第19話 水の加護
遺跡の分厚い扉をくぐり抜けた俺たちは足元に気を付けながら更に奥へと進んでいた。
「……! 見て、ミナト。階段があるわ」
ルリカが手に持っていた松明で足元を照らす。どうやらこの遺跡にはもう一階層下があるようだ。
畑の地下にあったとは思えないほどの大きさだな。
「なんだかお宝の匂いがビンビンしてきたわ! 早速降りてみましょう!」
「いや、ビンビンしてるのはお宝の匂いだけじゃない。よく見てみろ」
「え? ……きゃあっ! 蜘蛛がいっぱいよ!」
深淵につながるかのような階段の奥にしっかり目を凝らすと、そこには大量の蜘蛛がひしめき合っていた。
さっきまで居た部屋とは比べ物にならないほどで、避けて通ることは不可能だな。マイクラならスポーンブロックがあるに違いない。
「ちょっと、これじゃ進めないじゃない! 絶対この先が怪しいのに!」
「確かに……これは『スライム銃』じゃ乗り越えられないな」
何という事でしょう。挑発に耐えて温存した武器の意味がないではありませんか。
ルリカはジト目でこちらを見ている。わかっているさ、こんなことならアホどもを撃っておけばよかったって言いたいんだろう?
「おいおい、地下への階段がありやがるぜ!」
降りることが出来ずに立ち往生していると、後ろから声が聞こえてきた。アホども登場って感じだな。
「どけ、手前ら! どうやってあの分厚い扉を開けたか知らねえが、先に行くのはオレたちだ!」
俺が少し距離を置くと、どたどたと階段へ向かっていく。
「ふん、行けるもんなら行ってみなさいよ」
「……おおっとぉ、毒蜘蛛がいっぱいいるじゃねえか」
男たちは階段に足を一歩踏み出したところで立ち止まる。そのまま突っ込んでくれればよかったんだがな。
「兄貴、どうするんすか?」
「ばっかおめえ、オレの魔法道具を忘れたのか? 『アクアヴェールポット』、オレたちを水のバリアで包み込め!」
男はその姿に似つかわないオシャレなティーポットを取り出す。するとその注ぎ口から水が溢れ出し、男と部下たちを取り囲んだ。
水のバリアと言っていたがまさしくその通りに、全身を包み込む数センチほどの水のスーツが出来上がった。
……なかなか格好いい。攻撃ではなく防御魔法のようだが、水のバリアというのが神秘的で良いではないか。
「おいダリア! てめーもちゃんと来いよ、宝を見つけたらすぐに鑑定してもらわなきゃなんねーからな!」
「……はい」
男は無言で控えていたダリアも水のベールで包み込む。こいつらとダリアの関係性はよくわからないが、まあそこは今は置いておこう。
「よし、手前ら行くぞ!」
「へへ、じゃあなガキども!」
「オレたちが高を取ってくるのを指でもしゃぶって待ってな! ひひひっ!」
指はくわえて待つものだと思っていたがこの世界では違うらしい。男たちはこんな時でも挑発を忘れずにゲラゲラと笑いながら階段を下りていった。
ダリアも無言で一礼だけすると俺たちの前を通り過ぎていく。
水のバリアの前には蜘蛛も何の障害にはならないようで、奴らはノンストップで階段を下りていき、やがて見えなくなった。
「くうぅぅぅ~っ! 悔しい、まったくもってムカつくわっ!」
ルリカは足で地面をだんだんと打ち鳴らす。悔しいオーラが全身から発散されているな。
だが、悔しいのは俺も同じだ。我慢した結果、何の成果も得られていないのだから。
「くうーん……」
「シルバ……。あんたはいいわよね、おやつを見つけたんだから」
あんまりな負のオーラを感じ取ってか、シルバが珍しくルリカの足元にまとわりつく。
