第4話
インフィニティーは水鏡第1部からの続きです。
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ここは小さな浮島。
時空と時空の狭間にあって、小さな浮島が点在している。なんの干渉も受けない不思議な空間にある。
その浮島には蓮の花が一面に咲いていていい香りを放っている。その横には小さな家が建っていて少し離れた場所にあずまやのようなものがあって、そこには少し大きな水を張ったオブジェのようなものがある。
その横に人影。
「君がいなくなって何年がたった・・・?」
そうつぶやく男。
長い髪を束ねもせず、ぼさぼさで手入れもしていない。
服も少しすすけていてよれよれだ。
方膝を立て、岩場に水を張ったすぐそばに座り、横には長い背丈ほどもある装飾を施した杖のようなものが立てかけてある。頬はコケ、目には生気もなく、唇は荒れて、ただぼーっと水面を見つめている。
その水面にすっと手をかざす。すると水面が凪ぎある少女の姿を映し出す。
「君にそっくりな顔をしている女の子・・・名はなんと言うのだろうね」
誰もいない空間にささやきながら、水面に映った少女を見つめる。
何年も前、男の大切な人が亡くなり、水鏡を使って過去の映像を垣間見ていた。
それが、ふとしたことから少女の姿が映し出されるようになって、時々覗いては彼女の元気な笑顔に癒されていたのだ。
その映像が揺らぎ、何かの裂け目のようなものが映し出される。裂け目の向こう側には、まったく違う空間が広がっている。
「また裂け目ができたんですね…今日は何事でしょう」
そういいながら立ち上がり、杖を握る。だんだんと、うろこのある身体に変わってゆき、羽根を広げ飛び立つ。
彼は時空間を守るドラゴンなのだ。
ある日の事。
男がまた水面を鏡にしていると、少女が裸同然の姿で崖の上から落ち、自分から死を選んで水の中に沈んでいくところが見えた。
男は驚く。
「…そんな!」
時空間を守るものは、ほかの空間の人間への介入は許されない。
どんな小さなことも、その後に大きく影響が出ることがあるからなのだ。
男はあせった。だれかが助けに来ないかと気を揉んだ。少女に龍神がついているのを知っていたので、龍神がくるはずだと男は待った。
しかし少女が水の中で息を吐ききり、水を飲み込み、もがき苦しみ、少女の動きが止まったとき、男は待てなくなり、とっさに水面の中へと手を入れる。
水面が光り、扉が開かれる。
水面から向こう側では本来の姿が映しだされる。ドラゴンの荒々しい鍵爪が大きく少女を捕らえ鏡のこちら側へと引き寄せられる。
あまねが意識を取り戻し目を開けると、そこは小さな部屋のベッドの上だった。すぐ横に窓があり、扉は開いていて、そこには一面見渡す限りの綺麗な蓮の花が咲いていた。
優しい日差し、しかし太陽が見えているわけではない。
ゴホッゴホッ・・・
体中がだるく、喉や鼻の奥がひりひりと痛い。
まるではじめて息を吸うかのような感覚。息をするたび胸が痛む。
「ここは…?何でこんなところにいるの?」
あまねは池に飛び込んだことをを思い出す。
「私は…死んだの?」
半身を起こしながらつぶやく。
あまねが身体を見ると、みたこともないような綺麗な服を着ている。
「おきたんですね」
そういいながら男があまねのそばによる。
「た・・・つ宮センセ?」
死んだはずのあまねの前に龍宮がいるはずがないので驚く。
「いえ・・・セイといいます」
セイと名乗る男は顔は龍宮にそっくりだが、やせこけているし、瞳の色が金色がかった緑色をしている。
あまねは龍宮のことを思い出すと同時に誓詞のことを思い出した。
とたんに顔を真っ青にし、体を震わせる。
「どうしたのですか?」
セイはあまねの肩に手を置こうとする。
ビクン と反応し、服の胸元を両手で握り締め後ずさる。
