迫真の演技
カズンは私とルイスを交互にみている。
名を呼ばれたくらいだ。彼の眼にはマリアンヌと見えている。
落ち着け、カズンは声をかけただけだ。
変装した私だとバレていない。
「どなたかしら? ルイスの知り合い?」
「あ、ああ。この方はライドエクス侯爵家当主、カズンさま。俺の前の主人だよ」
「まあ! 初めまして」
私は初対面を装う。
カズンとはトルメン大学校からフォルテウス城へ移動する際に護衛をしてもらっている。面と向かって話すのは初めてだ。
「お前、マリアンヌさまと知り合いだったのか?」
「はい。ロザリーと再会する時に会いまして」
「そうか」
カズンはこの場にルイスがいるのか尋ねる。彼はルイスの保護した当人で、私とルイスが同じ孤児院で過ごしていたことを知っている。クラッセル家と関わりを持っていても不自然ではない。
カズンもルイスの言い分に納得したようだ。
「マリアンヌさま、紹介にあったように、私はカズン・パワー・ライドエクスと申します。ここにいる騎士の指揮をしております」
「丁寧なご紹介、ありがとうございます。あの、私に声をかけたのはーー」
「ロザリー・クラッセルさまの行方についてでございます」
「ロザリーの……?」
やはり、カズンの用件は私だ。
ローズマリーがどこにいるのか、匿っていないのかと疑っているのだ。
「ロザリー!? あの子、編入試験を受けたきり、戻ってこないの!! カズンさまはご存じなのですか!?」
私はカズンに詰め寄り、何も知らないふりをする。
ロザリーは編入試験を受けてから戻ってきていないと。荒げた声でカズンに訴えれば無関係を装える。
取り乱した演技はカズンに効いたようで、私の抗議に眉をしかめている。
「まだ、表向きには出ていないのですが、ロザリーさまは、メヘロディ王国の王女、ローズマリーさまなのです」
「えっ、ロザリーが!?」
「クラッセル子爵には後日、手紙でお伝えするはずだったのですが……」
「ロザリーに何があったの!?」
カズンは苦い表情を浮かべている。
ここでマリアンヌとクラッセル子爵家は私が失踪した事件に関係ないのだと印象付けないと。
「それは、お話できません。後日、アンドレウス国王から書面が届くでしょう」
「そう……、ですか」
「マリアンヌさま、お時間を取らせてしまいました。後ほど、クラッセル邸に伺いますので、その際はよろしくお願いします」
「その、お父様は本日外出しており、戻ってくるのは夜になると思いますが……」
「では、その頃にお伺いします。また、会いましょう」
「カズンさま、ロザリーをお願いします」
何も知らないのだと、手がかりはないのだと悟ると、カズンは私たちから離れて行った。
カズンの背が見えなくなったところで、緊張の糸が切れる。
力が抜けた私は、ルイスに寄り掛かった。
ルイスは私の身体を支えてくれる。
「凄いな、お前。カズンさまを騙すなんて」
「油断してはだめ。疑われる前に屋敷へ帰りましょう」
「ああ。急ごう」
私たちはカズンたちから逃げるように街を出た。
御者の元へ戻り、馬車に乗るまで生きた心地がしなかった。
「もう……、クラッセル領まで捜索網を延ばしている」
「カズンさまのことだ、別動隊をクラッセル邸にまわしているかもしれない」
「それはまずいわ!!」
馬車の中では、一緒に街を歩き、指輪を選んで買った喜びよりも、カズンに追い詰められていることに怯えていた。
カズンがここにいるということは、王都での捜索は済んだのだろう。
先ほどは探りを入れられたが、その前に別動隊がクラッセル邸を訪問している可能性がある。
そうなっては、屋敷に本物のマリアンヌがいることがバレてしまうし、あそこにはグレンもいる。
主犯であるグレンを匿っていることがバレたら、言い逃れはできない。
「あそこにはグレンがいるのよ! 見つかってしまったら、もう――」
「グレンのことだ、魔法で乗り切っているかもしれない。まだ、希望はある」
「そ、そうね……」
グレンには魔法がある。
騎士たちの目をかいくぐっているかもしれない。
マリアンヌもメイドや使用人たちの力を借りて、屋敷にいないことにしてもらっているかも。
二人は愚かではない。何かしらの知恵を練って、乗り切ってくれている。
私はルイスの言葉を信じ、クラッセル邸が無事であることを願った。
「ロザリー、本当は屋敷で渡そうと思ったんだが、今でいいか?」
「うん」
ルイスは包みを開き、指輪が入っている箱を開いた。
そこには私たちが選んだ二つの指輪がある。
ルイスは小さな指輪を取った。
「右手を出して」
私はルイスの前に右手を出した。
ルイスは私の手を取り、薬指に指輪の感触がした。
サイズはぴったりで、私は指輪がはまった右手の薬指を見つめる。
「ロザリー、俺の指輪、はめてくれるか?」
「うん」
私はルイスの指輪を持ち、彼の右手に触れる。
薬指にはめる直前、馬車が大きく揺れた。
「きゃっ」
思いもよらぬ振動に、私は大事な指輪を落としてしまった。
それは床に落ちてしまう。
「ど、どうしよう。どこ、どこにあるの?」
私はすぐに落ちた指輪を探した。
足をあげて、隅々まで探したが、ルイスの指輪を見つけられなかった。
せっかく一緒に買ったのに。大切なものだったのに。
どうして私は落としてしまったのだろう。
「あった!!」
共に探していたルイスが見つけた。
彼の手には、私が落とした指輪があった。
「ああ、よかった……」
無くしたらどうしようかと、心臓が止まる思いだった。
私はルイスから指輪を受け取り、今度は落とさぬよう細心の注意を払って、彼の右手の薬指に指輪をはめた。
私たちの右手の薬指には揃いの指輪がついている。
ルイスとのたった一つの繋がり。
これで、会えない寂しさを埋められる。
「ロザリー、一年、待っててくれ」
「待ってるわ」
「俺、騎士になるために勉強とか実技とか頑張るから」
「うん」
私の右手とルイスの右手が重なる。彼の薬指の指輪の感触が愛おしい。
これと、同じものを付けているのだと思うと自然と笑みが浮かんでくる。
「あとね、ルイスとやりたいことがもう一つあるの」
お揃いのアクセサリーが購入できた。
約束を果たせたのなら、もう一つ願いを果たせるかも。
そう思った私はルイスに願望を打ち明けた。
「私の部屋にあったドレスを着て、ルイスと踊りたいの」
ルイスと一曲踊りたい。
それが出来たなら、私はもう満足だ。
「……屋敷が無事だったらな」
「うん」
屋敷が騎士や兵士に囲まれていたら、時間切れ。
そうでなければもう少し時間がある。
きっと、その願いがロザリーとして最後のお願いになる。
自身の願いが叶ってほしいと思いながら、私はクラッセル邸へ帰る。
次話は4/1(月)7:00更新です。
お楽しみに!!




