第16話 競争
ルリカは馬車の中で、クッソくだらないことでヒートアップしていた。
「大体あんた、この乗合馬車を使用してるってことは"覚悟"しているんでしょ! 同乗者に話しかけられる、その"覚悟"を!」
何だその覚悟は。この世界の公共交通機関は陰キャに厳し過ぎるだろう。
「もういいぞルリカ。これ以上恥をさらさないでくれ」
「恥って何よ、私は……むぐっ!?」
やれやれ、久々に力を使うことになるとは。カードに封印したものを支配するという圧倒的チート能力を。
ルリカは両手で口を押え自らの力で喋れなくなっている。
「しー、ちょっと静かにしてくれ」
「……! この魔法は……」
「悪かったな、邪魔して。俺は眼鏡が気になっていただけなんだが、この女はちょっとアレなんだ」
「……いいえ、問題ありません」
簡単に謝罪をして、ルリカを引っ張り元の席に戻る。
「むぐーっ! ……あ、喋れる。ちょっと、さっきのは何よ! なんで付き合いの長い私よりあの女に付くのよ!」
「まあ、予定だともうすぐ着くんだろ? 言い争いしてないで英気を養おう」
「予定……? あーっ、ここが目的の場所よ! 御者さーん、降ります降りまーす!」
ルリカは外の風景を見ると、突然大声を上げる。どうやら予定より早く進んでいたようだ。
俺は荷物を抱え、降りる準備をすることにした。
*
「まったくもう……何なのよさっきのは」
馬車から降りてもルリカはまだご機嫌ななめだ。目的地まで歩いている間ずっとぶつぶつと言っている。
「……まだ言ってるのか」
「いつまでも言うわよ! ちょっとアレって何よ! どんな言い草よ!」
「それは、あれだ。優しくて気を使える女だからつい俺の代わりに体が動いてしまっただけって言おうとしたんだが、ちょっと言葉に詰まっただけだ」
「え、そうなの? なんだ、てっきり馬鹿にされたのかと思っちゃったじゃない」
へへっ、ちょろいぜ。
「それなら許してあげるわ。……それはそうと、何であんたが付いてきてんのよ!」
ルリカは後ろを振り向くと、少し離れて歩いていた女を指差す。さっきの馬車に相乗りしていた片眼鏡の少女だ。
「……私の仕事の行き先がこちらなだけですが」
「そう言って、どこかで私たちの情報を仕入れて後を追ってるんでしょ!」
「自意識過剰が過ぎるのでは? 私の見立てだと貴女に追うほどの価値があるとは思えませんが」
「むぐぐ、ムカつく! ミナト、こんな女無視しましょ! ふんっ!」
……お前は小学生か。
ルリカはプイッと正面を向き直すと、ずんずんと足早に歩き始めた。
「お、家があるぞ。あそこが目的地か」
少し歩き続けると、やがて小さな林と一軒家を見つけた。本当にポツンと立っており、街からも遠いので世捨て人や仙人でも出てきそうな雰囲気。
実際こういうところに住んでる奴って何考えてるんだろうな。孤独死とか気にならないのか?
