第6話 狼、ゲットだぜ
俺は落としてしまった宝石を探すミッションを受け、落としたという場所へと来たのだが。
「な、何だここは……! 右も左も草ボーボーじゃあないか!」
俺の足元には膝ぐらいまで雑草が伸びており、その雑草が視界一杯に広がっている。
畜生。あのおばあさん、どんなところを散歩してんだ。もっとオシャレなところを散歩しろよ。
「……やっぱり悪い予感が当たったわ。地図で示した場所がどう見ても草原だったからおかしいと思ったのよ」
「これは草原ってレベルを超えてるぞ」
こんな場所で親指サイズの宝石を見つけるなんて尋常じゃないな。2人じゃ一生かかっても終わらないぞ。
「くそ、すぐに見つからなかったらおばあさんには悪いけど依頼をキャンセルするしかないか……」
「ちょっと、言ったでしょ! ギルドカードを持ってない人間は信用が無いんだから、コロコロ受けた依頼を変えることはできないわよ!」
「な、何だと……?」
「だから吟味しましょうって言ったのに……」
ルリカは呆れた顔をする。これは非常にまずいことになった。
……ちょっと計算をしてみよう。1日で終われば日給5万イェンだが、1週間かけると日給約7000。ひと月もかければ1600イェンほどだ。
いや、この感じだとひと月でも終わらない可能性もある。来る日も来る日も小さな宝石を探して這いずり回る、まさに賽の河原状態だ。
「……ルリカはギルドカード持ってたよな。なら俺とは別の仕事をけることもできるはずだな? 最悪、ルリカの稼ぎに俺の人生を預けることになりそうだ」
「そ、そんなの嫌よ! なんで私があんたを養わなくちゃいけないってのよ!」
ルリカの怒りはごもっとも。だが、この目の前に広がる草原はちょっと前まで高校生だった男にヒモになることを決意させるほどのプレッシャーを放っているのだ。
「私も手伝うから、まずはこの辺を探してみましょうよ! もしかしたら意外とすぐ見つかるかもしれないじゃない!」
「そ、そうだな。まずはやってみるか」
探さなければ見つかる可能性は0だが、探せば0ではない。希望を捨てちゃいけないな。
意を決して草を掻き分けながら、地面を見る。小さな赤い宝石、必ず探し出して見せる!
*
「ふう、なかなか見つからないな。ちょっと休憩にしないか?」
「まだ1時間も経ってないわよ!」
探し始めて40分は経っただろうか。しゃがむ姿勢というのはなかなかつかれるな。
俺は手ごろな石に腰掛け、少し休憩することにした。
「もう~、休んでる暇なんてないわよ。この辺はただ草が生い茂ってるだけの場所じゃないのよ」
「へえ、他に何があるんだ? 風が気持ちいいとか?」
「そうそう、風が気持ちよくって散歩にもってこい……って、そんな訳ないでしょ! 狼が出るのよ、この辺は!」
なんとも素敵なノリツッコミ。だがその後に恐ろしい言葉が聞こえてきたぞ。
「お、おおかみ……?」
「そうよ! 基本は夜行性だけど、飢えた狼は夕暮れから活動を始めることもあるわ。だらだらしてると危険よ」
それはまずいな。武器は無い訳ではないけど、弾には限りがある。1匹2匹ならともかく、群れに襲われでもしたら大変だ。
昼食を済ませてからここに来たので、今は2時か3時ごろだろう。帰りの時間を考えると、遅くとも5時ごろに切り上げるのが賢明か。
「わかったでしょ? 休んでる暇はないの、はやく再開しましょ」
「いや、ちょっと待てよ……。狼か、もしかしたら使えるかもしれないぞ」
「え?」
狼ってことは、嗅覚が優れているはずだ。草に紛れて見つけにくい小さな宝石も、その嗅覚を利用すればどうだろうか?
