01:開幕る(はじまる)〜神から全知的生命体への挑戦状〜
業火に灼かれる世界。
空は紅に染まり、大地は荒野へと化し、海は怒り狂う。
少年は聖剣を構える。
「ニコル…何…するの…?」
ニコルと呼ばれるその少年は振り向き、笑顔で一言だけ返す。
「未来に託すんだ…。希望を」
聖剣の先から魔法陣が展開される。
その中心には、鍵穴を模した紋章がある。
[対価を選択して下さい]
少年は迷わず答える。
「僕の…全てを捧げる」
「ニコルの…全部…⁈駄目だよ!死んじゃうよ!」
「…ブラン…バッテリーあと何%?」
ブランと呼ばれる少女は俯き、呟く。
「…1%…機能停止まであと30秒…」
ニコルは笑う。
「なぁんだ。じゃあ30秒後、僕らの希望を、未来に届けよう。散る時は一緒って、約束したろ?」
「ニコル…」
無機質な声が問う。
[解錠呪文を入力して下さい]
ニコルはブランの手を握る。
「さっき教えたあの言葉、一緒に言おう」
ブランは頷く。
「「Once again」」
聖剣の刀身が鍵へと形を変え、鍵穴の紋章に入ってゆく。
ガコンッ
「ブラン、またね」
「ニコルも。またね」
…
「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」(Tout ce qu'un homme est capable d'imaginer, d'autres hommes seront capables.)
海底2万マイルで有名なフランスの小説家、ジュール・ガブリエル・ヴェルヌの名言だ。
僕はつい最近まで、この言葉にはいくらなんでも無理と限界があると思っていた。
あの日が訪れるまでは…。
01:開幕る 〜神から世界への挑戦状〜
玄野 時斗、17歳、高校2年生。
彼の普通で、平凡で、これといった特徴も無い高校生活2年目は、始まることなく突如として終わりを告げた。
時斗は、高校1年の頃は放課後に友達と一緒に映画見に行ったり、夏休みに海へ遊びに行ったり、休日にはみんなでバーベキューしたり、女の子と恋愛したりする日常をイメージしていた。
だが現実というのは無慈悲なもので、高校生最初の1年は時斗のイメージと反しなんともぼんやりとしたものだった。
「…どうしてこうなった」
高等部の屋上に仰向けに寝転がりながら時斗は嘆く。
その時斗の右手には、魔導書が握られている。服は初期装備となるレザーアーマー、腰には回復薬を入れるポーチと短剣。
「なんでだああああああああああああああ!」
ビル群の間をドラゴンが飛来し、スーツを着たエルフの会社員が地下鉄に乗り、獣の耳を持つアイドルたちがステージでコンサートを開催する。
そんな異世界と現実世界が混ざったこの世界に、時斗の悲痛な叫びは虚しく響いた。
───────1ヶ月前
「…ナタデココが出てこない…」
缶の飲み口を覗く。
缶の底にはナタデココがへばりついている。
この系列の飲み物によく起こる非常にタチが悪い現象だ。
振ってみるが出てくる気配はない。
仕方なく周りの見る目も気にせず口をア〜ンと開けて、缶を勢いよく振ったら出てきた。…が、床に落ちた。
「あ゛ー!!!最後の一個だったのにぃ!!!」
時斗は膝をついて、そこから床に手をついて崩れ落ちる。
「トホホ…」
床に落ちたナタデココを拾うとゴミ箱に捨てて床を拭く。
と、このようにホントに主人公かと疑いたくなるほど残念なこの男、普通、平凡、残念の三拍子、逆にここまで来ると特徴が無いのが特徴になってくる。それが玄野 時斗である。
今は訳あって妹と2人暮らしをしている。
高校1年が終わって春休み真っ只中、時斗はいつものように課題をしていた。
課題は2種類あり、1つ目はプリントやワークの筆記、2つ目は去年配布されたノートパソコンで授業動画を見るというもの。
今はその後者である授業動画を見ている。
課題一覧には授業動画を見て、黒板を板書するように書かれているため、ノートに板書しながら動画を見進める。
『このように、液体が気体に変化することを蒸発、その逆を凝固といい…』
すると急にピタリと動画が止まった。
「…ん?あれ?」
マウスを操作してみるが、動画は再生された状態になっている。
「バグかなぁ…?」
カチカチとマウスをクリックするがその行動に意味はなく、結局何も変わらなかった。
「あれぇ?おっかしいなぁ…」
ザザッガガガッ
「え?」
ノイズが走り、映像が乱れる。
「やばっ、壊した⁈」
バツンッ
画面が真っ黒になり、次の瞬間また映像が映る。しかし、それは時斗が求めているものではない。
「…な、なんだ…?」
その画面に映し出されたのは、真っ白なジップパーカーに身を包み、豪華な装飾がされた椅子に座った人物だった。
無論、フードを被っているので顔は見えない。
静止画にも見えたが、組んだ足が僅かに揺れていることから時斗はこれがどこからか撮影されている映像だという事を察する。
その人物はフードを被ったまま顔を上げる。
思ったよりかなり若い少年だ。
何歳くらいだろう。時斗と同年代が、又はその下か、それくらいの見た目をしている。
少年は椅子から立ち上がる。
