第1話
インフィニティーは水鏡第1部からの続きです。
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ここは神社の山の中腹にある龍神の湖。
誰もここには近寄るものはいない。龍神がすんでいるというひっそりと静かな湖。
昔から龍神を怒らせ、日照りや洪水などが起きた為、山のふもとに神社を立て、鎮めるため祭っているのだ。
「あ〜〜あつっい!!」
一人の女性が走って湖のほうへと上がってくる。
神社の巫女の一人あまねだ。
走ってここまで上がってきたのと、今は真夏ということもあって、汗でびっしょりだ。湖まで来ると服を着たまま、ざぶんと湖の中へともぐってゆく。
そこに一陣の風が吹く。
草がザァッと揺れ、次の瞬間にはそこに人が立っている。
湖の主であり龍神の龍宮だ。
「なんだ……来たと思ったら早速水浴びか」
ため息混じりにつぶやく。
あまねにはしおらしいとか、女性らしいとか、そういう言葉が一切似合わないのだ。
「まるで子供だ」
呆れ顔で眺めていると後ろから声がする。
「何を言う……あまねのような魅力的な女性はそうそういないぞ……」
稲光を小さくしたような閃光が一瞬見えたかと思うと、そこにあまねをいとしそうに眺める紫藤が立っていた。
「また現れたのか紫藤……友人として遊びに来るにも限度があるぞ……」
冷たい目で紫藤を睨む。
「何を言う…あまねは喜んでくれている」
あまねが紫藤と龍宮に気がついて湖の中心から手を振っている。
それを眺め、にが虫を噛み潰したような表情で紫藤をにらむ。
「あまねあまねと呼び捨てにするな…」
と龍宮が言うと
「あまねには了承済みだ」
紫藤は満面の笑みで手を振るあまねに応える。
二人の間には、微妙に緊張感が漂っている。
あの件以来、紫藤はあまねが湖に上がるときを狙うようにして現れ、二人っきりでゆっくりできる時間などないのだ。
なので二人の間はまったく進展がない。
あまねは子供のように無邪気で、自分が女だという自覚がなく、今までと変わらず龍神と巫女、師弟の域を超えることはない。
それに毎回現れる紫藤だ。龍宮は半分あきれた状態だ。
「はぁぁ〜☆」
水を滴らせながらあまねが湖から上がってくる。
「やっぱり水の中は気持ちがいいよ。龍宮センセも紫藤さんも来ればいいのに」
水気を含みぴったりと身体に張り付く着物。
スレンダーだが意外とでるところは出ている女らしい曲線が浮かび上がっている。
ひとつに束ねている髪を解き、左右に首を振り、ばさばさっと髪の水分を飛ばす。そしてまたひとつに束ね丁寧に水気を切ってきちんと髪を束ねなおす。
左に首をかしげ髪を触る姿はそこはかとなく色香を感じさせる。
湖面に日が映りキラキラと光る。その光にあまねのうなじに張り付いた髪や体についたしずくがキラキラと反射する。
龍宮はそれをまぶしそうに見ながらたずねる。
「今日は涼みに来たのか?」
チラッと龍宮のほうを見てすぐに髪に視線を戻し、髪についたしずくをゆっくりと絞りながら
「……ううん……」
それだけ言うと、ちょっとだけためらって意を決したように話し出す。
「あのね……ちょっと別の神社にお手伝いに行くことになったの。そこでいろいろと教わってきなさいって。」
「どこに行くんだ?」
下を向き、言いにくそうに何度もためらう。
「……九州……に…1年……」
龍宮は一瞬驚きの表情を浮かべあまねを見る。
「そうか……」
返事をした龍宮のほうをゆっくりとのぞきこむように顔を上げる。龍宮は普通の顔ですましている。
「……それだけ?」
あまねは少し拍子抜けしてしまう。
「九州だよ!1年間だよ!離れ離れになるんだよ!」
「宮司が決めたことだ。仕方がないじゃないか。お前の一存で決められることか?」
「そ……それはそうだけど……」
むっとした顔を龍宮に見られたくなくて龍宮に背中を向ける。
引き止めるか、怒るか、どんな反応を示すのだろうと内心ドキドキしていた。
それがたいした事のないような振る舞いをされると、まるで自分などいなくても関係ないといわれている気がして腹が立つのだ。
「帰る」
そうひとこと言うと、神社へと降りる方向へ歩き出す。
「不器用だなぁ……”寂しい”くらい言ってやればいいのに。」
龍宮の態度にため息をつく紫藤。
「それを言ってどうなる」
「いや……」
にやっとしながらあまねが去った後の湖を見つめる紫藤。