明日、龍は死んでいる。
「マジ………かよ」
その斬撃はパッと見ても秒速30mは優に超えていた。それもその他の斬撃ひとつひとつ全てが、だ。
後退するだけじゃ避けられないな、これ。
俺はその斬撃ごと吹っ飛び、ひとつ木を薙ぎ倒し、地面に叩きつけられた。
意識が朦朧としている中で、聞こえた声がシノンの焦る声。
それと俺が飛んでいったのを見た辰爾が、敵に強力なノックバックを施し、戦闘を放棄して俺のところへ来たことも見える。
ノックバックを施すときの目が、本気でキレてる風だった。
「どうなってるッ!?回復魔法が効かない」
「バカ、焦るな。シャルルは物質的身体じゃない。だからその類いは効かないよ」
シノンに諭され、冷静さを取り戻した辰爾。
物質的身体…肉体のこと。
「ありがとう。
やっぱりこうなったか。実際、見えていたハズなのに、現実で起こってしまうとどうも慌ててしまうみたいだな。
だが、やることは決めてある」
片側だけにある赤い椛の耳飾りを外し、俺の胸の前に置き詠唱を一節だけ唱える。
『俺はもう、生き過ぎている』と。
「これで準備は調った。
シノン、シャルルのこと後全部任せるわ」
今まで消していた先程のような強烈なオーラを全開にしたまま再戦に臨む。
周りにあ植物の中でも、魔力に耐性の少ないもの(と言っても迷宮内にあるものだから普通の数十から数百倍は強い筈だけど)から枯れていく。
「本気………出したの?」
「さあ?」
その時の辰爾といえば、猛火で錬成された剣を取り出し、それはもう殺す気だったようにも捉えられる雰囲気である。
防御に徹していた姿勢が攻撃に反転され、今度は相手側が防戦一方にも見えた。
これはもう、辰爾の勝ちなんじゃないか?
一方、その頃俺の魂の方はというと。
あれ? なんだこの感覚。
呼吸という概念がない深海に、沈んでいく感触がする。感触といっても例えなんだけどね。
俺って、どうなったんだ?
確か、斬撃に撃たれて、その後は………分かんね。でも、撃たれたってことは死んだか?
ここ、まるでアニメの世界じゃない…………か?
断片的に知らない単語が蘇ってくる。まるで昔から知っていたように文章に馴染む形で。
なんか………ちょっとずつ………眠く………。
《忠告。生命の危機に晒されています。
これよりユニークスキル『智慧の処女』を強制覚醒いたします。
覚醒めなさい、『智慧の処女』》
俺の安眠を遮るかのように脳内(今、脳ってあるのかな?)に直接語りかけてきた。
だが、それは不快よりかは母の言葉のように柔らかく心地良く感じられた。
っていうか、『智慧の処女』?
俺はそんな能力を持っている覚えは無いんだけど。
そして深海に沈み続ける俺を、姿がはっきりしない何かが掬い上げた。
カタチは、長髪で線が細くて………女か?まあ、それが俺を掬い上げたのだ。
《ユニークスキル『智慧の処女』の発現により、記憶の覚醒に挑戦可能となりました。挑戦しますか?》
これ、得な話だよな?
なら、答えはYe───
『Yes』
───s………は?
それを俺が答えるよりも早く、そのカタチの曖昧な存在がYesと答えた。
理解が出来ないっていうか、なんというか………。
言葉が詰まる中で、その天の声的なヤツが記憶の覚醒に挑戦した。
《個体名シャルロット・ランビリスの記憶の覚醒に挑戦します。
…
……
………
成功しました。これより、記憶の入力を開始します》
それから、頭の中に膨大な情報が入り込んできた。それはまるで、もう一周誰かの人生を歩んでるような感覚だ。けれども、拒絶することなく既視感さえ感じられる記憶。感覚でいうなら、忘れていた記憶を突然思い出したような感覚だった。
これ、間違いなく俺の記憶だ。
こんなにもしっくり感があるんだからな。
《記憶の入力が完了しました》
そうか。これが俺の記憶か。
今まで断片的で不安定なものしか見たことなかったけど、ここまではっきりクッキリしたものを見ると疑いようがないな。
思わぬ利益だ。
それよりも、今はどうにかして現実に戻らなければ。何か、策は………。こういう時にシノンが居てくれればな。
『生存する確率を演算します』
この声、さっき勝手にYesと言ったやつの声と全く同じだ。
そう、件の謎の存在である。誰だよお前。
『私は、ユニークスキル『智慧の処女』ですが?』
いや!疑問形にしてもわかんねえよ!