闇雲に草を掻き分け続けるよりかは、そっちの方がまだ可能性があるはずだ。
「よし決めた。まずは狼を探そう!」
「えー……」
*
俺はルリカに作戦を簡単に説明し、今度は2人で狼を探し始めた。
もちろん、群れに出くわすのは避けたいので、姿勢を低くし一匹狼を探す。
「……! ミナト、あそこを見て!」
ルリカが息をひそめた声で、奥を指差す。その方向には揺れる草と、わずかに見える銀色の尻尾があった。
下を向いて草の根元を漁っているようだが、こちらの方が風下のようでまだ気付いてはいないようだな。
「あの銀毛、この草原に住むシルバーウルフで間違いないわね。きっとお腹を空かせているのよ」
「なるほど、じゃあ捕まえるか」
「……どうやって捕まえるのよ」
「ルリカ、おとりを頼む」
「はああぁぁ~っ!?」
俺がルリカに耳打ちすると、予想外だったようで大声をあげてしまった。
その声が狼にも届いたようで、草から顔を覗かせ耳をこちらに向けている。
「おい、声が大きい! 気付かれたぞ!」
「こんな美少女をおとりにするなんてあり得る!? あんた、サイテーね!」
ルリカは怒り心頭といった感じで俺の話を聞いていない。くそ、捕まえる方法も事前に摺合せしておくべきだったか。
狼はこちらに向かって走ってきている。標的はもちろん大声をあげたルリカだ。
「ちっ、『スライム銃』を食らえ!」
俺は銃を取り出し、狼に向かってびゅびゅっと発射した。だが、野生の感というべきか、直前で後ろに飛び退きそれを避けられてしまう。
予想通り普通に撃っても避けられてしまうようだ。やはりどうにかして隙を作らなければいけないが、それにはルリカの協力が必要不可欠だ。
狼は射撃を見て少し警戒したのか、わずかに距離を取っている。だが姿勢を低くし、いつでも飛び掛かってきそうな勢いだ。
「ルリカ頼む、力を貸してくれ。今回の報酬は4:1にするから」
「う……。たかが4万でこの体を危険にさらすなんて、割に合わないわよ……!」
お、少し気持ちが揺れている。これはもう一押しといったところか。
「魔法道具で必ず守るから! 俺を信じてくれ! このままじゃ2人とも狼さんに食べられてしまうぞ!」
「ううう~……! 4万5000イェン! それ以上はまけないわ!」
どうやらルリカは覚悟を決めてくれたようだ。叫ぶように言うと狼の前に体をさらす。
その間に俺は『メデューサ印の撮像機』を取り出す。判定の小さい銃がダメなら、このカメラで対応しよう。
勝負はきっと一瞬だ。俺は決して、シャッターチャンスを逃さない!
「ぐるるるー! わぉん!」
「きゃああーっ!」
「貰った! 石化しろ!」
狼がばねのようにルリカに飛び掛かる直前、俺はカメラのスイッチを押す。
強烈なフラッシュが辺りを眩しくし、視界が一瞬途切れる。
「きゃいん!」
「……! ば、馬鹿な、失敗したのか……!?」
まだ視界が戻っていない俺の耳に、狼の鳴き声が聞こえる。鳴き声が聞こえるという事は、石化していないという事だ。
治り始めた目を思い切り開けるとそこには……!
「し、しまったぁーっ! ルリカが石になっている!」
俺は間違いなく狼をカメラの中心にとらえたはずなのに、そこには石化したルリカが存在していた。
なんてことだ、狼よりも体の大きいルリカにカメラが反応してしまったという事か。
……いや、このチャンスを無駄にしてはいけない。狼は石化したルリカの体に歯が立たなかったのか、怯んでしまっている。
俺は『スライム銃』を構えると、狼に向けて発砲する。
「きゃいん……」
狼は白い液体を受け、体がドロドロに溶け始める。俺はすかさず『封印のカード』を取り出し、狼を捕まえる。
「ふう、何とかなったな」
俺はルリカ(石像)の方を振り返る。
……ちょっと想像とは違った結末だったけど、許してくれるよな?
※一匹狼…その名の通り、群れずに単独で生活する狼。孤高の存在っぽくて格好いいが、実際は群れを追い出されたいじめられっ子だったりする。