第12話
*****時空の狭間*****
蓮の花畑の中。長い髪がキラキラと風に揺れている。
肩から薄いピンク色のショールを掛け、蓮を手折らないように掻き分けて花のある場所まで進んでいく。
よく見ると水の上数十センチ浮いている。
セイと暮らし始めて徐々に昔のやさしいセイに戻ってきた。暮らし初めはどこに行くにも離れず付いてきて、質問攻めでナビであることを確認するのだった。
目の前でナビを失ったショックは計り知れないものだったのだろう。仕事もそっちのけで、べったりしていたのだが、仕事をしろと上司に注意され、出て行かざるを得なくなったのだ。
「ナビ!また時空の裂け目ができたみたいだ。行ってくるよ」
少し向こうからセイが声をかける。
「ええ…いってらっしゃい」
振り返って笑顔でそう返事をする。
セイが行ってしまったのを見計らい、ナビは花畑を出て水鏡の場所へ行く。
昔はセイと二人でペアを組んで時空の管理をしていた。
なので水鏡の使い方もお手の物なのだ。
ナビが水鏡を使おうとするとロックがかかっているらしく何の変化もない。
セイが自分以外の人には使えないようにしてあるのだ。
「気づかれないよう解除できるって知らないのよねセイってば」
手馴れた手つきで解除し、検索を始める。水鏡で探しているのはこの身体のもとの持ち主。最近何度もここに来ては検索をしている。
セイは法を破ってよみがえりの術を使った。ナビをよみがえらせるために平行次元の違う自分の身体を引き寄せたのだろう。セイの考えることなどお見通しだ。
時々ふっと湖と人の影の映像が見えることがある。
これはもとの身体の持ち主の記憶ではないかと思うのだ。
映像と一緒にきゅんと胸が締め付けられるような甘い感情。
青い果実のような幼い恋のような感情。
自分は一度死んだ魂。
セイは二重にも三重にも法を犯している。
平行次元にアクセスして干渉したこと。この狭間に人を連れ込んだこと。そしてよみがえりの禁忌の魔法を使ったこと。
これがばれれば時空管理局に捕まってしまう。何とか気づかれないうちに元に戻さなくてはいけないのだ。
たとえそれがセイと分かれなければいけないことだとしても犯罪者として無の空間に入れられ、一生苦しみを味わうよりはいい。
でも膨大な次元のほんの小さな空間。座標も何もないところから探すのは砂漠の中の砂の一粒を探すようなもの。
この感情と、見えた映像を座標に組み込んで探す。
かなりかかったが、手がかりは少し掴んだ。
手をかざすと見えたのは湖。
「ここだわ!」
そう直感する。
人影の後ろに見えていた湖にそっくりなのだ。
しかし誰もいない。
座標をきっちりとセットして空間をゆがめ扉を開ける。
そこに何かを投げ入れる。
湖の中にきらりと光るものが沈んでいく。
「ナビ!?」
はっとして鏡を閉じ振り返る。
セイが立ってナビを見つめていた。
「何をしていたんです?」
厳しい顔でナビを見つめる。
「懐かしくて…見に来ただけよ…私が触れるわけないじゃない。ロックもかかっているようだし、ばれでもしたらあなたと離れ離れになるのに」
少し表情を緩めるセイ。
「びっくりしました。まさかと思って…いらぬ心配ですね」
にっこり微笑んでナビに手を差し出す。
ナビは手をとりセイに寄りそう。
「うっ…」
急に吐き気を催す。最近なんだか身体の調子がおかしい。セイに心配をかけたくないので黙っていたのだが、今日はセイの目の前、隠すことが出来ない。
「大丈夫ですか?ナビ…?」
「ええ…だいじょう…」
そういいかけてまた吐き気に襲われる。気分は悪いが、吐くわけでもなく…この変な感覚にナビは ハッ と息を呑み、おなかに手を当てる。
≪まさか…まさか…そんな…≫
「ナビ…?」
セイは不思議そうな顔でナビを見つめる。
「もしかして…もしかして…子供…ですか?」
ナビの様子からそうではないかと察する。
ナビはゆっくりと顔を上げて微笑んだ。
「え…?あ…わからない…たぶん違うわ…食べ過ぎたのよ…」
「いや!きっと赤ちゃんだよ!ナビ!なんて素敵なプレゼントなんだ!」
動揺を隠せないナビ。対照的にセイは驚きと喜びの混じった表情を浮かべ、ナビを抱きしめる。
喜んでいるセイを見てナビは心が揺らぐ。
≪子供…私とセイの…どうしよう…どうすればいい…?≫
ナビは複雑だった。この身体を持ち主に返そうとしているのに子供ができてしまっては元通りに帰すことは出来ない。
そしてこれでセイは罪をまた重ねてしまうことになる。
新しく芽生えた命。本来なら生まれることはなかった命。本当は生んではいけない命。
生きて幸せでいた頃あんなに望んでいた2人の結晶。
これがすべてに祝福されたものなら・・・幸せに暮らせるものなら…人の犠牲の上に立った幸せは本当の幸せではないのだ。
≪産みたい≫
いけないことだとわかっている。
反魂の術だけでも身体には負担なのに妊娠となるとどれだけのエネルギー負担があるのかは想像できない。
生むときに塵となって消えてしまう可能性もあるのだ。
けれど子供を生みたいという欲が出てくる。そして育てたいと…共に居たいと思ってしまう自分がここにいる。
でもこれは本当にあるべきものを歪めてしまったこと。
なかったことに出来ればどんなに楽だろう。セイは罪を重ねなくてすみ身体ももとの持ち主に返すことが出来る。
「ごめんなさい…」
小さな声でつぶやく。
授かった命、消してしまうなどできはしない。どこまでこの子供と一緒にいられるのかはわからない。
だが別れることになる日まではセイと子供と精一杯幸せでいよう。たとえ行く末に破綻が待っていたとしても…
そう…たった今、ナビは決めた。