第2話
インフィニティーは水鏡第1部からの続きです。
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湖から降りながら、あまねは落ち込んでいた。
本当はまだ言ってないことがあるのだ。
先月九州から着た青年を、宮司に言われて付っきりで案内したことがあった。
実は今度行く神社はその青年の神社で、その神社からぜひあまねにお嫁に来てほしいと言われたのだ。
1度はあまねも宮司である義父も断ったのだが、再度の九州の神社からの強い申し入れに、宮司もほとほと困り、1年だけ修行に出すという形をとってくれたのだ。
あまねはまだ自分が結婚とかそんなのはまだ早いし、したいとも思っていない。
一生独身で巫女でもいいと思っているのだ。
親しみ慣れたこの神社をはなれるのはつらい。だが育ててもらった義父である宮司の顔を立てるために、行こうと思った。相手の神社に何かしらきつく断れない理由があるようなのだ。
「言わなかったら怒るんだろうなぁ〜☆馬鹿かお前は!・・・って」
それで”行くな”と言ってくれるだろうか?と考えるあまね。はぁ・・・とため息をつく。
「でも……”そうか”……はないよね! 1年もいないのに、遠くに行くのに”そうか”だけって!! だんだん腹が立ってきた!」
あまねは腹が立って神社への近道である竹林を、がさがさと足音を荒く立てながら進んでいく。
ちょうど手水舎の横に出る。水盤の上にはひしゃくが立てかけられていて龍の口からは湧き水が懇々とはきだされている。
あまねは周りを見回し、誰もいないのを見計らうと、汗が流れてきている顔にひしゃくで水盤から水をすくいかける。
「う〜〜つめたいっ!!」
ここの手水舎は湧き水を引いているので夏でもかなり冷たい。
今日はかなりの暑さなのでほおって置けばぬれた着物もすぐに乾く。
冷たい水、風が心地いい。心が凪ぐ瞬間。
水盤の中には透き通った綺麗な湧き水。水が流れつづけているので波紋が常に広がっていく。
あまねの顔が揺らいで映る。
《まるで私の心の中みたい》
あまねはあの一件以来、龍宮の前に行くと少しだけ照れくさくて、すこしだけ切なくて、少しだけ不安で、どう接していいのかわからなくて明るく元気に振舞うようになった。どうもあのキスをするときのドキドキする感じになりたくないのだ。龍宮のことは好きなんだけれどなんだかこわく感じてしまう。
朱音としての龍宮を愛する記憶も感情もあるけれど、あまねにはまったく別のことのように感じるのだ。
「あまねちゃん!!」
声のするほうを振り向くと、そこにはみなもが走ってきたのか、立ち止まって息を切らしてあまねを見つけ、安心したように一息ついている。
「どうしたの?みなも姉さま」
「……き……きてる……」
よほど急いでいたのだろう早く何かを言いたいのに体がついていかず、言葉が切れ切れになっている。
「はい……みなも姉さま……落ち着いて……」
そういいながらひしゃくに新鮮な水を汲みみなもに勧める。
「あまねちゃん!!きてるの!迎えが!!」
みなもは一気に飲み干した後、セキを切ったように話し始める。
九州の神社からあの青年が迎えに来ているというのだ。
しかも今日、すぐに出発するという。
「ええ!!何でそんなに早いの?出発は来月だって……義父様が……」
突然のことに驚きを隠せないあまね。
「あまねちゃん。早く早く!」
早くつれて来いといわれているらしく、あまねをせかし背中を押す。
せかされるがままに帰ると、荷物も何もかもが用意されていて出発するだけになっていた。
「あ…あの…友達にお別れを言いたいんですけど…」
「すまない…そんな時間は無いそうなんだ…」
本当に申し訳なさそうに宮司が答える。
「本当にすまない。修行に入るには早いかと思ったのだが、慣れるのは一刻も早いほうがいいと思ったので、近くまで来たついでにお迎えに来てしまいました」
にっこりと答える青年。
この間町を案内した青年だ。
「あ・・・大丈夫です、なんとでも連絡は取れますから…」
笑って答えるが、龍神である龍宮への連絡方法などない。
あまねは一方的に怒って帰ってきたまま、言いたいこともいえずに龍宮と別れてしまうことが心残りだった。このまま1年も会えないのだ。
少し時間がほしかったのだが、あれよあれよという間に出発する。
出発前、あまねは湖のほうをふと見上げる。なぜか二度と戻れないようなそんな感覚に襲われる。
ふるふると首を振り、そんな思いを打ち消す。
「どうしたのですか?」
青年が尋ねる。
あまねをやさしく気遣ってくれるが、瞳の奥には何か冷たいものを感じ、あまねはあまり好きにはなれなかった。
「いえ……」
湖のほうに視線を戻すと小さなため息をひとつついた。
「あ〜あ…行っちゃったね、あまねちゃん」
寂しそうにあまねの去った方角を眺めるみなも。
「これでペースを乱されずにすむ。静かになるわ…」
さっと神社へと向き直り、持ち場に移動するため足を進める。
「そんなこと思ってもないくせに…」
みなもは呆れ顔だ。
「1年は長いですね、お義父様」
宮司の顔を覗きこみ話しかけるが、険しい顔をしているのを見て何も言えなくなった。
「1年では…帰らないかもしれない…もしかするともう…」
「お義父様?」
宮司の様子がおかしい。
「私は無力だ…権力に逆らえず娘一人守ることも出来ない…」
「どういうこと?」
みなもは何のことかわからない。
「相手はあまねを気に入っていて嫁に来てほしいと言ったんだが断ったんだ。それでもしつこく言ってきて、1年間修行に来させろと…それであまねが気に入れば一生いていいと…まさか今度のように無理やり気に入らせるつもりでは…」
宮司は不安を口にする。
「まさか…そんな悪い人に見えなかったよ…」
さっきの青年の顔を浮かべる。
そう考えると、ただの一修行者にお迎えがくることなど不自然だ。
「……あまねちゃん!!」
みなもは胸の中に黒く広がっていく不安を抑えることが出来なかった。