第32話 深き森へ
俺たちはクマに襲われた件について、執事さんと話をしていた。
「つまり、最近森で野生生物が暴れているという事を知っていて、あそこに泊まれって言ったわけか」
「申し訳ございません! 旦那様に口止めされていまして……。その、旦那様は冒険者のことが嫌いでして」
「さく……嫌いだからって、さく……そんな回りくどいことしてまで、さく……私たちを殺そうとするなんて」
ルリカは紅茶と共に出されたクッキーをさくさくさせながら憤慨する。口に物を入れながら話してはいけませんって母親に教えてもらわなかったのか?
「め、滅相もございません! 先ほども言いましたように、そんな危険な生物がいるとはつゆ知らず、ただ驚かせてこの街から追い出す程度なのかと……! お嬢様の命の恩人に、私はとんでもないことを……!」
執事はあせあせしながら狼狽えている。雇われは辛いなという事を異世界で教えられるとはね。
「最初から情報を教えてくれればもう少し覚悟ができたんだがな……。いや、執事さんを責めるつもりは無いけど」
「……申し訳ございません」
もう頭を下げるしかないって感じだな。このまま攻め続けても仕方ない、頭を切り替えよう。
「さく……でもなぜ伯爵様は、さく……冒険者が嫌いなのですか?」
……ダリア、お前もか。同じようにさくさくさせながら、今度はダリアが話を振る。
「……話すと長くなるのですが、地道に伯爵の地位を維持し向上させ続けた旦那様は、一攫千金を夢見る有象無象の冒険者が嫌いなようで。特に最近は、助けられたことをきっかけにお嬢様が冒険者に憧れるようになってしまったのでより一層……」
「なんだ、ミナトが悪いんじゃない」
「なんでだよ」
まあ話を聞くと原因と言えなくはないが、どちらかというと逆恨みじゃないか。
……とにかく分かったことは1つ。俺たちは歓迎されてないってことだな。タダで寝る場所を確保できてラッキーだと思ったけど、早めに情報収集しておさらばした方が良さそうだ。
「……わかりました、執事さん。俺たちも長居するつもりは無いですし、この街で用事を済ませたらさっさと出ていきたいと思います」
「……申し訳ございません」
今日何度目かわからない謝罪を聞き流すと、俺たちはその場を後にすることにした。
*
「ふっふー♪」
「……なんでご機嫌なんだ?」
屋敷を出て、森の管理小屋に戻る道中。だまし討ちを受けたルリカはてっきり怒っていると思ったのだが、さっきから何故かニヤニヤしている。
「クッキーが美味しかったのでは? 恥ずかしながら私も12枚食べてしまいました」
「夜ご飯食えなくなるぞ。まあ機嫌がいいなら別にいいんだけど」
「馬鹿ねー、クッキーごときで喜ぶわけないでしょ? まあ私は15枚食べたけどね! そんなことはどうでもよくて、私ったらまたイイこと思いついちゃったのよねー」
……でた。こいつの言うイイことは大体犯罪行為なんだよな。善良な市民である俺にはついて行けないが、聞いてほしそうな顔をしているので一応お伺いを立てておくか。
「へえ! 今回はどんな素晴らしいことを思いついたんだ!? 気になってしょうがない!」
「ふふん、やっぱり聞きたい? 聞きたいわよね!? いいわ、教えてあげる。私たちが止まった場所、森の管理者の為の小屋って言ってたわよね?」
「ああ、小屋にあった日記にそんな感じのことが書いてあったな」
「つまり、私たちは今、森の管理者ってわけ。だからあの森も私のモノってことよ!」
……どんな理論だ。
「あんな危険な森、仮に自分のモノだから何だって言うんだよ」
「危険で近づきたくもない森、それはつまりまだ人の手が入っていない可能性があるってことよ! 前人未踏の森を探索して、もし何か見つかったら全て私たちのモノってことよ!」
……要するに、管理者不在に託けて森のお宝をこっそり回収しようってことか。実際にお宝があるかは別にして。
まあ、街で情報収集したり魔法道具を買ったりするのもお金がかかる。自分で見つければ実質タダなので気持ちはわかるけど。
「……お宝なんてそう都合よく見つかるのでしょうか? 魔法道具は人が作ったもの。本当に前人未踏なら存在するはずがありません」
「何よー、相変わらずネガティブね。言っておくけど私とミナトが組んでから、魔法道具を見つけられなかったことなんてないんだから!」
一緒になってから一度しか探索に出かけてないんですがね。分母が1でも成功率100%と言えば100%ですわな。
……仕方ない、付き合うとするか。もし何も見つからなくても、夕食ぐらいはゲットできるかもしれないしな。果物とか木の実とか、あわよくば鳥とか。
「よーし、そうと決まればレッツ冒険よ! ……はっ、ちょっとぐらい準備をする必要があるわね。保存食買ってくるわ!」
どうやら冒険の前にまずはお買い物に付き合う必要がありそうだ。俺は街の方へ走り出したルリカを追って、トボトボと歩き始めた。