第22話 越えてはいけない
「おいおい、なんだ? ヒョロガキの癖に俺たちとやろうってのかあ?」
荒くれ者3人組は、俺が構えた銃を見て間抜けな声を上げる。
どうやらまだ見くびっているようだ。射程距離まで近づいてドロドロにしてやろう。
「へっ、まあいい。お前の魔法道具も奪うとするか。扉をどうやって破ったか知らねえが盗掘の役に立ちそうだぜ。『アクアヴェールポット』、発動!」
「……これは、さっき見た奴か」
ボーゲスが小さなポットを擦ると、水が溢れ出し3人組の体を覆う。この姿で蜘蛛の群れに突っ込んでいったところを見ると優秀なバリアになっていることは間違いない。
「こいつはよー、旅の商人から奪い取った物だ! どんな攻撃も水の流れで受け流す! しかもこっちからの攻撃はちゃんと通すという優れもんだぜ!」
そう言うと手下たちが剣を抜き、ボーゲスの両脇を固めるようにフォーメーションを取る。3人がかりで俺と戦おうというつもりらしい。
「土下座して魔法道具を差し出せば命だけは許してやるぜ~? たまたま会ったやつの為に下らねえ正義感を振りかざすことはねえぜ!」
「正義感? 違うな、俺がムカついたかどうか、それだけだ。お前らはラインを越えたんだ、人としてのラインを」
人には、許せるラインとそうでないラインがある。
夕食3日連続カレーは許せても4日目は許せないように。「ピノ1個ちょーだい」は許せても「雪見だいふく1個ちょーだい」は許せないように。
仲間を騙し、裏切り、あまつさえ命を奪おうとするなど、許してはいけないんだ。善悪でも損得でもなく、1人の人間として。
「へっへっへ、すぐには殺さないぜ~? 兄貴に謝罪の言葉が言えなくなっちゃー困るからな」
「その銃、試してみるか? 兄貴の魔法はどんな攻撃でも防ぐぜー? 俺たち3人は衛兵20人を返り討ちにしたこともあんだよ」
手下2人組は挑発しながらも、二手に分かれ両側からじりじりとにじり寄ってくる。ここにきて挟み撃ちなんて、卑怯さが遺伝子にまで刻まれていそうだな。
「いや、銃は必要なかったかもな。もう勝負ついてるから」
「あん、何言って……」
その時、ガシャっと何かが落ちる音がした。音がしたのはボーゲスの方向だ。
「え? あ、兄貴ぃぃぃー!?」
「あ、あ、あ、兄貴が、石にぃ!」
ボーゲスは既に物言わぬ石像となっていた。手下のくだらない挑発を無視してさっさとカメラを使ったからだ。
水の壁で攻撃は防げても、カメラは防げなかったな。次からはコーヒーで壁を作ると良い。
そして、ボーゲスの手から魔法道具がこぼれ落ちたせいか、水の壁もすっと消えてしまった。
俺は唖然とする手下に対し、銃を見せつける。
「さてと、試し撃ちしても良いんだったかな? どっちから先に撃たれたい?」
「ひ、ひいいぃぃ~! お助けっ!」
「あ……。まったく、ボスを置いて逃げやがった」
手下の行動は早かった。銃口を向ける前に背を向け、脱兎のごとく逃げ出していた。
俺はため息をつくと、ベルトに銃を挟む。
「……一撃必殺はいいけど、反省の時間さえ与えないのは何だかな」
俺はボーゲスに近づき、懐をまさぐる。この性格の悪い男のことだ、貴重品は肌身離さず持ってるだろう。
「お、片眼鏡発見。あとこれは……宝石?」
俺は少女から奪ったであろう片眼鏡とは別に、大きな赤い宝石も見つけた。これも少女から奪ったのだろうか?