『さぁ、知的生命体の皆さん見えてる〜⁈地球人のみんな、番組を途中で止めちゃってごめんね!僕は君たちがよく"神"って呼ぶ存在。あ、リモコン使っても意味ないからご注意を。この話はよく聞いて欲しい』
コホン。と神を自称する少年は咳払いする。
「な、なんだ…?」
時斗は困惑する。
少年は腕を広げると演説を開始した。
『人類!特にこの画面を見ているであろう引きこもりの君たち!君たちはこんなクソみたいな生きにくくて、馬鹿みたいに不条理なこの世界を出て可愛いヒロインや頼もしい仲間と共に、魔王を倒しに行くような冒険を夢見た事はないかい⁈』
そうカメラ目線で言うと、今度は右にもカメラがあるのだろうか、右を向いて話す。
『逆に異世界人!君たちは命をかけなくても毎月安定した収入が手に入る職業や毎日モンスターを狩らずともお金さえあれば美味しいご飯が食べられるのを夢見た事はないかい⁈』
無邪気な笑顔を浮かべながら少年は言う。
『そんな夢みたいな世界を、今回僕は作ることにした!あ、でもそれだけじゃあ危ない世の中になっちゃうから色々ルールを制定することにした。何事もルールがなきゃ混沌としちゃうからね』
1.この世界に現存するあらゆる言語は皆平等に読み書き会話ができるものとする。
2.害意ある殺傷は不可能。
3.これまでの生活の続行を希望する者を考慮し、魔物侵入不可の安全区域を用意する。
4.法律についてはその国の法に従う。
5.あとは好きにしろ。
『ちなみにこのルールは絶対に破れないように、既に世界の理を"イジってる"から。お互いで殺し合いでもしてみるといい。どういうワケかはすぐわかると思う。では今から1ヶ月後、12個の異世界を融合させる。カレンダーを見てごらん?0月って書いてあるでしょ?』
バッ
時斗は壁掛けカレンダーを見る。
「本当だ…‼︎」
確かにカレンダーの左上には、大きく[0月]と書かれている。
『んじゃ頑張ってね!ちなみにこの動画は動画配信サイトならどこでも見れるからね〜!他にも、この世界の理を解説したサイトを作ったから困った事があったら見てみるといいと思うよ!んじゃ、ばいば〜い!』
バツンッ
映像が消え、先程の授業動画の続きが何もなかったかのように再生される。
動画を再生するのは確かに時斗が望んだ事だが、今の彼にとってそれはどうでもいい事だった。
「何…何だったの今の映像…⁈⁈」
調べてみると、SNSには先程の動画やそれに対してのコメントが書かれている。
『今の映像見た?何アレ?ドッキリ?』
『ハッカーのテロ予告?こわくね?』
『何か映画の撮影かな?』
など、到底動画の少年を神と信じる者はいない。いや、信じるほうがおかしいだろう。
しかし調べ進めてみると、この動画はパソコンだけでなく、スマートフォンやテレビ、さらにはラジオや東京のビルに設置された巨大モニターまでもをジャックして放送されたものだということが分かった。
それだけじゃない。なんとこの動画、海外にも放送されたらしい。しかもちゃんとその国の公用語になっている。だが吹き替えではなくこの少年が喋っているように見える。
こんな若い少年がそんなに多国語を話せるようには見えないが、マルチリンガルなのだろうか。
時斗はカレンダーをもう一度見る。
やはり0月と書かれている事に変わりはない。
SNSにも0月のカレンダーについての投稿が見られる。
時斗はこのカレンダーが気味悪く感じてゴミ箱に捨てる。
キィ…
時斗の部屋のドアが開く。
「ゆきにぃ…」
その向こうに立っているのは純白のネグリジェを身に纏った、真っ白な髪をした少女。
玄野 紗織。時斗の妹だ。
時斗は紗織に駆け寄る。
「あ、ごめん紗織。起こしちゃった?」
紗織はふるふると首を横に振る。
「お腹空いた?何か食べる?」
紗織はか細い声で答える。
「パンが…たべたい…」
時斗はチラッと冷蔵庫を見る。
「分かった。あったかな…食パンでもいい?」
紗織はコクンと頷く。
「ちょっと待ってね。すぐに用意するから」
そう言って時斗はキッチンを見渡すが、食パンは無い。
時斗は一瞬考える。
「……ごめん、紗織、食パン買ってくる」
時斗は財布と買い物バッグを持って靴を履く。
「じゃあ行ってくるから、寝てるんだよ」
紗織は何も言わず頷くと自分の寝室へと向かった。
時斗は玄関の鍵を閉めて自転車でスーパーに向かう。
「あ、何買ってくるかメモ書き忘れた…まぁ最低限食パン買ってくればいいか」
一旦自転車から降りてスマホのメモ帳に食パンとメモを書くと再度自転車に乗る。
スーパーに着くと時斗は一瞬考える。
「僕の夕飯は…カップラーメンでいいか…」
買い物カゴを持って入店する。
食パンを買い物カゴに入れてカップラーメン売り場に行くが、時斗は先程の動画といいカレンダーといい、この先何が起こるのか全く予想できないので不安で頭がいっぱいだった。
自分の夕飯を買っている場合じゃない。
とりあえず適当なものを買って真っ直ぐに帰る。
「ただいま」
トタトタトタトタ
「おかえり、ゆきにぃ」
靴を脱ぐ。
「留守番ありがと」
紗織はゆっくりと頷く。
「んじゃ、パン、食べるか!」
そう言うと買い物袋から食パンを取り出した。
拝読ありがとうございます。
これから皆様の日常の楽しみの1ページを作っていけるように精進して参ります。