能力ってさ、こんなに自律してるもんなの?俺が読んでた漫画やアニメではもっと機械的というか?科学的というか?なんというか………。要はこんな感じじゃ無かったような気がする。
だが、ここは異世界。俺の物差しで図るのは良くないよな!うん!
『演算が完了しました。
能力の獲得を"世界の言葉"に申請します』
勝手になんか始めやがった。
《了承しました。個体名シャルロット・ランビリスが獲得条件を満たしている能力の獲得を開始します。
エクストラスキル『逆鱗』を獲得しました。
エクストラスキル『悪食』を獲得しました。
エクストラスキル『貪欲』を獲得しました。
エクストラスキル『尊大』を獲得しました。
エクストラスキル『怠慢』を獲得しました。
エクストラスキル『淫欲』を獲得しました。
エクストラスキル『羨望』を獲得しました。》
なんか………全部が全部ヤバそうな能力なんだけどぉ?っというか、途中宜しくない単語の能力が手に入った気もするけど、気にしちゃいけないヤツだきっと。
んで、これでどうやって現実世界に戻るっていうんだ?
能力を見ただけじゃ、適切なものは何一つ無いと思うんだけどな。
『『貪欲』の能力により、"現実世界"に対する執着性を著しく高めます。よって、多少時間はかかりますが、戻ることが可能です』
ほうほう、そうか。
その発想は無かった。盲点だったな。
『貪欲』を噛み砕いて考えればそういう考え方もあったんだな。
これで少し時間はかかるとしても、戻れる。
俺はこれで八つの能力を手に入れたのか。今まで一つも無かったから凄い発展だな。
『………え?能力、持ってましたよね?』
え?
『え?』
え?
『え?知らないんですか?
………なら、能力を確認しますか?』
あ、えぇっと、じゃあ、Yesで。
『了解しました。保有能力を開示します。
コモンスキル…『魔力感知』『複製』『擬態』
エクストラスキル…『魔力感知』『逆鱗』『悪食』『貪欲』『尊大』『怠慢』『淫欲』『羨望』『亜空間生成』
ユニークスキル…『智慧の処女』
固有スキル…『発現』『無限覚醒』『限界突破』『レベルアップ』『種族変転』『状態変転』です』
え、結構持ってるじゃん。
で、肝心な『智慧の処女』さん本人の能力はというと?
『ユニークスキル『智慧の処女』の能力は並列演算・並列思考 能力解析 機能修得 無限学習 です』
並列演算・並列思考:独立して演算行為及び思考が可能になる能力。
能力解析:会得した能力を分析し、その本質を理解し使用を可能及び最大限に活用が可能になる能力。
機能修得:現在獲得していない能力を、『智慧の処女』の中で完結するものなら獲得できる能力。
無限学習:無限に新たな事象などを理解する事が出来る能力。
ってところらしい。
それと俺、種族無いのになんで固有スキルがあるんだろうか?
固有も何もないんだから。
『無種族はこの世で最も固有だと思いますが?』
………確かに………。
なら有っても違和感ないか………(?)
………っていうかさ、今まで無視してきたけどさ、『智慧の処女』さんや、アンタ人間味がありすぎてない?
俺の勝手な偏見だけどね、え?知らないんですか?とか能力は言わないと思うんだけどな。
そこんとこ、どうなんでs─────
『現実世界復帰への準備が整いました。
実行しますか?』
コイツ、誤魔化し上がったな。
まあいいや。いつかまた聞けばいいだけんんだし。
それよかその質疑、Yesと答えよう!
