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第14話 異世界文化にふれてみた

 鑑定士の街ヴァレスタに降り立った俺たちは早速宿を探していた。


「よし、ここにしましょ」


「……なかなか豪華だな」


 俺の目の前には2階建てながらも立派な洋館がそびえたつ。白く塗られた壁は掃除が行き届いているようで汚れもなく、周囲には丁寧にお世話されていそうな低木が花を咲かせていた。


「ここは支払いはチェックアウトの時みたいだからお金が無くても大丈夫よ。ばーんと1週間ぐらい借りちゃいましょう!」


 正気じゃあないぜっ! どういう物の考え方してるんだ!? 俺たちはこのペンションの宿泊費用すらも知らないんだぞっ!

 ……そんな俺の心の叫びは届かず、ルリカはペンションの中へと入っていった。どうか予約一杯で泊まれませんように。


 窓からチラリと覗くと、ルリカが受付で話し込んでいるのが見える。もう少し時間がかかりそうなのでシルバと一緒に玄関の外で待つ。


「……?」


 俺がぼんやりと通りを眺めていると妙なことに気付いた。流石都会という事もあって暗くなっても人通りが多いのだが、10人に1人ぐらいの割合で片眼鏡(モノクル)をつけているのだ。くそ、これじゃあ怪盗キッドが紛れ込んでいても気付かないぜ。


