第3話
インフィニティーは水鏡第1部からの続きです。
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九州に着くと、家族中、神社中であまねを歓迎してくれた。
それはあまねが驚くほどだった。
ここの神社はあまねのいたところより大きく、家族だけではなく巫女や神職を養成する場所でもあり、家族以外の修行者も一緒に暮らしている。
そしてしばらくが経った日のこと。
あまねはここに来て青年の名前をはじめて知る。
「せ…誓詞さん…?」
「何度も私は自分の名前をお伝えしていたのですが、あまねさんは心ここにあらずでしたからね」
「す……すみません……」
真っ赤になってうつむく。
「いいんですよ。こうしてあなたは来てくれた。徐々に慣れていけばいいんです。そしてお互いのことも徐々に分かり合っていけばいいんですから」
「あ……あの?……その事でお話があります」
ここで話さなければと思った。
ここに来てから修行をしている人たちとあまねとの扱いがどうも違うのに気がついた。まるでもう家族になったような扱い。
この青年……誓詞も事あるごとにあまねの周りに現れ、べたべたと引っ付いてくるのでいくら鈍感なあまねもかなりへんに思っていたのだ。1年だけの修行をかねた手伝いだと聞いていたのに。
「その話は後にしましょう。今日は私服に着替えて町をご案内しますよ」
そういいながら肩を抱き家のほうに帰ろうとする誓詞。
「でも……今日のお勤めがありますから……」
断って離れようとすると、宮司にも了解を取っているという。
結局私服に着替え、町を散策する羽目になってしまう。
その時も話もさせてもらえず、相手のペースのままだ。
夜になり、ようやく開放されほっと一息つくあまね。
何度も話しを切り出そうとしたのだが、いつもはぐらかされ最後まで話すことができなかった。
その間も身体をべたべた触ってくる誓詞をやんわりとかわすのに精一杯気を使ってしまったので疲れてしまい、部屋に入ると布団を敷き、その上にどっさりと倒れこむと、そのまま寝てしまった。
どのくらいたったのだろう。ふと寝苦しさと、重さと身体の熱さに何かを感じ、目を覚ます。
自分のものではない荒い息遣いと、身体を這う熱いもの。薄暗い部屋にうごめくシルエット。体の上に何かがのしかかっている。
完全に目の覚めていないあまね。暗さに目を凝らし何かと目が合う。
「な……何をしているんですか?!」
びっくりして大きな声を上げるあまね。
上にいるのは誓詞だ。しかも半裸で。
大声を上げられたので反射的にあまねの口を塞ぐ誓詞。
「静に!皆がおきるじゃないか」
誓詞から逃れたくて体をよじって暴れるあまね。
「静かにしろ!こんな姿を他のものに見られたいのか!」
押し殺した低い声でそういわれ、その昼間とは違う鬼気迫る迫力に、抵抗するのをやめてしまう。
だんだんと目が慣れて来ると、自分は肌着だけでほかは何もつけていないことがわかる。
ショックと恥ずかしさと憤りで涙があふれてくる。ほかの人にこんなところは見せられない。
「おとなしくしていればいいんだよ。向こうの神社にはもう帰れない・・・いや・・・帰らせないようにするだけだから。
初めからこの家に来てもらうつもりで君を呼んだんだよ。女で巫女としての力さえあれば誰でもよかったんだけどね。君が一番女を感じさせる…そそるんだよ。それに元気で丈夫そうな子を産んでくれそうだし、巫女としての力は十分持っているだろう?」
女であれば誰でもいい…その言葉がうずまく。
≪ひどい…私が女だって言うだけで…こんなこと…≫
こんなときに龍宮の顔が浮かぶ。
≪だめだ…もう2度とあえない……こんなことがあった身体じゃ……≫
あまねは絶望し、完全に力を抜き抵抗をやめた。誓詞は観念したと思ったのか押さえつける力を緩め、続きをはじめる。
指が胸を這い、顔が近づく。
嫌悪感ではきそうになる。
≪イヤだ!≫
「いやっ!!」
渾身の力を込め誓詞を突き飛ばすと、戸をあけ外に飛び出す。
はだけた肌着を胸元でしっかり握り締め、山の奥のほうへと逃げる。
誓詞は後を追ってくる。
涙でぐしゃぐしゃになりながら走り続けると、行き止まりの崖になった。すぐ後ろには誓詞。
崖の下は池があり月の明かりが反射している。幻想的で龍神の池を思い出させる。その池をを背にして立つあまね。
どこにも逃げられない状況になり誓詞はあまねに落ち着くように言い聞かせながらにじり寄ってくる。
「ば…馬鹿なことをするんじゃない…ここの池は見た目より浅いんだ!怪我だけじゃすまないぞ!」
あまねはゆっくりと目を閉じひとつ深呼吸をする。
「龍宮先生…ごめんね」
そうつぶやくと3歩後ろに下がってそのままゆっくりと背中から倒れて行った。
誓詞があわてて走りより捕まえようとするが、指は身体をかすめ、池の中へと落ちてゆく。
ザバン!!
水しぶきを上げ、あまねは奥深く落ちてゆく。水の中に入り無意識に止めた息を意識して吐き出す。苦しくて息を吸うと水が肺の中に入ってくる。息が出来なくて、薄れゆく意識の中、一番会いたい人に別れを告げる。
≪…さよなら……聖……≫
その頃、龍神の泉では龍宮が湖に浮かぶ月を眺めていた。
そしてふと名前を呼ばれた気がして振り返る。
『センセ!…えへへ…来ちゃった』
あまねの笑顔がよぎる…だがそれは幻ですぐに掻き消えていく。
「あまね?…」
そこにはただ月に照らされた自分の影が伸びているだけだった。森の奥は真っ暗で何の音もしていない。
風もないのに湖の月がゆらゆらと揺らぐ。
龍宮は漠然とした不安を感じていた。