アニマルセラピー効果もあってか怒りは和らいだようだが、今度はあきらめの境地に入って悲観オーラが出てきたな。
「……くっ! ミナト!」
「おい、いくら悔しいからって階段に燃料撒いて火をつけるのは止めとけって!」
「そんなこと考えてないわよ! こうなったらさっきの部屋をもう一度徹底的に探すわよ! あいつらが見逃したお宝を見つけて見返してやるんだから!」
なんと、そんなことを考えていないだと? こんなところで成長を感じるなんて。
俺も重い足取りに喝を入れると、さっき破った扉に向かって歩き始めた。
「……? どうしたシルバ? 壁をじっと見つめて」
扉を跨ぐ直前で、シルバが壁の方を見つめる。俺には何の変哲もない土壁に見えるのだが。
さっきまでシルバが咥えていた『かじりん棒』は今は俺がバッグに入れてある。さっきまではそれに夢中だったが、また別の匂いを感知したのかもしれないな。
「この壁、何かあるんじゃない? 匂いのするものが埋まっていたりして」
「土が押し固められた普通の壁にしか見えないけど……。ちょっと掘ってみるか」
「よし、任せなさい! 地獄まで掘り進んでやるわ!」
果たして水平方向に掘り進んで地獄にたどり着くかは不明だが、ルリカはサバイバルナイフを使ってザクザクと掘り進め始める。
「うりゃうりゃうりゃ……。あ痛ったーっ……!」
「……大丈夫か?」
「な、何か固いものに当たったわ……。うう、衝撃が手に……」
俺はルリカに代わってサバイバルナイフを受け取ると、何かに当たったというところに刃を立てグリグリと壁を削る。
……すると、土壁がボロボロと削れ落ち、そこからまた別の扉が現れたのだった。
「……! みて、これは隠し扉よ! ……ふふふ、きっと本命がこっちにあるんだわ!」
確かにルリカの言う通り、隠された扉の方がお宝が隠されている可能性がある。冒険者のカンが無い俺でもビンビンに感じ取れる。
「あの地下への階段はフェイクよ! 侵入者に奪われないように罠として毒蜘蛛の階段を準備して、本当に大切なものをこっちに隠したに違いないわ! ミナト、早く早く!」
一理ある話だ。この遺跡がかつて倉庫や宝物庫だったのなら、持ち主にしかわからない隠し扉の存在も頷ける。
この世界はゆとり向けRPGではない。スーファミ時代の激ムズクソゲーのようにノーヒントで隠し通路を見つけなくてはならないのだよ。
「よし、土壁はほとんど剥がれたぞ。鍵もかかっていない様だし入ってみようか」
「まって、一応軽く土をかぶせていきましょう。あいつらに横取りされたらムカつくわ!」
「そうだな。シルバ、悪いが留守番を頼む。俺たちが扉を閉めたら軽く土をかぶせてくれ。その後はあのアホどもに見つからないように近くで隠れておくんだぞ」
「わん!」
まったく、狼って最高だぜ。これからの時代、猫やハムスターなんていらない。やっぱり賢くて可愛いイヌ科ですよ。
俺は帰ったら豪華な肉を買ってやろうと心に決め、扉をくぐり抜け始めた。
*
人一人がやっと通れるほどの扉をくぐり抜けると、扉にざっざと土の当たる音がする。上手くやってくれているようだな。
はやる気持ちはあるが、一応毒蜘蛛に気を付けながらゆっくり、ゆっくりと進んでいくと、やがて開けた部屋へとたどり着いた。
「み、ミナト! 見てあれ! 宝箱よ!」
「おお、しかも2つ!」
部屋の奥にはたった2つだが、立派な箱が並んでいた。小さい箱と大きい箱が並んでおり、小さい方は30センチ角、大きい方は1メートルほどはありそうだ。
そして両方とも立派な金の錠前が付いている。これで中身が無ければ逆にビックリだ。
……やはりこの勝負、最後に勝つのは我慢をした方だったな。