誰もいない屋敷
「到着しました。マリアンヌさま」
「ありがとう」
私はルイスの手を支えに、馬車を降りた。
クラッセル邸内は静かで、騎士が訪れた様子はない。
そのような人たちとすれ違っていないので、カズンたちはまだクラッセル領内の捜索をしているのだろう。
御者から離れたところで、私は安堵のため息をついた。
「ロザリー、屋敷に入るまで分からねえぞ」
「うん」
果たして、マリアンヌとグレンは無事なのだろうか。
それは屋敷に入るまで分からない。
私とルイスは意を決して、屋敷の中に入った。
「……」
いつもはメイドたちが出迎えてくれるのだが、彼女たちは一人もいなかった。
マリアンヌとグレンもいない。
しん、とした広間。
まさか、別動隊の騎士が屋敷に押し入り、マリアンヌとグレンが見つかってしまった!?
最悪の状況を想像した私は、ルイスを置いて広間を駆けた。
「二人とも、どこにいるの!?」
私はマリアンヌとグレンを探した。
まずはマリアンヌの部屋。いない。
グレンの部屋。いない。
演奏室。いない。
二人がいそうな場所を探したが、いなかった。
「ロザリー、見つかったか?」
「いいえ。まさか、騎士たちに連れていかれて――!?」
「メイドたちもいないぞ。おかしくないか……?」
ルイスも屋敷の中をみてくれたようで、メイドたちがいないことを教えてくれた。
マリアンヌもグレンもメイドたちも屋敷にいない。
これは異常だ。
皆、どこにいるのだろうか。
広間に戻り、二人で考えているとパンッと爆発音がした。
その音にビクッと身体が震えた。ルイスが私を護るように抱きしめてくれた。
今の爆発音は何?
屋敷が何者かに襲われている?
「外の方から聞こえたな」
「いってみましょう」
もし、屋敷が騎士や兵士に襲撃されようとしているのなら、それを静められるのは私だけ。
最後の望みが潰えるけど、クラッセル邸を壊されるくらいなら、私は騎士たちの前に姿を現す。
私はルイスと共に、爆発音がした方へ向かう。
屋敷を出て、屋敷の裏庭へ警戒しながらゆっくりと歩を進めた。
パチパチパチ。
裏庭に着いたところで、複数人が拍手をする音を耳にする。
「あ、二人ともおかえり」
「おかえりなさい! ロザリー!!」
そこには必死になって探していたグレンとマリアンヌの姿もあった。
そしていなくなったメイドたちも。
皆、裏庭に集まっていたのだ。
「はあ……、良かったあ」
皆、無事だった。
私はそれに安堵し、地面にへたりこむ。
「屋敷に誰もいないと、驚かせてしまったかしら」
「はい。とても驚きました。心臓が止まるかと思いましたよ」
「ごめんなさい」
マリアンヌが私の前にしゃがみ込み、心配そうな顔で見つめている。
私は胸を抑え、呼吸を整えていた。
「グレンの魔法をみんなで楽しんでいたのよ」
「ま、魔法……。あっ、先ほどの爆発音は!」
「ええ。最後に派手な魔法を見せてもらったの。木の実みたいなものがパンっと空に打ちあがってね、その後に煙が――」
「二人とも、無事でよかった……」
先ほどの爆発音は、グレンの魔法だったようだ。
きっと、マリアンヌは一人で観るのがもったいないと屋敷中のメイドを観客として裏庭に集めたのだろう。
マリアンヌは魔法を見せてもらったきり、それの虜だ。
隙あらばグレンにちょっとした魔法を見せて欲しいとおねだりをしている。
「無事でよかった……?」
「その――」
マリアンヌは私の言葉に小首をかしげている。
私は街での出来事をマリアンヌに話した。
捜索の手がクラッセル領にまで伸び、クラッセル家に疑いをかけていると。
私の話を聞いたマリアンヌの顔が真っ青になっていた。
「ロザリー、怖かったわね」
マリアンヌは私を強く抱きしめた。
「もう、フォルテウス城へ帰らないといけません。これ以上はマリアンヌやクラッセル子爵に迷惑をかけてしまいます」
「……そうね。寂しいわ」
「今夜、この屋敷に騎士が来ます。その時に帰ろうと思います」
カズンがあの時の話を信じたなら、彼は夜にクラッセル邸を訪れる。私はその時に帰ったほうがいいだろう。
あの時、私は無関係を装ったが、その後にローズマリーとグレンが屋敷を訪れたと作り話をすれば、クラッセル家が悪いとはならないはずだ。
「そう……」
「私たちはトルメン大学校で会えます。寮の部屋が一緒だとなおいいのですが……」
「そうね。学校で再会できるのを楽しみに待っているわ」
「はい」
別れの時が近づいていると分かると、マリアンヌの寂しそうな声が聞こえた。
ただ、私とマリアンヌはトルメン大学校で会える。一緒に授業を受けられる。寮の部屋が一緒であれば、楽しい学園生活が送れると思う。
マリアンヌの抱擁が解かれ、彼女は私の後ろに立っていたルイスを見上げる。
「なら、残りの時間はルイスにあげるわ」
マリアンヌは私の右手に触れ、目の前に持ってきた。
きっと指輪に気づいたのだろう。
「まあ、指輪を買って貰ったの?」
「ルイスとお揃いです」
「とても素敵!! ロザリーの宝物ね」
マリアンヌに褒められると照れてしまう。
「あとで、ルイスとダンスを踊りたいので演奏をお願いしたいのですが」
「何曲でも弾くわ! 演奏室でグレンと曲を選んでいるわね」
「お願いします」
「またね、ロザリー」
私は立ち上がり、カツラを脱いだ。
纏められていた茶髪の髪がばさっと広がる。
マリアンヌはグレンとメイドたちを連れて、屋敷の中に入ってゆく。二人は私とルイスのダンスの曲を何にしようか、楽しそうに話していた。
「ドレスを着る前に、荷物を詰めるか」
「……うん」
二人きりになり、ルイスが後ろから私を抱きしめてくれた。
ルイスと別れる時間はもう迫っている。
屋敷から持ってゆきたいものを詰め、あのドレスを着て、ルイスとダンスをするとなると、ゆっくりはしていられない。
「荷造り、手伝って」
「もちろん」
早速、フォルテウス城へ帰るための準備に入る。
私がこの屋敷にいたのだと思い出せるもの、大切なものをトランクに沢山詰めるのだ。
傍にいる大切な人に屋敷での思い出を語りながら。
次話は4/8(月)更新です。
お楽しみに!!




