コインランドリー
ここにいる奴ら全員、貧乏人だ。
100円を投入し乾燥機を回す。和貴は六畳一間の部屋に一人で住んでいる。ベランダがない為、洗濯物はこの古びたコインランドリーに来て乾かす。室外だが洗濯機がある分、ここらの連中よりまだましだと、なんの根拠もなく考える自分がもちろん嫌いだ。
「あーあ」
和貴は呟いた。
いつまでこんな生活を続けるのか。
二十歳を過ぎた頃から漠然と感じていた焦燥感が、最近になって益々強くなった。
大学に行かなくなったのも、この先どうすればいいのか分からないからだ。やりたいことも特にない。年々親の仕送りが減っている為、仕方なくバイトを増やした。まぁ、予定を入れた方が、何も考えなくて済むから気が楽だ。
だからこの、待つだけの時間が一番嫌いだ。
和貴はボタンの閉まらなくなった財布を握りしめ、ビニール傘を差し、コインランドリーを出た。特に目的はない。ただいたくなかっただけだった。
たどり着いたのは駅だった。駅に着いたので何となく、電車に乗ってみようと思った。
どうせ家に帰っても隣人の野球中継の音がうるさくて眠れない。今日も夜勤があるのに。
大学までの定期券は…切れていた。仕方ないので一番安い切符を買って改札を通る。ホームへの階段を下る途中、駅の構内にあるスーパーに入った。店内には弁当や総菜を売るコーナーがあった。
そこで唐揚げ弁当を買い、ついでに缶ビールを買った。
ホームで食べようと思ったがちょうど各駅停車の扉が開いていたので乗った。着いてから食べよう。
車内はガラガラで、老人しかいない。まぁ、平日の昼間だしな…。
和貴は誰もいない優先席に座って隣にさっき買ったそれらを置いた。
時間を潰そうにもスマホは通信制限がかかっている。特にやることがないので窓の方を眺めた。普段、景色を見ることなんてない。そんなことするくらいだったらYouTubeでも見る。
しばらくするとアナウンスが流れて扉が開いたので、和貴は立ち上がり、駅を降りた。
「あれ?」
改札の方に見覚えのある後ろ姿がある。和貴はその男を思わず目で追った。
男は立ち止まって辺りを見回している。誰かを探しているようだ。
声をかけるか少しだけ悩んだが、その男にノートを借りたままだったことを思い出して、やめた。
「遅れてごめん川田。」
「いや、今来たとこ。」
あれは…清水か?懐かしい。清水にもたしか何か借りてたような…。なんだっけ。
そんなことを考えていると、2人は駅前にある小さな喫茶店に入って行った。
俺は何をしてるんだろう。和貴はハッとして、改札の方に向かった。なんとなく気まずいので、ホームで弁当を食べるのを諦めた。
あの二人もきっともうすぐ卒業するはずだ。
卒業する前にもう一度会えるのだろうか。そもそも、俺は卒業できるのだろうか…できないだろうな。
雨は随分と弱まっていたが、一応、傘を差して改札を後にした。特に当てもなく歩き出すと、商店街に着いた。人気は少なく、ほとんどの店がシャッターを閉めている。
商店街を通るといつも思うが、さびれた商店街は何のために必要なのだろうか?駅前のスーパーの方が近くて品揃えもいいし、こんなブティックの服なんてダサくて着れたもんじゃない。老人が集会するために周回するだけの場所だ。
ふと、和貴は雑貨屋の前で足を止めた。ショーウィンドウの中に小さなサボテンを見つけた。
そういえば、小学生の時に親が小さいサボテンを買ってきたことがあったっけ。最初はちまちまと水をやっていたが、いつのまにかめんどくさくなって何もしなくなり、気づいたらどこかへ行っていた。ベッドの下にでも転がっていったのだろうか。
一応開いているようだったが、そのまま雑貨屋を後にした。他に気になる店もなく、気がつけば商店街を出ていたことに気付き、傘を差しかけて、閉じた。もう、ほとんど降っていなかった。