「い…や…近寄らないで…」
瞳に大粒の涙をため、首を横に振りながら後ずさる。
「もう……センセに合わす顔なんてないの…」
ショックでセイを龍宮と混同してしまったあまねは、立ち上がり部屋を飛び出し走り出す。
蓮畑を越えるとすぐに行き止まりまで来てしまう。
ここは時空の狭間、時空間の守人は狭間に浮かぶ小さな島のようなところで暮らしているのだ。
島の端は何もないただの空間。
あまねはそれを見て、ここがどうなっているのか、驚きを隠せない。
「な…なに?これは…?」
「こちらに来てください。帰りたくなければ帰らなければいい。見ての通り、ここはあなたのいた世界とは違う空間。次元と次元の狭間。私はその空間を守るものです。ここにはあなたを知る人は誰一人としていません。安心してください」
すこしづつ近寄ってくるセイ。
「そこは危険ですから。早くこちらにいらっしゃい」
落ち着いた低い声…しかし少しあせりの感じられる口調だ。
セイはふとあまねの額から血が流れ出していることに気がつく。
「急に動き出すからまた傷口が開いているじゃありませんか。何があったのか知りませんが傷の手当てをさせてください」
あまねは少し暖かいものが伝う感覚のある額に手を当て、その手をみると血がついていた。いつ傷を負ったのかわからなかったが、たぶん池に飛び込んだときあまり深い池ではなかったので傷ついたのだろう。
「人を治療するのは初めてで…少し治療が甘かったようですね」
そういいながら近寄ってくるセイ。
あまねは少し後ずさるがこれ以上は立つ足場がない。顔を見ながらゆっくりゆっくり自分を落ち着けてゆく。
≪龍宮先生じゃない。この人は知らない人。似てるけどまったく違う…大丈夫。あのことを知られることはないし、私を助けてくれた人…≫
セイは龍宮に顔はそっくりだが話し方や表情、物腰が大分違う。龍宮の人当たりをやわらかくした感じなのだ。
龍宮には今、会いたくない。会うと見透かされてしまいそうで怖い。あんな出来事があり、自分は汚く穢れてしまってもう昔のように無邪気に接することはできない。
セイが額に手を触れる。
びくっと反応するあまね。男の人に触れられるのが怖い。
「安心してください。傷を塞ぐだけですから」
龍宮に似た落ち着いた低い声、言葉使いはとても丁寧で優しい。そこは龍宮とは違うところ。
額から手を離したときには傷はきれいにふさがっていた。
セイは丁寧に額の血を拭いてゆく。
「何があったのかは知りませんが、今はつらくても、時が癒してくれます」
セイはあまねの顔色がだんだん青ざめていくのを見て取る。
「あなたはまだ身体が本調子ではありません。立っているので精一杯でしょう?無理をさせたくはないので抱えて部屋に戻りますが…いいですか?」
あまねがセイを怖がっているのを見て、やさしく声をかけ、説明してくれる。
さっきは無我夢中で走って逃げたのだが今、緊張感だけで立っているのがやっとの状態。
セイが助けたとき、心臓は止まり、肺には水が入っていて、身体は池の岩で受けた裂傷が何箇所もあった。本当に死ぬ手前だったのだ。
「だ…大丈夫です…歩けますから…」
そういって歩こうと足を一歩出すと、目の前が暗くなり、めまいがしてふらつく。
ふわっと自分の身体が浮くのを感じると、セイがあまねを抱きかかえて部屋へと向かっていた。
「何もかも忘れて、ゆっくりと眠りなさい」
それだけ言うとベッドへとやさしくおろし、出てゆくセイ。
セイがいなくなると硬く緊張していた身体が緩む。
一度は死を覚悟し、飛び降りた。どうやってここにこうしているのかはわからないが、助かったということは、運命は、神は、それでも生きろと言っているのだと思った。
あまねは声を殺して泣いた。
龍宮に合わす顔もなく、神社にも帰りたくはない。
誰も知らないこの空間にずっといるのもいいのかもしれないとあまねは思った。。