトルメン大学校を辞める、という発言をして一か月が経った。

 私は長期休暇中に出された宿題、ヴァイオリンの練習、読書の時間にあて、一日が終わる。

 私とマリアンヌは常に一緒にいるわけではなく、演奏室でおしゃべりをすることがほとんどだった。


(お姉さま……、演奏室に来ない)


 ヴァイオリンの基礎練習が終わり、ケースにしまう。

 演奏室に二時間いたというのに、マリアンヌは来なかった。

 始めは私を避けているのかと思ったのだけど、マリアンヌはあの日以降、演奏室に一度も入っていないらしい。これは彼女を心配したメイドが教えてくれた。

 クラッセル子爵もそうだが、マリアンヌの考えを変えられるのは私しかいないと期待されている。


「ピアノ……、一か月も使われていないのね」


 私は白いピアノに近づき、蓋に触れる。

 計画的な私と違って、マリアンヌは時間さえあればピアノを弾きたい性格だ。いつもの彼女だったら、演奏室でずっと大好きなピアノの演奏をしているだろうに。そして、期日が迫ってきた時に私に「宿題が終わらないの! 手伝って!!」と泣きついてくるのがお決まりだ。

 マリアンヌは本当にピアノを辞める気なんだ。

 私の胸がキュと締め付けられる。


「……弾いてみようかしら」


 私はピアノの譜面がしまってある棚へ向かい、弾きたい曲を探す。

 難しい曲に挑戦しようかしら。久しぶりにピアノを弾くから、簡単なものにしようかしら。

 棚の前で悩んだ末、私は簡単な曲を選んだ。

 ピアノの椅子に座り、蓋を開ける。

 譜面を置き、私はそれを一通り見る。

 見たものは一瞬で覚えられるけど、定着はしない。他の人よりは覚えているけれど、完全に覚えていられるのはせいぜい三日だ。

 曲の旋律を思い出したところで、私は両手を鍵盤に置き、演奏をはじめる。


 私が選んだのは”トゥーンの街並み”。人気作曲家がトゥーンの街並みを連想して造った新しめの曲だ。これは五年前孤児院でマリアンヌが披露した曲でもある。

 まさか自分がこの曲を弾けるようになるとは思ってなかった。

 私がこの曲を弾けるようになったころには、自分で譜面を読み、練習するようになっていた。でも、ピアノは常にマリアンヌが占領していたから、彼女が使わない時間を狙って練習するのは大変だったけど。


(懐かしい……)


 ”トゥーンの街並み”をマリアンヌに披露した日の出来事がよみがえる。

 指の運びが上手く行かず、リズムがずれてしまったり、ペダルを踏むタイミングを誤り、耳障りの悪い和音を出してしまったりとミスがあったけど、マリアンヌはとても喜んでいた。

 昨日のように『すごいわ! ロザリー!!』と。


(自分が弾いているけど、ピアノの音を聞くと心が落ち着く)


 私が奏でるピアノの音色はマリアンヌと違って、機械的に感じる。譜面通りに弾く、という意識が強すぎて、譜面に書かれた指示の通りにしか弾けないからである。指のタッチも固い。

 マリアンヌは彼女が弾きたいように弾く。譜面に指示されたリズムより速くても遅くても気にしない。それなのに、彼女が弾くと音色が笑ったり、怒ったり、泣いたりと感情豊かに聞こえてくる。指の動きはなめらかで、難しい箇所も軽々と弾いているように見せている。

 マリアンヌの演奏技術は優れている。

 それなのに、よく分からない理由で自ら才能を絶ってしまうなんてもったいない。

 マリアンヌにはピアノを弾き続けてほしい。

 私はそう強く願いながら、演奏を終えた。


 パチパチパチ。


 拍手の音。

 もしかして、マリアンヌ!?

 私は拍手が聞こえたほうへ顔を向ける。


「ピアノも上達したね。ロザリーは楽器が二つ弾けて羨ましいよ」

「……お義父さま」

「あからさまにがっかりされると、傷つく」

「ご、ごめんなさい。お姉さまだと思ったので……。お義父さまはどうしてここに?」

「ああ。今日は仕事が無いから、練習の日にしようと思ってね」


 演奏室に入ってきたのはクラッセル子爵だった。

 クラッセル子爵は夜に演奏室を利用する。演奏会の練習だったり、生徒に指導したい部分の確認をするために利用しているとか。


「お姉さまは一か月もピアノに触れていません。本当にピアノを辞めてしまうのでしょうか」

「そうだなあ……」


 クラッセル子爵も顎に手を当て、考えている。


「そうだ! 三人で町へ出掛けよう」

「え? お出かけ……、ですか?」

「家の中にじっといるだけでは何も答えが出ないなら、外に出てみようじゃないか」

「なるほど」


 今のマリアンヌは私室から出てこない。私たちとの接触も避けている。

 一か月も続いているのなら、マリアンヌに外へ出掛ける口実を作ってみようというのが、クラッセル子爵の提案だ。

 意図を理解した私は、クラッセル子爵の考えに頷く。

 長期休暇は残り一か月。それまでにマリアンヌの本意を聞きたい。


「はい。マリアンヌにそう伝えてきます」


 私はクラッセル子爵に一礼して、マリアンヌの私室へ向かった。


 

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