まあ本人に聞けばいいな、一応持っていこう。
「そうそう、ついでに魔法道具も……!? わ、割れているっ!」
俺は折角なので水のバリアを張る魔法道具も回収しようとしたが、落下の衝撃でバキバキに割れてしまっていた。
やれやれ、俺は派手な魔法と縁がないようだ。
「ちょっとミナトー! こっちを手伝って!」
「おっとそうだった。ルリカ、大丈夫か? 彼女の様子は?」
背後から声が聞こえ、振り返ると既にルリカも目に届くところまで近づいてきていた。
シルバと一緒に少女を引きずってきたようだ。病人なのに雑な扱いだ。
「どうだ、解毒はできたか?」
「それが、薬を使っても目を覚まさないの……! もう体力がないんだわ、早く病院に連れて行かないと」
俺は意識を失ったままのダリアを見る。息も荒く、かなり苦しそうだ。
だが、ここから街までは馬車で1時間ほどかかるうえ、その馬車もこんな辺鄙な場所はそうそう通らないだろう。
……このままではまずいな、何とかしなければ。
「仕方ない、カードを使うか」
「まさか、弱っているところに付け込んでこの子を奴隷にするつもり!?」
「……誤解を生む表現は止めろ」
あくまでこれは緊急避難だ。それに幸い彼女は鑑定士なので、後でカードを見て貰えば解除方法もわかるかもしれない。
他人にいきなり剣を振りかざす目の前の女と違ってダリアは被害者だ。元気になったら解放してあげるべきだな。
俺は白紙のカードを取り出すと、そこに彼女を封印した。
「これでひとまずは良し、だな。ルリカ、帰ろうか」
「この石化したおっさんはどうするの?」
「……逃げた手下がそのうち助けに来るだろ」
ルリカはさっきまでの恨みが消えていないのか、おっさんの石像を睨みつけている。
「ムカつくしパンツを下ろしていこうかしら」
「止めとけよ、俺はグロいのは苦手なんだ」
俺はもうここに用は無いと判断し、遺跡を出ることにした。
……やれやれ、長い1日が終わったな。
*
その後、街へ戻った俺たちはダリアを病院に連れて行った。病院と言っても教会と一体化した、ベッドと簡素な食事が出るだけの施設だ。
ナース兼シスターという属性もりもりの女性にダリアを預けると、その日はもう遅かったので翌日改めて顔を出すことにした。
そして翌日、俺たちは教会に再び足を運んだのだが。
「教会が開くのは10時かららしい。少し早起きしすぎたな」
「まあいいじゃない。このオシャレなカフェでゆっくりしましょ」
9時ごろに教会を訪れた俺は門前払いを食らってしまったので、ルリカとカフェで時間を潰すことにした。
時間がたっぷりできてしまったので、俺はバッグを椅子に掛け、少し今後について考えることにした。
俺のバッグには遺跡で手に入れた壺と芋虫、そして荒くれ者から奪った片眼鏡と宝石がある。ダリアが元気になればそこに付け入ってタダで鑑定してもらう、そんな算段だ。
「それにしてもあんた、見直したわよ」
俺がぼんやりと考え事をしていると、沈黙に耐えられなくなったのかルリカが口を開く。
「ん? まあな、流石の俺もあいつらの行動は許せなかった。つい体が動いてしまったというか……。なんていうか、俺の中にも人間が残ってたというか」
「そっちじゃないわよ。彼女を病院に連れて行ったことよ。ただでさえ借金もあるのにやるじゃない。自己犠牲の精神ね」
「……? 何の話だ?」
「治療費の話よ。20万ぐらい取られるんじゃない?」
「に、20万!?」
どういうことだ。なんでベッドと飯だけでそんなに取られるんだ。そんなんじゃ、仮病でおちおち学校を休むこともままならないぞ。
「ほ、保険とか無いのか?」
「……何よ、保険って」
やれやれ、まったくふざけた異世界だな、ここは。
俺は日本に根付く国民皆保険のすばらしさを改めて噛み締めつつ、これからは貯金をしようと心に決めたのだった。