「そうみたいね。あの家の畑で遺跡が見つかったみたいよ」
さらに近付くと、確かに家の隣に畑がある。そしてその畑の近くにはいくつかテントが張られていた。
「……キャンプ地か?」
「そんな訳ないでしょ! きっと噂を聞いて集まってきた他の冒険者たちよ! くう、ハイエナみたいな奴ら!」
どうやら自分はそのハイエナには含まれていないらしい。テントは4つほど、まだ少なく感じるが今後も増えていく可能性があるな。
「良いこと思いついたわ。テントの持ち主は遺跡に潜ってるみたいだし、今のうちに『スライム銃』で溶かしちゃいましょ! 夜を越せなくなって帰りだすに違いないわ!」
「なんでお前はそう卑怯なんだ? 悪いことしてない奴によくそんなことができるな」
「う……。そんなストレートに言わないでくれる……? 傷つくじゃない……」
あ、意外とへこんでいる。ちょっと言い過ぎたか。
「おやおや、お主たちも冒険者ですかな?」
畑で漫才をやっていると、謎の老人が話しかけてきた。見た目は70歳ほど、白髪交じりの頭で手にはクワを抱えている。
「ええそうよ、あなたはこの家の持ち主かしら?」
「そうじゃ。お主もここの噂を聞きつけて、他の者たちのように集まってきたのじゃな」
「その通りです。俺たちも遺跡を探索させていただいて宜しいですか? あと、テントを張る許可を頂けると……」
「ほっほっほ、構いませんぞ。1人1万イェンですじゃ」
……金取るんかい。俺はポケットから金貨を取り出すと、涙を呑んで老人に渡すことにした。
これで正真正銘、文無しだ。これで稼ぎが無かったらもう泣くしかない。
まあでもこれで堂々と遺跡探索できるわけで結果オーライかもしれない。少なくとも1万イェン払えないような底辺冒険者は来れないわけだからな。
許可も貰ったし、先にテントを張っておくか。こういうのは花見の場所取りと一緒で早い者勝ちだからな。
「おうおう、遅えじゃねえか! 高い金を払うんだから遅れてきてんじゃねぇぞ!」
「……ん?」
我ながらいい感じの場所を見つけテントの設営を開始していると、男の声が耳に届く。なかなか荒々しい声だな。
「申し訳ありません、少々邪魔が入ったもので」
そしてその声が向けられているのは、馬車から一緒だった少女だ。目の前で怒鳴り散らされているというのに表情を変えず、まるで感情が無いと思わせるほどだ。やれやれ、俺ならちびってたな。
「……まあいいぜ。ちゃんと仕事さえしてくれたらな」
「努力いたしましょう」
どうやら仕事というのは本当だったようだ。それにしても珍しい組み合わせだな。
さっき怒鳴り散らしていた男の風貌は、冒険者というより盗賊の方が近そうだ。髭をぼさぼさと伸ばし、腰には斧がぶら下がっている。
そいつ以外にも2人男がおり、まるで腰ぎんちゃくのように男の横にくっついている。誰がリーダーで誰が部下か一目瞭然だな。
そして、さっきの少女。大の男3人に少女1人、日本なら通報されてたな。
「ち、それにしても邪魔なテントだぜ。……おらっ!」
おいおい、あいつら他の冒険者のテントを蹴り飛ばし始めたぞ。ルリカでさえ俺の発言で思い直したって言うのに。
そして、テントがあった場所に自分たちのテントを設営し始めている。無法地帯とはこのことだな。
「なあに、あれ。印象悪いわね。家畜は同種で群れるって言うし、揃いも揃ってろくでなしみたいね」
「止めてくれ、その発言は俺に効く」
「どういう意味よ!」
そう言う意味だ。ともかく、他の奴らを気にしてもしょうがない。まずは目の前の仕事に集中しよう。
幸い、俺たちのテントの場所は割と離れている。こちらに被害が及ぶことはなさそうだな。
「ねえ、ミナト」
「今度はなんだ? 話ならテントを準備し終わってからにしないか」
「この勝負、絶対勝つわよ。あんな不快な奴らにお宝は渡せないわ」
「まあ、俺も借金がかかってるし真面目にやるつもりだが。だけど、卑怯なことはをするつもりは無いからな」
「わ、わかってるわよ」
……本当に分かっているのだろうか。
まあ、自称冒険者としてルリカにも思うところがあるのだろう。人の振り見て我が振り直せともいうし、あのアホどもを反面教師にして反省してくれると良いのだが。
……人の心配をしている場合じゃないな。ルリカの言葉じゃないが、ここからは勝負。競争に勝たなければお宝は得られないからな。
俺はバッグの上から銃を撫で、1人静かに闘志を燃やした。