「ミナト、何やってるの? もう予約は済んだわよ。ペットもオッケーの一番良い部屋にしといたわ」


 俺が馬鹿なことを考えている間に運命が決まっていたようだ。これから1週間、馬車馬のように働くという運命が。


「そうか、それは良かった。ところで費用はいかほどで?」


「ふふん、聞いて驚きなさい! このルリカ様の交渉術で、1週間で80万イェンにしてもらったわ!」


「……なんて?」


「だから、80万よ。私に感謝しなさいよね」


 弓永ミナト、17歳。今日から私は借金生活です。


*


「ほーう、値段を無視すればなかなかいい部屋だな」


「……なんか含みのある言い方ね」


 俺たちは早速借りたばかりのお高い部屋へと足を運んでいた。ベッドは2つ並び、それとは別にソファーとテーブルもある。

 なんと洗面台も備え付けられており、これにテレビでもあれば現代日本でも十分ホテルとして通用しそうだ。


 80万の中には朝食、夕食代も含まれているようで、余計な出費を考慮しなくていいのは不幸中の幸いか。


「1時間後に夕食が出るそうよ。それまでゆっくりしましょ。ふふふ、久しぶりに1人でベッドに入れるわ♪」


 ルリカは既に靴を脱いでベッドの上でゴロゴロしている。完全にお休みモードだ、80万の部屋を借りてやり切った感を出しておるわ。


「1時間か……。街の様子を知りたいし俺は散歩でも行くかな。シルバ、一緒に行くか?」


「わん!」


「ふーん、気を付けてね」


 俺の言葉に尻尾を振って近づくシルバを軽く撫でると、念のため魔法道具を持って出かけることにした。


「さっきよりも暗くなってるな。大通りから離れないようにしよう」


 時計は無いが、体感では夜7時前後ってところか。夕食もあるしほどほどで切り上げた方が良さそうだな。


「……うーん、やっぱり片眼鏡をつけてる奴がちらほらいるな。この街の流行りなのか? どう思う、シルバ?」


「くうん……」


 俺の問い掛けにシルバはわからないといった鳴き声をあげる。

 やはりペットは良いな、独り言もペットさえいれば許される。シルバ、この世界で味方はお前だけだよ。


「……お! まだやってる店があるぞ。あれは食品の仕出し屋か? シルバ、折角だし何か買ってやろう」


「わおん!」


 既に借金のある身だ、これ以上の出費に何の抵抗があろうか。俺は4000イェン分の肉を買って、ペンションへと戻ることにした。


*


 翌朝。


「ミナト、今日は魔法道具を買いに行くわよ!」


 2人で朝食を採っていると、不意にルリカが話しかけてきた。この女はまだ俺から金をむしり取るつもりなのだろうか。


「無理だな、お金ないし。誰かさんのせいで1週間以内に40万稼がないといけないから忙しいんだ」


「何言ってんの、1週間もあるんだから2日3日休んだところで問題ないわよ。それに買うのは私の分だからいいの」


 やれやれ、俺は夏休みの宿題はこつこつ地道にやっていく派なんだがな。この世界に夏休みがあるのなら、こいつは絶対最終日にやる派だ。最悪、宿題未提出まである。

 まあ買い物なんて1時間ぐらいだろうし付き合ってやるとするか。


「わかった、ついて行こう。でもまずは食事だ、出費を抑えるために昼食分の栄養もここで得なくちゃいけないんでね」


「……なんかだんだんやさぐれてきたわね。悪かったわよ、勝手に部屋決めちゃって……」


 俺の負のオーラがルリカの精神を侵食したのか、ついには謝罪の言葉が口から飛び出した。

 しかし、謝罪は金にならないのであった。


*


「あ、あったわ。ここが街の中でも武器が豊富な魔法道具屋さんみたいよ」


「武器か……。俺も一応見てみようかな」


 朝日に照らされた街は、夜とはまた違った姿を見せている。どこにこんなに住んでいたのかと聞きたくなるぐらい人に溢れ、店もたくさん開いている。

 その中で俺たちが訪れたのがとある魔法道具のお店であった。見た目は骨董品店といった感じでごちゃごちゃと無造作にいろいろなものが並べられている。当然、全部魔法道具なのだろう。


「ミナト、見て見て! このナイフ、握りのとこにあるボタンを押すと刃が飛んでいくんですって!」


「何に使うんだ、それ」


 ルリカは魔法のほとんど関係なさそうなものを眺めている。……まあちょっと欲しくなる気持ちもわかるけど。


「へえ~、こっちは錆びないナイフか……。1本あれば結構便利かも」


 主婦か、お前は。

 ルリカに付き合うとは言ったが、何か見ているものがしょぼいので俺は俺で適当に見るとしよう。

 やはり異世界なのだから、ド派手な魔法道具を見繕わないとな。


「こっちは魔法の杖か? へえ、いろいろあるな」


 俺はいかにも魔法っぽいものを探していたところ、ガラスケースに保管された杖を見つけた。貴重品はこうやって触れないようになっているのだろうか。

 杖には1つ1つ名前と値札が書いてある。……やはりなかなかお高いな、10万をきっているものが無い。


「『獄炎の杖エンブレイズロッド』……『光の杖セラフグレイス』……」


 くうう、欲しい、欲し過ぎる。なぜこうも心をくすぐるネーミングをしているんだ!

 失ったはずの中二の心が湧き踊る。俺はこういうちょっと言うのが恥ずかしい魔法を一度大声でぶっ放したいんだ。


「お客様、そちらの杖が気になりますかな?」


「え? あ、いや……」


 俺がまるでトランペットを眺める黒人のようにガラスにへばりついていたせいか、店員が話しかけてきた。ちょっと気恥ずかしくなって言葉に詰まると、その隙に店員はぐいぐいと顔を詰めてくる。


「見ていらっしゃったのはエンブレイズロッドですかな? なかなかお目が高い、こいつはとある魔法技師が作ったものでして本来であれば国宝になってもおかしくないモノなのです! 偶然手に入れたのですが、このような良品は他の店にはございませんよ!」


「でも、結構高いしなあ。120万はちょっと……」


「いえいえ、貴方の熱い視線に心打たれました。もしよければ80万でどうですかな? 今手持ちが無いのであればお取り置きも可能でございますよ?」


「う、うーむ」


 ……かなりぐいぐい来るな。だけど、2/3にしてくれるなら必死に働いて買う価値もありそうな気がしてくる。なんたって『獄炎の杖エンブレイズロッド』だぜ。


「ちょっと、何言ってんのよ! そんなもの要らないわよ! ミナト、早く出ましょ」


「お、おい、ルリカ?」


 壁に追い詰められた俺の所にルリカが割り込んでくると、店員を無視して俺を店の外に引っ張っていった。

 店員は呆気に取られていたが、やがて閉まった扉の向こうから『くそ、もうちょっとだったのに!』という声が聞こえてきた。


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