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拾われ令嬢の恩返し  作者: 絵山イオン
第2部 第5章 ローズマリーは抵抗する

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最期の言葉

 母が目の前で殺された出来事は、今でも覚えている。

 あまり思い出したくない記憶だけれど。


 マーケットの当日。

 母はこの日のために作成した作品群を抱えて、私は暇つぶしの童話の本を抱えてマーケットの会場である市場へ出掛けた。

 その本は今でも大切にしている形見の本である。


「ロザリー、お母さんお仕事をするから、ここで本を読んでいてね」

「うん」

「終わったら、公園でいっぱい遊んで、いつもの定食屋でご馳走を食べよう」

「ロザリー、しずかにまってるね」


 マーケット会場では、母と同じく商品を売りに来た大人たちが沢山いた。

 でも、子供を連れているのは母だけ。

 母は陳列棚に商品を並べてゆく。

 その間、私はマーケットが終わるまで、陳列棚の下に置かれた箱に座り、童話の本を読むのだ。

 当時文字が読めなかった私だが、毎夜、母が読み聞かせてくれるこの本だけは物語を覚えていた。

 きっと耳で内容を覚えていたのだと思う。


「……つまんない」


 童話の本をペラペラめくっていると、マーケットが始まった。

 陳列棚の下から沢山の大人の足が見えたからだ。

 物語は覚えていたし、挿絵はいつ見ても綺麗だったから始めは夢中になって読む。

 けれど、子供の興味はすぐに別のものに変わる。


「アンディおじさんからもらったロウペ。もってくればよかった」


 私の関心はお絵描きに変わっていた。

 大好きなウシの肉が入ったシチューを三人で食べ、アンディが帰ったあとも私は貰ったロウペを使ってお絵描きをしていた。

 マーケットに持っていきたかったけど、直前で『荷物になる』と母に却下されていた。

 

「おかあさん」

「ロザリー、お仕事してるから」

「……うん」


 母は客の対応に集中しており、私の相手をしてくれない。

 私は母に『静かに待ってる』と約束した。

 ここでわがままを言ったら、母との約束を破ることになる。


(やくそくをやぶったら、ロザリーはわるいこ)


 いい子でないとお外で遊ぶことも、定食屋でふわふわの卵料理を食べることも出来ないだろう。

 私は退屈という気持ちにフタをし、再び童話の本を開いた。


「……知りません! なんなんですか、あなた!?」


 突然、母が叫んだ。

 母は値切りをする面倒な客の対応でさえ、ここまで声を荒げたことはない。

 気になった私は陳列棚から顔を出した。


「お――」


 おかあさん、と呼ぼうとしたら、母は私の頭をぐっと陳列棚の下へ押し込んだ。

 顔を出してはいけない。そう思った私は、童話の本をぎゅっと抱きしめたままその場に身を丸くしていた。


(ロザリーならハコのなかにはいれるかも)


 ピンとひらめいた私は箱のフタを開けた。

 その箱は母が作った商品を入れていたもので、今は空っぽ。

 私はその中に入り、自分でフタを閉めた。


「娘はどこだ? いるなら出せ!!」

「あなたなんて知りません! 商品を買わないのであれば……、帰ってください!!」

「うるせえ! 俺はお前に用はねえ!! とっととお前の娘を出せ!」

「ひっ」


 相手をしているのは低い声の人。大人の男の声だ。

 男の要求は私のようだ。

 母は男の要求を拒否し、この場から去るように促す。

 しかし、男は母の要求に従わなかった。

 母のひっ迫した声と共に、周りの人たちの不安げな声が重なる。


「ぶっ殺すぞ!!」

「……やれるものなら、やってみなさい! 皆、貴方のことを見ているわよ。そんなことをしたらすぐに捕まるわ」


 殺す。

 当時の私はそれがどういう意味なのか分からなかった。

 箱の中でじっとしていた。

 あの時、私が悪い子になっていれば、男の前に姿を現していれば、運命は変わったかもしれない。

 

「きゃあああああ!!」


 母ではない誰かが叫んだ。

 悲鳴と同時に、首を抑えてその場にうずくまる。

 

「ロ……、ザリー」


 私は箱を少し開け、その間から母を覗き込んだ。


「おかあさん!!」


 私が見た母は、首からだらだらと鮮血が流れていた。

 母は傷口を手で押さえていたものの、指のすき間からどんどん流れてゆく。


「てが、てがっ!!」

「よく聞きなさい……」

「まっかに――!!」

「ロザリー」

「……」


 幼い私でも、母が重傷を負ったことは理解できた。

 母はかすれた声で私に語りかける。


「あなたは……、これから”ひとりぼっち”になる」

「やだ、ロザリー、おかあさんといっしょがいい」

「でも、大人になったら、ロザリーを幸せにしてくれる人が絶対に現れるから」

「”ひとりぼっち”にならない?」

「それまで――」

「……おかあさん? おかあさん!!」


 それが母の遺言だった。

 母は刺した男から私を守るように、箱を抱えるように息絶えた。

 そのおかげで、私は男に見つからず生き延びたのだ。



 母が殺害され、騒然としたマーケット。

 殺した犯人は混乱に乗じ、この場から逃走したらしい。

 私は母の遺体の処理を終えた、兵士の一人に見つけてもらった。


「おかあさん……」

「君は――」

「ねえ、おかあさんはどこにいるの? ロザリー、ひとりぼっちはいやだよおおお」


 私は見つけてくれた兵士に抱き着き、わんわんと泣いた。

 その兵士は孤児になった私を、トゥーンの駐屯所に保護してくれた。


 そこで数日間過ごした。

 進展があったのは、母が生前、遺言書を残しており、それをトゥーンの教会で保管していたことが判明したから。

 私はその遺言の通り、母の故郷であるトキゴウ村の孤児院に預けられた。

 そこに持って行けたのは、抱えていた童話の本と、遺言書に付いていた白い刺繍がされた布の二つだけだった。

 


 

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