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紺碧空のグライド・パス ——Azure skies of Glide Pass——  作者: ぎだ 輝雪
1.Everyone’s destinations and originate.
4/50

1 東京都八王子市の新居 #4

――六年後、二〇三二年――


『まもなく八王子はちおうじ、八王子、お出口は右側です。横浜線よこはません八高線はちこうせんはお乗り換えです』


 中央線ちゅうおうせん電車の自動アナウンスが車内にいる人へ次の停車駅を伝える。先日まで使っていた北海道の網走あばしり方面を結ぶ石北線せきほくせんでは、簡素な自動アナウンスとそれに付け加えるようにして車掌が肉声でアナウンスをおこなっていて、癖が強いと聞こえにくいこともあった。でも、話し終わると最後にマイクの電源を切る「プツッ」と耳に入る音。それに風情があり、なんとなくその瞬間が好きだった。


 電車の旋回とともに太陽の日が差す位置が変わり、目に優しく差し込んでくる。かすかにまぶしさを感じてまどろみから目を覚ます。ふと、膝の上に読みかけの小説本が視界に入った。この本は東京駅とうきょうえきで中央線に乗り換える際、時間に余裕があったのでふらりと立ち寄った本屋で買った本。どうやら本の第一部を読み終えたところで、寝てしまったようだ。内容は遠い異国の地で、何もない草原から始まり、主人公たちは冒険をしながら世界の美しさと残酷さの中を生き抜く物語で、どこかそのノスタルジックな風景や内容に誘われた。


 その本にしおりを挟んで、降車の準備をする。棚の上の荷物を取りおえると、ほどなくして電車は停車した。ドアチャイムが鳴ると同時にドアが開く。



『八王子、八王子。ご乗車ありがとうございました』



 重い荷物を複数抱え、多くの人が向かう方へホームを歩いた。さっきまで乗っていたオレンジ色の電車は、忙しなく駅を発車していった。

 電車が過ぎた後、ホームに風が吹き込み、私の後ろ髪をふわっと舞い上げた。風はまだ冷たいながらも、かすかに春の香りが混ざっている。東京とはいえ思っていたより空気がきれいだ。ホームの階段を上り、人の流れに身を委ね改札へと歩く。



『ピン、ポーン』



「んな!」と小声ではあるが思わずこぼれた。切符を右手側の機械に通したが、突然引っかかるような感覚がしたかと思うと、改札の扉が閉まった。


「お嬢ちゃん、荷物が引っかかっているよ」


 すぐ駅員が駆けつけてくれ荷物を引いてくれた。


「どうもありがとうございます……」


 恥ずかしさのあまり顔を俯かせながら感謝をしたので、小声になってしまう。



 気を取り直しコンコースへ出ると、私が住んでいた場所とは比べ物にならない人の多さに戸惑った。

 まずはこれから住む新居へ向かう。これから始まる新生活にワクワク――というよりも不安な要素の方が大きい。スマホで新居の場所を確認すると、駅からすぐそばだということに気が付く。天井はガードに覆われているためなのか、全然スケールの想像ができない。それに、こんなに人通りが多いところに本当にそれはあるのかと少々疑念を抱く。止まっていてもしょうがないので、ひとまず目標に近くなるまで歩いてみることにした。


 駅のコンコースを四〇メートル余り進んだだけなのに、電車に乗り遅れそうで走っていく人、六人ぐらいが横一列になって楽しそうに会話しながら歩く学生たち、電話口で謝りながら歩くサラリーマン、買い物袋をたくさん持っているカップル、子連れの母親、こんなにも色々な人にすれ違う。なんだかとても新鮮な感覚がする反面、どこか他人には絶対に干渉しないという冷たさも感じ取れる。これが都会という所だろうか。正直今からでもおじいちゃんの家がある北海道に帰りたい。それでも両手の荷物をぎゅっと握りしめ前に進む。


 もうしばらく歩いてみると開けた広場に出る。改めてスマホの地図を見ると、目の前にひときわ存在感がある大きな建物に目的地であるピンが刺さっていた。そこはおじいちゃんから聞いていた住所と一致している。



 ああ、そう来たか。

 


 これ以上どう反応したらよいのだろう、まさか東京に出てきていきなり雲を突き抜けるような高層マンションの一室が新居だなんて。私のおじいちゃん家(今では実家)は駅から徒歩三分程度だったので、それに似たような家あるいはアパートを想像していた。東京という場所の凄さを改めて痛感させられる。

 怯みながらも近くのガイド表に従い、とにかく足を動かした。



 入り口に到着するとあらかじめ持っていたカードキーでその高層マンションのエントランスを抜ける。初めて見る大理石の床を踏みながら奥へ進むと、茶色と白色のバランスがとれたおしゃれなロビーへ着く。いかにも裕福層が住んでいるような高級感漂うその空間は、私のような人には場違いにすら思える。雰囲気に圧倒され少しキョロキョロしているとマンションを管理している男性のコンシェルジュに優しく声をかけられた。


