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人魚のあの子

作者: 浮空みどり

 浜に打ち上げられて、砂のついた痛々しい姿の彼女は、僕が近づくと、気まずそうに顔を髪で隠した。


 ギラギラと夕日に輝く鱗は、先日祖父の家で見た鯛のうろこと酷似していた。そう思うほどに立派であった。

 そして1メートル弱の魚のよう下半身。ひれも鱗も比例して大きい。半透明な紫色で、じっと見ていると人の肌をじっと見ている時のような、生きているその感覚を覚えた。


 僕は夕刊の配達終わりに、浜で佇んでいたのだが、遠目から見ると女の子が倒れている様だったので駆け寄ったのだ。


 近づいてみたら人魚だった訳だが、そんなことをあまり気に留めないで、すぐそこの自販機で麦茶を買った。


「あの、喉乾いてませんか。」


「人間……別に……。お構いなく。」

 顔を背けているので表情はつかめないが、少しだるそうに声を発した。


「脱水症状だといけないんで。飲んでください。いいから。」


「でも、」

 声が少しほどけた。


「遠慮しないで。ただの麦茶です。」


 沈黙が数秒、その間に、自分が活字の世界にばかり思いを馳せていたせいで、ありえない物もリアルに考える癖が、自分とこの人魚を助けているのだと、心の中で悦に入った。


 僕はふたを開けて、彼女の手の甲に冷たいボトルの側面を恐る恐る当てた。


 人魚は、しょうがないから飲んであげようと言わんばかりにそのボトルを掴んだ。


 髪をかき上げて飲む様は、とても気品にあふれていた。その間、尾ひれが上下に二、三度うごいた。


 それから大きく一度尾びれを跳ねさせてから、新たな発見をしたかのように「甘い!」と叫んだ。


「海水と比べて甘いってこと?」

「そうよ。でも、私たち、ちゃんと飲み水はあるのよ。」


「そうですか。」

「甘い水をどうもありがとう。人間。名前はなんて言うの?」


「僕は……」

「言わなくても知ってるけど。」


「え、じゃあ言ってみてください。」

「ていうか、宝の箱を探してるの。うちからとってきてくれない。」


「話聞いてました?」

 そうやって話しているうちに日がどんどん沈んでいった。

 宝の箱なんて心当たりもないし、何よりこの時間がずっと続いてほしくて僕は彼女との会話をやめなかった。

 20分もしないうちにサンセットは見事に二人を照らした。


 口づけはとっても冷たくて、唾液がひんやりした。

 ああそうだ、この子は転校して会えなくなったあの子だった。

 彼女は僕を見て、「温かい。」と微笑んだ。

否応がなく別れの時だと二人は悟った。

「せんべいの箱、捨てないでよ?」

 そう言うと、彼女はまた海に入っていき、あっという間にいなくなってしまった。さっきまでの出来事が本当だったのかさえ、僕は分からなくなっていた。


 必死に何もかも、なかったことにして地元を出ていくことなかったのかもな。とペットボトルのふたを閉めた。

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] もう会えなくなってしまったと思い込んでいた子の正体は意外なものでしたが、主人公はそれをあっさりと受け入れている辺り、順応能力がすさまじいなと思いました。一時期人間として生活していた人魚さん…
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