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紺碧空のグライド・パス ——Azure skies of Glide Pass——  作者: ぎだ 輝雪
2.That should be many experience.
13/50

3 入部 #13

 五月に入ると日中は長袖ブラウスにスクールベストで過ごせるほど心地よい陽気になっていた。


 教室の窓から見える滑走脇の緑地から、タンポポとつくしが数え切れないほど咲いていて、和風に吹かれ揺られている。教室に目を向けると華雲は寒がりなのか、制服ブレザーの中に袖の長いカーディガンを着込んでいる。反対に悠喜菜は暑いのだろうか、長袖ブラウスを肘辺りまで捲り、ブレザーをスカートの上から腰に結んでいた。


「華雲、長袖の下にカーディガン着てて暑くないのか?」


「うにゃー、冷房下メッチャ寒いし、あれの風が吹くたび教科書のページがめくれるしイヤ!」


「そのうち席替えがあるといいけどな」


「あずちゃんもこんな時期に黒のタイツとかそれこそ蒸れて暑いでしょ」


「昼は暑いけれど朝晩はちょっとだけ寒いのよね」


 本当は腹部から太ももにかけて伸びている傷跡を隠すためにあえて履くようにしてる。脚の傷跡はちょうど高校三年生を過ぎたぐらいに消え始めると医者から言われている。が、やっぱり北海道に比べると昼間が暑いのは確か。



 この日はいよいよグライダー部に入部するという緊張感とワクワクする感覚に駆られ、一日中授業に集中できなかった。あっという間に、午後の一番眠くなる五時間目の数学の時間になった。私は窓から差し込む程よい光の暖かさにウトウトした。


「高碕さん授業中は寝ない! ほらここの問題やってみなさい」


 指名されたのが私ではなかったが、夢の中へ行きそうだった私の意識は教室に戻ってきた。

 数学の前田まえだ先生は眉間にしわを寄せながらチョークを黒板にカツカツと打ち付ける。まともに授業を受けていたとしても、やっとその数式の解が分かるかどうかなのに、彼女に解けるのだろうか?


 午後の昼寝を邪魔されたであろう悠喜菜は少し不機嫌な様子だ。


「これ漸化式で解いた方が早いじゃないですか。ここを分解したらこうなるので、解はan=3n-8ですよね?」


「せ、正解です。まだ教えていない範囲だというのに、寝ている割には、よ、よくできましたね」


 意表を突かれた様子の前田先生は眼鏡を人差し指でクイッと直し平然を保とうとする。いとも簡単に解を出したことで驚いたクラスのほぼ全員が、席まで戻る悠喜菜に視線を送る。


「じゃあ、解けたので寝てていいですよね?」


 当たり前かのように答えを出し、当たり前のように寝る宣言をした。


「ダメです! 先の問題でもやっていなさい」


 もちろん当たり前の答えが返ってきた。前田先生はやれやれと顔をうつむかせながら首を左右に振った。


「それでは、ぬぼーっとしている今泉さん。次の問題をやってみてください」


「え? あたしですか」


 華雲は慌てて左手にペンを持ち、解を出した。


「えーっと、答えはだいたい約三〇です!」


 クラス全体が一瞬沈黙したあと、前田先生はため息交じりに初歩的な解説を始めた。


「あの、数学にだいたいとか、おおよそという答えはありません。今泉さん」


 そもそも華雲の言うだいたいと約は重複しているのだけれど……。それにしてもどうやって倍率が三倍もあるこの学校に入学できたのか、少し疑問にすら思う。入試で偶然得意な問題が出たのか、それとも他で埋め合わせをしたのだろうか。


 解説を終わった後先生はもう一度大きなため息をついた。


「では、次の問題へ行きましょう……はぁー」


 授業が終了する頃には、前田先生は疲れ切った表情を浮かべていた。



 数学のあとの英語は順調に進み、帰りのホームルームの時間になった。私たちは三人でさっきの数学の話をしていた。


「今泉さん、後で職員室に来てください」


 担任の柴崎先生が華雲を呼ぶ声が聞こえた。


「お呼び出しを受けちゃった。さっきの数学のことかな? 部活へは先に行ってて」


「分かった、先輩にも華雲が“やらかした”って伝えておくから」


「ゆきなちゃん、それはちょっと……」


「まあ、任せなって」


 悠喜菜のその返事は「確約はしない」という語句を含んでいるかのように聞こえる。

 

 というわけで私と悠喜菜で格納庫へ向かうことになった。


「実際どんな感じだと思う? 部活の雰囲気とか」


「どうしたんだ急に」


「楽しみだけれど、その反面不安があるというか……」


「気楽にやればいいんじゃないか? リラックスだぞ」


「そうか、そうだね」


 格納庫へ到着する頃には心の準備ができていた。



 見学の時と同じ扉を開き、中に入ると既に数人がいた。私たちの位置から二人が機体のコックピットを眺めながら談笑しているのか視界に映る。その他にもう二人、格納庫にある翼が取り外された、いわば飛ばなくなった機体の昇降舵を前後に動かしていた。


