第31話 一夜明けて
突然俺たちの寝ていた部屋に侵入してきた熊。そいつが俺にその爪を打ち下ろそうとしたその瞬間、銃弾を顔面にぶち込んだのであった。
「やった、勝ったぞ!」
俺の『スライム銃』は当たりさえすれば一撃必殺。たとえ熊でも一瞬のうちにどろりんこだ。
「クマアアアッ!」
「え……?」
顔射された熊はその命中した部分からどろりと溶け始める。だが、全身がスライムになる前にその巨体が俺の方向へ倒れてきたのだった。
「うわわわ!」
「危なーいっ!」
俺が巨体に押しつぶされそうになった時、ルリカがヘッドスライディングで突っ込んできた。そのまま一緒におしっだされ、壁に頭をぶつける。
「痛てて……」
「ふう、ヤバい所だったわ。感謝しなさいよね」
え? まさか、助けてくれたのか? まだこの女にそんな感情が残っていたとは……。まあそれはそれとして。
「ふう、こぶができてしまったな。……よし、熊は何とか退治できた」
頭をさすりながら立ち上がると、さっきまで熊がいたところにはどろどろの物体が広がっていた。
かすかにまだ手足と判別できる部分が残っているが、完全に動きを封じたと言ってもいいな。
「どうするわけ? カードに封印するの?」
「いや、シルバと共存できなさそうだ。スコップですくって庭に捨てよう」
シルバをちらっと見ると、部屋の隅で丸くなっていた。我がパーティーで一番の貢献度であるシルバの意思を尊重して、ここは熊に犠牲になって貰おう。
可哀想な熊さん。だけどここには鳥獣保護法はないのである。恨むなら異世界に生まれたことを恨んで欲しい。
「やれやれ、まだ夜中だってのに……。流石に壁に穴が開いた状態じゃ寝れないな。ルリカ、手伝ってくれ」
「ええ。さっき助けたじゃない」
「それはそれ、これはこれだ」
俺はルリカと手分けして、部屋の壁を簡単に塞ぐことにした。
*
「はあ……。このぐらいでいいか?」
「まったく、なんで私がこんな泥臭い仕事を……」
壁を修理し始めて数時間。塞ぐためのものは倒れてボロボロになった本棚ぐらいしかなく、また、釘やハンマーといった道具もなかったためかなり時間がかかってしまった。
とりあえず汚いボロ布を張って、虫が入ってくるのを防ぐだけの簡易的な壁を作ることには成功したな。
「あー! もう朝日が昇り始めてるじゃない!」
「うわ、本当だ」
気が付けば外は明るくなり始め、朝日も窓に差し込み始めた。夜更かしはお肌の天敵だって言うのに……。
「おはようございます。御二人とも、早いですね」
「……今起きたのかよ」
どうやらダリアは熊の襲撃にも俺たちの壁修理にも気付かず寝ていたようだ。……実はこいつが一番図太いのではないだろうか。
「何今頃おはようとか言ってんのよ! 罰として床に散らばったガレキぐらい片付けなさいよ!」
「? 何故あなたの命令を聞く必要が?」
「俺からも頼む。一睡もできなかったから寝かせてくれ」
「分かりました。つるつる鏡面仕上げまで床を掃除させていただきます」
突っ込む元気も掃除する元気もない。俺はここに来て初めてダリアに命令を下すと、2度寝をすることにしたのだった。
*
翌朝。……もとい、昼下がり3時ごろ。
俺は一応報告をしておこうと思い、まだ眠たい目をこすりながら再びお嬢様ハウスを訪れていた。
何というか、変なタイミングで寝ると倦怠感が抜けないな。横をちらりと見ると、ルリカも大あくびをしている。
「お二人とも、まだ眠そうですね?」
「……当たり前でしょ。昨日の夜はもう大変だったんだから。あんたが目が覚めない方がおかしいのよ」
「私は寝ると朝まで起きない体質ですので。ですが、その方が良かったかもしれませんね。お二人の破廉恥な姿を見ずに済みましたので」
……なんだかダリアに勘違いされている気がするが、気力がないので無視して屋敷の門をくぐる。
「これはこれは、ミナト様。御無事でしたか?」
門を跨いだところで、ちょうど庭いじりをしていた執事さんに出会った。やや心配そうな表情をしているように見える。
「御無事でしたかって……もしかして熊が出ることを知ってたのか?」
「何ですって!? お嬢様の命の恩人に対してどういうことなの!」
「く、熊……!? いえ、私はただ、野生生物が近くに出没するという事だけしか……」
俺たちが言葉尻を捕らえ詰問すると、しどろもどろになっている。何か隠していることは間違いなさそうだけど、熊のことは本当に知らないように見えるな。
「……分かりました。今は旦那様はお留守です、少し話をさせていただけませんか?」
「お詫びに紅茶ぐらいは出るんでしょうね?」
「もちろんでございます。お菓子も用意しましょう」
執事はそう言うと深々と頭を下げ館へと案内を始めた。
「やったわね、夕食代が浮いたわ♪」
……クマに襲われてお茶菓子では割に合わない気もするけど。
俺はルリカに呆れてため息をつくと、気を取り直して執事に従い館の中へ入ることにした。