『了承しました』
それから、ハッと目が覚めたとき、俺が居たのは迷宮零階層だった。
目の前では、まだ辰爾らが戦っている。
さっきと違うのは、辰爾が剣を握っていることと、俺が何故かその動きを終えるということだ。
どうしてかは知らないね。
「これで終わらせる。"物質的崩壊"」
体制を崩し、隙の生まれた辰爾の胸のド真ん中に剣を入れ込んだ。
"物質的崩壊"の名前からして、物質的な物………例えば肉体とかを名の通り崩壊させる技なんだろう。
こんなの食らっちゃあの辰爾でも死ぬだろう………。勝てっこないんだろうな。
「……………………………………………………………………何故死なない!?」
彼女が動揺している。
これは俺も理解できない。何故、辰爾は生きているんだ?(一応跪いてはいるけど)
「すまんな、俺は今、物質的身体じゃ無いんでね。その類いの術は効かないんだよ。見れば神聖魔法のようだが、受肉した悪魔用か?」
「いつの間に精神的身体に。ついさっきまで物質的身体だったはず………」
精神的身体…精神体のこと。
「それか。それはさっき、シャルルに肉体を移しておいたからだな」
なっ………!?
俺でも初耳の新真実がやってきたんですけどぉ?
いつの間に………。
「さっきさ、辰爾が詠唱したの覚えてる?それが肉体譲渡の魔法だったんだよ」
シノンが説明してくれた。
そうか、さっきのあれか。
『俺はもう、生き過ぎている』というどうも詠唱とは思えないそれが、偶然ここに来て役に立ったというのか。
それとも、
「この攻撃を読んでいたのか」
「さあ?どうだろうね」
どっちにしても、なんか、一安心。
死んでないんだから。
ただし、
「なら、精神体を滅ぼすまで!」
やっぱりそうなるよな。物質的身体を崩す術式があるとして、精神的身体を崩す術式がない、なんてことは無いハズだからな。
「"精神的崩壊"─────」
トリガー式の詠唱途中で、辰爾が自分の持っていた剣で相手のもう一本の剣を弾いた。
まあ、持っていた剣は手から離れ、宙を舞っているので、辰爾に次の術は無いんだが。
だが、不思議と俺はその舞っている剣を掴もうと勝手に身体が動き出していた。
その時、俺の脳内に、現実世界で初めて『智慧の処女』の声が聞こえた。
内容はこうだった。
『演算が終了しました。勝率99.9%です』
そうか。そうならやるしかない!
舞っていた剣を取り、俺の魔力を呪付した。全力で、だ。
なんで辰爾が勝てない俺がこの人に勝てる確率が99.9%もあるのか疑問には思っているが、このチャンスは逃せないので、乗ってみることにした。
「君、弱かったんじゃ………」
驚いている。
正直俺も驚いているんですよ。さっきまで全く見えなかった攻防が見えるようになってたし、貴女と渡り合えてる。はっきり言って引くぐらいには驚いているんですよ。
だから、お互い様だね!
「なっ………なんで逃げられないの………」
エクストラスキル『尊大』により、躊躇わなくなった剣筋とエクストラスキル『貪欲』によって、記憶にある辰爾の剣技と彼女の剣技の一部を習得したから、どうにかこうにか渡り合えている状況だ。
まだ慣れない剣技も混ざってるからか、ちょっと気持ち悪い感じはするけど。
「これを見ると、やっぱり覚醒めたんだね。
記憶の不完全覚醒な転生者の記憶が覚醒した時、素の何倍何十倍の力量を一時的に発揮することが出来る。
今回、そのタイミングがこれ以上ないくらい良かったんだ。
僕の見立てより若干早かったけど、どうせアイツの仕業だろうし、まあいいか」
俺は最後に、彼女に向けて刀身が見えなくなるほどの魔力を纏わせて一振りを食らわせようとした。
だがしかし。
多分、魔力に耐えられなかったんだろう。
刀身が散り散りになり、微塵も残らず俺の魔力だけうっすら透けて一撃は当たらずに彼女は生き延びたのだった。
0.1%の方を引いてしまったか………。
滅茶苦茶マズい状況である。