「こんにちは」


 私は近くにいた桜ヶ丘先輩に挨拶をした。


「あ、どうも。あと一人赤髪の子は?」


「華雲ちゃんは遅れてきます」


「そうか、少し時間があるみたいだから、他の先輩に話すなり好きにしていいよー」


 この状況で「好きに」といわれても……。何をするのが最善なのだろうか。


「ねね、そういえば愛寿羽っちはフライト試験一位だったんだよね。どうしてあの時言ってくれなかったの?」


「それは……」


「さすが、僕が予想した通りなのさ」


 あのとき案内してくれた清滝先輩が寄ってきた。


「でもまあ、僕の方が操縦経験長いわけだし、まずは僕の指示に従わないといけないのさ」


「は? バカじゃないの、誰があんたの下になんかにつきたいと思うの? まったくすぐ調子に乗るんだから」


「相変わらず仲いいですね、お二人とももしかして付き合っていたりするのですか?」


 そっと悠喜菜が言う。


「いや幼なじみなだけで、特に付き合っているとかでは……」


「グフフ、そんなことを言われると照れるのさ」


 桜ヶ丘先輩は怖い顔をしながら清滝先輩の膝を蹴り上げた。


「ギャア‼」


 格納庫中に悲鳴が響いた。



「遅れてすみません! えっと、これはどういう状況?」


 華雲は慌ただしく格納庫に入ってきた。絶対どこかで一連の会話を聞いていたのであろう完璧なタイミングでやってきた。


 二年生の先輩方は、何事もなかったかのように上手く誤魔化しながら仕切り直しをした。悠喜菜は虎視眈々と、次に繰り出す“おちょくり”のタイミングをうかがっているようだが、特に何もしなかった。


「来た来た、これで全員だね。今年は四人……も入ってくれたね」


 私が知る限り同期は三人だけだと思っていた。部員の先輩方と部長付近が集まったときに、同じ学年バッジをした男子がその一人だった。悠喜菜ほど背は高くなく——いや、そもそも悠喜菜を基準にしたらダメか。男子の平均より少し高いぐらい。体格は清滝先輩ほどひょろっとしていなく、これまた平均ぐらいだろう。顔立ちは良いがこれといった特徴も無く強いて言えば誠実そうな印象。


「改めてグライダー部へようこそ。この部活は整備部門とフライト部門に分かれ、それぞれの個性を伸ばしている。そして俺は部長、三年航空整備科で部活ではよく整備をして、よく点検もするおおとり わたるといいます」


「ロケット花火の先輩だー」


 不意に華雲が小声で言うが、一見爽やかそうなこの先輩がロケット花火を職員室へ撃等としていたなんて……。人は見かけによらない。


「では三年生から自分の自己紹介と部活での役割を言っていって」


「……航空管制科三年柊木(ひいらぎ) 瑛眞えまです。……普段は生徒会会計と運航管理を兼務しています。部活では運航管理を中心に活動をサポートしています。……どうぞよろしく」


 黒い髪の毛が肩に掛かっていて、前髪がちょうど目のところでパッツンとなっている。更にそんなに表情を変化させないところが、どこか大人の女性を思わすような柊木先輩は、人見知りなのか控えめな声量で自己紹介を終えた。


「まあその、印象は多少暗めな人だけど、すごく頭がキレるからみんな頼ってあげて欲しい。よく運航室でコーヒー入れているから暇があったら尋ねてあげて。では次」


「それではお待ちかね、ヘリコプター科二年でフライト部門、清滝 有斗。そうさみんなの優等生男性アイドル清滝 有斗ですさ」



『………………』


「くたばれ」



 なんとも言い難い雰囲気が格納庫全体を包んだ。ついでに暴言も一瞬聞こえた気が——。この先輩のメンタルは一体どうなっているのだろう?


「えー、バカは置いておいて次行こうか……」


 慌てて清滝先輩はポーズをやめる。


「あ、ちょっと待って、どうぞよろしくなのさ」


「じゃあ楓の番ね。二年パイロット学科、桜ヶ丘 楓でフライト組です。よろしくね」


「彼女は整備も兼用で行え、実質両方の部門に対応できるから、機体で困ったことがあれば何でも聞くといい。そしたら、一年生は名前とクラス、フライトか整備の希望を紹介してください」


「あたしはD組今泉 華雲です。今の泉に、華の雲です。どうぞよろしくです! ちなみにフライト部門希望です」


「同じくD組二稲木 愛寿羽です。私もフライトを希望します。よろしくお願いします」


「私もD組、高碕 悠喜菜です。碕は旧字です。よく間違われるので、間違った場合しばきますのでそのつもりでお願いします。とりあえずフライト希望です」


「怖! さて、最後は……」


「はい、自分は竹柳(たけやなぎ) 雅力(まさちか)です。整備として活躍できればと思います」


「それでは一年生の皆さんどうぞよろしく。早速なんだけれど入部恒例儀式、全員に『フライター』を渡します」


 そう口にした先輩の横で清滝先輩が、カチューシャのような白い機械を配り始める。


「これは最近実用化が進んでいる、フライトログなどを記録するためのデバイス『フライター』なのさ。ただ飛桜の所有する機体は残念ながら、Logaris以外対応していないのさ」


 間髪を入れずにそのまま言葉を続ける。


「じゃあなんで今渡すのさって。それは伝統というしがらみってヤツだから仕方ないさ。最も早く配っておけば、学校側の在庫管理の負担が減るとか聞いたことがあるさ……」


「でも今度の改造整備で実習機と、飛行部のセスナに認識キット入れるってのは聞いたけど?」


「その『今度』がいつなのかまだ分からないのさ」


「このデバイスには、フライトのログデータとLogarisでは適正情報が入るので、くれぐれも壊したり、無くしたりしないよう、注意して管理・保管するように。な、どっかの誰かさん」


「僕みたいに、何個か無くしても大変さ」


「そうだね、清滝君。おまえは無くしすぎだぞ! 気を付けるように」


「はい部長、すみませんなのさ」

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