「これはこれは、綺麗な碧眼をしたお嬢さんこんにちは、何かお困りでしょうか」


「あ、はい。すみませんこれを」


 おじいちゃんからあらかじめ渡されていた白い封筒を、鞄の奥底から取り出しその人へ手渡す。封筒の中身をよく見たわけではないが、たぶん契約書類が入っているのだろう。



 シワ一つない黒いスーツのコンシェルジュは胸ポケットに差し込まれた金色の眼鏡をかけ、その封筒の中の書類を凝視した。


「二稲木様ですね。お待ちしておりました、どうぞこちらへ」


 コンシェルジュに応接室のような場所に案内された。そこではカードキーの登録と入居に関しての説明あった。エレベーターやゴミ処理のルール、共用宅配ボックスでの荷物の受け取り方や場所等を一つ一つ丁寧に教えてくれた。


「また何かございましたら、遠慮なくお申し付けください」


 一通りの説明が終わった後、コンシェルジュが優しく言ってくれた。私もいくらか不安が和らいだ。


「いろいろありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」


 深々とお礼をしてから荷物を手にエレベーターホールへと向かった。部屋の階数を確認している間に、エレベーターがやってきた。中へ乗り込み三〇階から最上階であろう六二階ボタンの中から五八階のボタンを押す。扉が閉まるとすぐに加速が始まり、やがて一の位がめまぐるしく回りだす。



 あっという間に五八階へ到着すると、先ほどの華やかなロビーとは打って変わって、ホテルの廊下のように落ち着いた雰囲気に変わった。部屋の番号を確認し、先ほど登録してもらったカードキーを玄関にかざす。認証に成功したかのような効果音とともに「ガチャッ」と解錠音が聞こえたので、期待を若干膨らませながら高級感溢れる玄関を開ける。

 

 部屋を確認すると間取りが3LDKとなっていた、一人暮らしをする私にとっては広すぎる間取りのようにも思える。家具を置ききったとしてもまだ余裕がありそうだ。日光が白い壁に反射していてとても明るい。



 昼過ぎに家具や家電が届く予定なので、まだ何も無いリビングで昼ご飯用にとっておいたおにぎりを食べながらひと息ついた。午後一時近くに、玄関の呼び鈴が鳴った。



「こんにちは、お届け物です」



 あらかじめ北海道の実家を出る前に注文しておいた家電や家具が届いた。本来であれば、実家から使える家具は引っ越し業者に頼む予定だったが、距離のコストと帰省したときに前のが使えるようにと、インターネット通販にて最低限生活に必要な家具などを揃えることにした。


 配置を特に考えていなかったので、適当において貰ってから自分で直そう。


「これで全部です。ところで学生さんなのにこれまたエライところに一人暮らしを始めましたね。もしかしてお父さんどっかの企業の社長さん?」


「余計なお世話です。こちらにも事情があるので」と言いたいところではあるが堪える。これ以降に会うかわからない人に、いちいち自身を語っていたらキリがないと思った。それに私をよく思わない人だって沢山いるかも知れない。そう考えると誰を信じればいいか分からない。


「本日はありがとうございました」


 私が素っ気なく言うと、業者の人はそれ以上聞くことはなくさっと帰っていった。

それからは色々な場所へ向かい、住民登録など必要な手続きを全て行い、終わる頃にはすっかり陽が落ちていた。一通り生活に足りない物がないかチェックしていたメモ書きを見ながらマンション下にある複合施設のスーパーで買い物をする。



 本来であれば入学前日でバタバタするのではなく、もっと余裕のある春休み中に準備をする予定だった。だが出発直前、母方のおじいちゃんが六年前の事件を解明しようと色々な機関を調査しているうちに理由もなく投獄され、そこで病死した知らせを耳にした。葬儀等で大幅に予定が狂ってしまった。



 そう、結局手がかりはおろか何も分からないまま起きた出来事。全て、全部が最悪だ。



 そんなやり場のない気持ちを切り替え、今はとにかく平凡な高校生を演じることにしよう。事件の真相解明と将来の目標のために今日、今この瞬間を精一杯生きなければならないと自分に誓ったのだから。

 新生活を始めて十数時間経つが全く落ち着かない。一人でちゃんと生活できる様々な不安と希望が入り混じる。



 時計を見ると既に午後一一時を回っていた。明日の学校に備え寝る支度をし、目覚ましを確認、まだおろしたての匂いがするベットの布団へ入り部屋の明かりを消す。暗闇の中で六年前の事故で機内の会話が記録された“ブラックボックス”と呼ばれるカセットテープの未だに一番謎が残るパートを再生する。このテープは死んだおじいちゃんが命をかけ入手したもの。



『それじゃあファイナルオペレーションをおっぱじめよう! 今この状況を最後まで楽しもうじゃないか!』



 お父さんはどうして緊迫した状況下でこんな言葉を口にしたのだろうか。そもそもあの事故は本当にお父さんたちの操縦ミスなの? 私は真相を知りたい。だから少しでもヒントを得られたらと思い、かつてお母さんと何かの研究を一緒にしていた関係者が務めている学校へと入学することを決めた。

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