雨は好きではないが、雨が降っていないのに傘を持っているのはもっと嫌いである。そんなことを思ったがそのまま、骨の何本か折れたビニール傘を右手に、歩き出す。
雨が止んでいるとはいえ、外は肌寒い。上着を着てくればよかったと後悔したが、よく着ている上着は今頃乾燥機の中でぐるぐる回っている。
あ、もうとっくに乾燥終わってるな…そろそろ戻らないと。
あのコインランドリーは洗濯物を置いたままにしているとカゴにまとめて放り込まれてしまう。下着や靴下もそこにごちゃごちゃにまとめられてしまい、どれが誰のかわからなくなる為、仕方なくみんな買い直しているみたいだ。和貴も2回ほど下着を買い直した。そんなだからカゴの中はすぐに黒の山になり、3ヶ月くらい経つといつの間にか空になっている。
商店街に戻り改札を通った。目当ての電車はちょうど行ってしまったらしい。思い出したかのように和貴はホームのベンチに座って唐揚げ弁当をたいらげ、缶ビールを飲みながら電光掲示板を見ていた。田舎町の田舎駅なので電車がなかなか来ない。
「あれ、浜本?」
びっくりして振り返ると喫茶店から出てきた川田と清水がいた。最悪だ。
「お、おう。何してんのこんなとこで。」
薄い資料のようなものを2冊持った清水の手が目の前にあった。表紙には「億万長者の法則」と書いてある。
「お前の方が何してんのだよ。いつから大学来てない?」
「えっと…ちょっと色々あって。」
「ふーん。まぁいいや。死んだかと思った。」
「勝手に殺すな。」
清水が笑った。
「じゃあ、元気なんだ。」
「うん。」
「あっそ。」
会話は続かない。
「じゃ、俺らは帰るわ。またな。大学来いよ。」
川田が言ったが、こっちのホームにいるってことは方向は一緒だろう。
「おう、またな。」
案の定、川田と清水はホームを少し歩いて先頭の方で電車を待っていた。
底に残ったぬるいビールを一気に飲み干し、弁当の袋に入れて括ったところで、駅のアナウンスが流れ、電車が来た。老人や高校生のグループが何人かいたが、相変わらず空いていた。
席に座り、スマホを開きかけ、ため息を付いて背もたれに持たれた。寝るつもりはなかったが、和貴は目を閉じた。商店街で見たサボテンが浮かんだが、それはすぐに消え今日のバイトのことを考えていた。何時からだっけ…。
電車が通過する音と高校生のおしゃべりが思考を邪魔してくる。気がつくと、最寄りの駅に着いていたので和貴は慌てて降りた。太陽はほとんど沈んでいた。
家に向かう途中、傘を電車に忘れたことを思い出した。あ、まぁいいや、どうせ捨てる予定だったし…
傘のことを思い出すと同時に、洗濯物のことを思い出した。危ない危ない、また忘れていた。
コインランドリーに着き、入り口近くのカゴに目をやった。よかった、まだ回収されていないようだ。和貴は入って一番左端の乾燥機を開けた。ムワッと甘ったるいにおいが鼻を刺した。
洗濯物を無事回収した和貴は、ベンチでガーガーいびきをかくおじさんを尻目にコインランドリーを後にした。心なしか早足になっていた。
あまりお腹は空いていなかったがコンビニで昆布とツナマヨのおにぎりを買って帰った。
家に着くと、洗濯物を布団の方に放り投げ、落ちてたリモコンを拾って適当にチャンネルを回した。クイズ番組をしばらく見ていたが、よく見たら2時間スペシャルだった為、CMに入ったところで消した。バイトまでちょっと寝られるな…
和貴は充電コードをスマホに差して、布団にうつ伏せになって目を閉じた。もう、今日の出来事は忘れた。というより、思い出すようなことがなかった。和貴はそのまま眠った。
明日も、明後日も、生乾きのあまったるくて吐きそうな人生がぐるぐると回っていくだろう。
この男もまた、ここの住人なのだ。