第1話 早すぎた死
「あれ、俺は一体?」
俺は気が付くと、見たことのない部屋に立っていた。
なぜこんなところに立っているんだろう。記憶を遡ってみるが、上手く思い出せない。
「よく来たな、弓永ミナト」
突然、自分の名を呼ばれる。振り向くと、1人の女性が椅子に座っていた。
校長室で見るような立派な机の前に座り、書類らしきものを見ている。金髪に青い目、日本人ではなさそうだ。
「あのー、ここは……?」
「ここは死後の世界だ。覚えていないか? 自分が死んだときのことを」
「え……」
突然、その女性から恐ろしい事実を告げられる。
……だけど、その言葉を聞いて思い出した。確か俺は、学校から帰宅途中だったはずだ。
「死因は交通事故だ。目の前からトラックに突っ込まれるのはなかなか経験できないことだぞ?」
そうだ、思い出した。俺はイヤホンで音楽を聞きつつ片手で歩きスマフォ、更にもう片方の手で新発売の「飲む牛乳プリン(ファ〇マ限定)」を持っていたんだった。そして気付くとトラックに跳ね飛ばされて……。
「俺、死んだんですね……」
「歩行者優先とはいえ左右確認を怠ったのは間違いだったな。トラック運転手もきっとこれから一生自責の念に囚われるだろう。慰謝料は2000万と言ったところだな。私から言わせれば歩きスマホなど法律で規制すべきことだと思うのだが……」
やだこの神様、日本の交通事情にお詳しい。
「まあそのへんはどうでもいいですけど」
現実的(?)にはもう死んでしまってるので気にしても仕方ない。なので先を促すが、鋭い目でこちらを睨みつけられた。
「お前、意外と余裕そうだな」
「その、あんまり死んだ実感が無くて。すみません」
素直に謝ったのだけど、呆れられたような言葉を投げかけられる。どうやら第一印象は最悪のようだ。
「……まあいい、本題に入ろう。本来死者は天国に送るのが筋なのだが、昨今の人口爆発のおかげで天国がパンパンなのだ。お前の事故死は予定外だったので、天国に空きが無い」
「はあ、パンパンですか」
全く、日本は少子化だというのに。地球全体では人口が増え続けているせいでこんなところにも弊害があるなんてな。
「そこでだ。お前には今、2つの選択肢がある。元の世界とは別の世界で余生を過ごすか、地獄に行くかだ」
……実質選択肢が無いような気がする。
「元の世界に戻してもらう事は?」
「無理だな。意識不明ならともかく、体がぐちゃぐちゃになっているせいで戻る体が無い。自分の姿がどうなったか見てみるか?」
「……いえ、いいです」
流石に自分のグロ画像を見るほどの勇気は無かった。
だけどそうなると、異世界に行くしかない様だ。本当は復活して平和な日常に戻りたかったけど。
「そのー、異世界というのはどんなところなんですか?」
「それはまだ決めていない。希望があるなら考えてみるが、特に要望が無ければサイコロで決める」
彼女はそう言って、60面ぐらいはありそうなサイコロを取り出した。
もうそこまで来たらくじ引きとかルーレットで良いよね。何故サイコロにこだわってしまったのか。
……いや、ちょっと待て。脳内ツッコミをしている場合じゃない。
希望があるなら、と聞いたという事は選択肢があるという事だ。そしてサイコロの面数を見るにかなりの選択肢の数。
これはもしかして、自分に都合の良い異世界もあるかもしれない。
「さっき希望があればといいましたよね。できれば魔法の存在する世界がいいんですが。ファンタジー的というか」
「ファンタジー? ……ふむ、1つ心当たりはあるが」
やはり行くならファンタジーな世界だ。憧れの魔法のある世界、そこで第2の人生を歩むとしよう。
「よし、ゲートが用意できた。気を付けて行ってくるがいい。すぐに死んだら今度こそ地獄行きだぞ?」
「は、はい、気を付けます」
女性は最後に恐ろしいことを言うと、部屋の後ろの方を指し示す。
そこにはまるで、ど〇でもドアのような扉が現れていた。ここをくぐれば異世界に行けるという事だろうか。
「……どうした? 早くそのドアに入ると良い。お前の望んだものだぞ」
「ついでと言っちゃなんですけど、何か他に貰える物とかは……?」
魔法のある世界と言っても、そこで魔法が使えなければ意味がない。このまま投げ出されたら、きっとモブキャラのように隅っこで一生を過ごす羽目になってしまうだろう。
そう思って物をねだってみたが、心底あきれ果てたような侮蔑の目線が返ってきた。
「……仕方のない奴だ。まあ、すぐに戻ってこられても迷惑だからな、いくつか魔法道具をくれてやろう」
彼女はため息をつきながらそう言うと、バックパックをどこからか取り出してこちらへ投げてきた。
受け止めると結構ずっしりしている。中に魔法道具というやつが入っているのだろう。
「おっと、中身の確認は異世界に行ってからにしてもらおうか。そろそろ次の死者がここに来るんでな。こう見えても私は忙しいんだ」
中を開けようとした俺に冷たい言葉が帰ってくる。畜生、これが信号無視をした罪に対する洗礼という事か。
「わかりました。では……」
「ああ、健闘を祈る」
……とにかく、ついに異世界だ。背中へのささやかな声援を聞きつつ、俺は扉を開け、その中に飛び込んでいった。